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抽象/具体/感性の三極のバランスこそ21世紀の経営の秘訣

次代を創る100人


日経ビジネスの2012年10月29日号に『次代を創る100人』という特集記事があったので、どんな人が選ばれているのか、選ばれたのはどうしてなのか、何となく興味を引かれて個人ごとのコメント記事にも目を通してみた。私の場合、こういう時には大抵、経営者のことが気になってしまう。日本の人的資源の中でも特に、良質な経営者が希少資源になってしまっていることは、昨今誰もが認めるところだろう。だから、このような特集をやると、いつでも同じような人が繰り返し並ぶことになる(ソフトバンク孫社長ユニクロの柳井会長等)。だが、誰か他にはいい人材はいないのか。いわゆる20世紀型の日本のビジネスモデルにおける勝ち組ではなく、そこからの変革を実行に移している人はいないものだろうか。



ローソンの新浪社長


そういう目で記事を読んでいると、少し気になる人がいた。ローソン社長CEOの新浪剛史氏だ。『多様性』を掲げる新浪氏は具体的にはどのような戦略を展開してきたのだろうか。

コンビニでの生鮮食品の取り扱い
プライベートブランドの積極展開
ローソンストア100
ナチュラルローソン


こうしてあらためてみて見ると、新浪氏が非常にユニークでチャレンジングな戦略を展開していることがわかる。確かに、新浪氏は21世紀型コンビニを志向し、その立役者と讃えられるだけのことはある。


日経ビジネスの記事では次のように紹介されている。

高度経済成長期の日本は、勝っている人の真似をすれば必ず「おこぼれ」を得られた。だが今は違う。人と違うことをしなくては勝てない。20世紀型ビジネスモデルからの変革が急務と誰もが気づきながらも、実行に移している経営者はほどんどいない。そんな中、新浪氏はローソンの経営者として、業界首位のセブン・イレブンだ生み出したコンビニの常識を覆す新たなビジネスモデルを模索し続けている。(中略)


新浪氏の挑戦によって、日本のコンビニは世界に輸出できる数少ない産業として進化を続けている。アジアに積極進出するという彼の野心は当然の帰結だ。彼ならアジアでも必ず成功すると信じているし、他社やほかの経営者の牽引役となることを願っている。


日経ビジネス 2012年10月29日号 P53

唱えるのと実行するのは天と地の違い


セブン・イレブンが切り開いた『画一化され全国どこでも同じ』というコンセプトも今ではすっかり成熟し、このコンセプトこそコンビニという業態の強みであると普通だれでも考えているはずだ。そんな中で、その常識とは異なるダイバーシティ(多様性)という土俵で勝負するというのは大変なことだ。『常識』からの逸脱は周囲にはどうしても無謀に見えてしまうものだからだ。(実際、ローソンストア100も当初はかなりの苦闘の連続だったそうだ。)


かつてはあれほど盛況だった日本経済も、今や大変な苦境期にあり、その原因の一端がビジネスモデルの老朽化にあることは最早疑いえない。だから、『20世紀型ビジネスモデルからの変革が急務』ということを口にする経営者は多い。だが、それを唱えるのと実行に移すことができるのとでは、天と地ほどの違いがある。お題目を唱えれば自分の仕事は終わりで、後はそれを実行できない部下のことをグチる、という経営者なら山ほど見かける。だが、本当にこれを実行に移すことのできる新浪氏のような経営者はほんの一握りと言わざるをえない。



IT業界でも同じ


今私がいるIT業界でも、状況は同じようなものだ。言葉だけは先進的で聞こえはいいが、その実、軽佻浮薄なスローガンばかりで辟易することがすごく多い。『これからはFacebookの利用がビジネスを切り開く!』『ソーシャルメディアマーケティングの時代だ!』『Twitterをビジネスにいち早く取り入れた!』という類いだ。かけ声の勇ましさとは裏腹に、実際のビジネスシーンでは死屍累々で、すぐに、『こんなものは使えない』と投げ出して、また新しげなものに飛びつく。これこそ、21世紀どころか、20世紀的であることに気づかないのが『イタイ』。


私のここで言いたいことを、100%語ってくれている記事がある。一橋大学大学院 国際企業戦略研究科の教授である、楠木建氏の記事だ。

今なら「これからはSNSを活用したマーケティング!」といった話が飛び道具の典型例です。もちろん悪い話ではないのですが、SNSマーケティングも、やれば効果があるというものではない。SNSで成功している会社もあれば、完全に失敗している事例もある。SNSという構成要素とか手法だけを見るのではなく、その会社の戦略ストーリー全体を見てみないと成功の秘訣はわかりません。(中略)


 だいたい飛び道具として取りざたされるようなものは、多くの人がやろうとすることです。競争戦略の本質は「違いをつくること」です。だれもが気になる飛び道具や必殺技に寄りかかってしまうと、独自性なり差別化がかえって殺されてしまうことにもなりかねません。


経営はすべて特殊解。抽象化して本質をつかまなければ意味がない。|楠木建 ようするにこういうこと|ダイヤモンド・オンライン

スローガンの浅はかさ


新しいものに自分だけ飛びついているつもりで、実は皆と一緒に混雑した市場でわいわい騒いでいるだけ、という人がいかに多いことか。この記事の前段にパソコン業界とファッション・アパレル業界で起きていた正反対の成功事例が書かれているが、まさに『これからは何々だ!』というスローガンが、いかに浅はかなのかを雄弁に物語っている。


確かに過去のパソコン業界では、水平分業の海外メーカーは成功して、垂直統合の日本メーカーは失速しました。それは事実です。とはいえ、個別の企業の戦略や指針を検証するうえで、「垂直か水平か」という切り口では、ザルの目が粗すぎます。とても重要な事象をすくい上げることはできません。なぜか。当たり前の話ですが、経営というのはケースバイケース、すべて特殊解だからです。


 かつてのパソコン業界でこうした変化が起きているのと同じ時期に、ファッション・アパレル業界では逆の動きがありました。従来はデザイン、製造、物流、販売といった機能を別々の会社が担う水平分業が普通でしたが、そんななか垂直統合モデルのZARAが表れ、急成長したのです。


経営はすべて特殊解。抽象化して本質をつかまなければ意味がない。|楠木建 ようするにこういうこと|ダイヤモンド・オンライン


パソコン業界周辺でも、今度は『アップルは垂直統合だから、またトレンドは垂直統合だ!』というような能天気な意見を聞いたりすると、反応する気もおきなくなる。(思い当たる人は、ちょうどいい思考訓練だから、この意味を自分でとことん考えてみて欲しい。)



セカンドライフの教訓


しばらく前に、皆が熱狂的に盛り上がって、大手日本企業も、まさに猫も杓子もという感じで殺到しながら、あっという間にさびれてしまった『セカンドライフ』の事例など、人材の『格』を知る上で、非常に興味深い『リトマス試験紙だったと思う。私の場合、残念ながら『良い分析』などまるでできていなかったとは思うが、当初からこのサービスのコンセプトや美しいコンテンツに魅了されたため、いち早く参入して、様々な世界を探索させてもらった。外人アバターとも沢山話した。英語が通じないアバターに英語で語りかけて、イタリア語とおぼしき反応が返って来た時には笑ってしまった。剣道大会に参加してみたこともある。コンサートは何度も出かけてみた。その上で、ものすごく興味深い要素と問題点の両方を身をもって感じることができた。それは今でもとても貴重な体験だったと思っている。


だが、最近、『セカンドライフ』のことを話すと、『どうせあんなもの、うまく行くはずがないと思っていた』と、ろくに体験もせずに腐す人が多い。それ以上に、何が面白いのか自分で体験することもなく、会員数や収益の数値の推移だけ見て、わかったような気になっている人もごまんといる。彼らに一体『セカンドライフ』の何がわかったというのだろう。


セカンドライフ』の本当の可能性や面白さを感じていた人は、問題点を改良して、『アメーバピグ』のような成功モデルを作り上げているし、『セカンドライフ』のコミュニケーションの設計の問題点を深刻に受け止めた人たちは、この教訓を『ニコニコ動画』や『LINE』のようなモデルを作り上げるための参考にしたに違いない。そして、今も、仮想現実より拡張現実にシフトしつつある現状の意味を深く考えて次のチャンスを伺っている人もちゃんといる。その意味では、事の本質を理解できる人にとっては『セカンドライフ』から得るものはすごく沢山あったと言える。この違いはどこから来るのか。



『好き』を突き詰めることの重要性


楠木建氏の別の記事に、『好き嫌いの復権』というのがあるが、私も今の時代、『好き』ということを突き詰め、自分自身の身体で感じて、体で理解することが何より先ず非常に重要だと思う。ところが、日本の会社(特に人数の多い会社)では往々にして、『好き』を語ることを『主観的』としてはじめから退ける傾向がある。楠木氏もこれを嘆く。

会社内での議論や意思決定では、好き嫌いについての話は意識的・無意識的に避けられる傾向があります。好き嫌いはあくまでも個人の主観です。会社内で何らかの判断が必要となったとき、好き嫌いで決めてしまえば、意思決定の組織的な正当性が確保しにくい。客観的な「よしあし」の物差しが前面に出てくるという成り行きです。


 たとえば、「この事業は期待収益率が高い」とか「マーケットの伸びが期待できる」とか「当社の強みにフィットしている」といった理由で物事が決まります。そういったよしあしの判断も確かに重要なのですが、それは客観的なものであるだけに、他社も大体同じようなことを考えて、同じような結論に至るはずです。それだけでは他社と差別化するような面白みのある戦略にはなりません。


「好き嫌い」の復権|楠木建 ようするにこういうこと|ダイヤモンド・オンライン

感性というアンテナ


自分の『好き』を自分の身体でとことん感じている人でなければ、他人の『好き』を腹の底から理解することはできない。言語的理解というより、非言語的理解というべきかもしれないが、あらゆる価値が流動的な現代ではこれは非常に貴重な『アンテナ』になる。(そもそも、自分の『好き』を徹底的に突き詰めることは、それほど簡単なことではない。) 


私はコンテンツビジネスに特に興味があるが、それ以上に様々なコンテンツの面白さに惹かれるから、とことんその面白さに浸ってみようと決めて(開き直って)、映画でも、テレビドラマでも、小説でも、漫画でも、ゲームでも日々大量に浸っている。(単に好きなだけ?) 昔から、そんな時間があるなら、『英語や財務の勉強でもやれ!』とさんざん諭されてきたものだが(まあ、それも一理あるが)、その甲斐があってか、商品でもサービス(ネットサービスを含む)でも、何が面白くて何が面白くないか、今ではすぐに感じることができるようになったと思う。アイデアも沢山湧いてくる。それは確かに主観的ではあるのだが、自分というアンテナを普段から客観視していれば、ビジネスでも使い物になるであろうことは確信している。少なくとも、そのアンテナで、昨今の日本の商品やサービスの企画を見ると、このような『身体性』を全く欠いた抜け殻のようなものが多いことを感じ取ることはできるそれは、いくら死んだデータや数値を積んだり崩したりしていても、決して習得できないアンテナだ。



イデアだけでは・・


ただ、真面目な会社にありがちだが、『これからは柔らかくならないとダメ』ということをまさに真面目に受け止め過ぎて、単に組織に無秩序を持ち込むだけというようなケースも本当に多い。確かに、雑多なアイデアは沢山出てくるかもしれないが、今度はそれを具体的なサービスに絞り込むことができない。実際、データも統計も使わないで絞り込めと言われれば、典型的な日本の経営者や企画マンは途方に暮れてしまうのも無理はない。では、どうすればいいのか。


楠木氏の、また別の記事に、そのヒントが書かれている。

抽象化なり論理化の力がないと、思考が具体ベタベタ、バラバラになり、目線が低く、視界が狭くなり、すぐに行き詰ってしまいます。具体の地平の上をひたすら横滑りしているだけの人からは、結局のところ具体的な打ち手についても平凡な発想しか生まれません。そもそも「人と違ったことをする」というのが戦略ですから、そうした人には戦略は構想できません。


「抽象」と「具体」の往復運動|楠木建 ようするにこういうこと|ダイヤモンド・オンライン

抽象化能力の重要性


一見、世間的には軽佻浮薄に見える、ネット・ベンチャーにも、成功しているサービスの裏には、この抽象化ができる経営者や企画者がいる。典型例は、楠木氏もその抽象化の能力に感心する、ドワンゴの川上会長だ。

先日、雑誌『Voice』で彼のインタビュー記事を読み、ドワンゴの戦略の背後にある構想の深さ、奥行きに感心しました。ご存知のようにドワンゴでは、ユーザーが動画を投稿し、その動画の上にコメントを書き込める「ニコニコ動画」というサービスを運営しています。しかしインタビューを読むと、ニコニコ動画を経営する川上さんのさまざまな具体的な意思決定や施策が、きわめて論理化された、抽象度の高いコンセプトから出てきており、それがニコニコ動画の独自性のカギになっているということがよくわかります。


「抽象」と「具体」の往復運動|楠木建 ようするにこういうこと|ダイヤモンド・オンライン

私も、川上会長が、ネット・ベンチャーの経営者の中でも一味違うことを常々感じていて、このブログでも何度か取り上げてきた。



収束するための抽象化


川上さんの答えは、抽象化された本質から降りてきます。ウィキペディアは多くの人がかかわることによって、ある項目の記事がどんどん「より良いもの」「正解」に収束していく。それに対して意図的に答えを収束させないエンジンがニコニコ動画であり、そこに独自性があるというのです。


 ニコニコ動画の戦略やサイトのデザインは、「答えを収束させないエンジン」というユニークかつ抽象度の高いコンセプトを忠実に具体化したものです。ニコニコ動画が独自のサービスを提供できているのも、抽象的な論理の裏づけがあってこそです。


「抽象」と「具体」の往復運動|楠木建 ようするにこういうこと|ダイヤモンド・オンライン

一見、感性/感覚だけが先行しているように見える川上氏だが、抽象的な論理の裏付けのある洞察力で、あまたのアイデアの中から最良のものを採用し、サービスを練り上げて行く力は頭抜けている。だからこそまた、沢山のアイデアが湧いて出てくるドワンゴという環境が生きてくる。



抽象/具体/感性の三極のバランス


楠木氏はこの記事で、抽象と具体の往復運動が大事と述べているが、私はこれに、感性を入れて、抽象/具体/感性の三極のバランスこそ、21世紀の経営の成功の秘訣だと思う。日本の会社、特に大きな組織の会社は、『具体』の一本足打法が過ぎる。社内に閉じこもって、問題解決ばかりに血道をあげ、会社の外にある『チャンス』や『面白さ』に資源や人材を投入することをすっかりなおざりにしている。そのツケは十分に回ってきていて、手遅れの会社も多いと言わざるをえないが、まだ生き残れる可能性のあるところは、少しでも早く、残りの二本にもっと比重をかけないと本当に倒れてしまうに違いない。