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『ウェブで政治を動かす!』を読んで/激変はこれから起きる

津田大介氏の新著を読んだ


ジャーナリストの津田大介氏の新著、『ウェブで政治を動かす!』*1を早々に入手して読み終えたので、感想を書き残しておこうと思う。最近、イベントに出かけることが少なくなって、私のこのブログも書評関連記事が多くなってきている。だだ、著者にはまったく失礼な話かもしれないが、私が書くのは、大抵はその著書の『要約』ではない。優れた本に出会った時に去来するインスピレーションを書き留めておこうというのが、私が書評めいたものを書く主たる動機であり、書かれた内容は、あくまでそのインスピレーションに喚起された私自身の『語り』である。今回も、かなりそういう内容になりそうなので、予めお断りしておく。



歴史の転換点


すでに私のブログを読んで頂いているような方には説明するまでもないと思うが、津田氏と言えば、ソーシャルメディアの雄で、Twitterを非常にうまく使いこなすことでジャーナリズム、特に政治ジャーナリズムの新境地を切り開いて来た、いわば実践における第一人者だ。今回その津田氏の著書を読んで、まず率直に感じたのは、津田氏という時代が押し出した『象徴』がいよいよ『歴史』になるかもしれない、ということだ。例えば、津田氏が一般社団法人インターネットユーザー協会(MIAU)を設立して、インターネットユーザーの権利を守ることを宣言したことが、『情報技術による日本の政治の徹底的な変革』の始まりを象徴する事件だったと、後世の歴史家が語るようになるかもしれない。津田氏個人がこれからどれほどの活躍をするようになるかは、もちろんまだ未知数というべきなのだろうが、きっと後世の人々は、ゼロ年代後半を日本における政治史の転換点とみなすに違いないことを確信した。



日本の政治の変化の兆し


この数年、特に震災後は、長いあいだ押しても引いてもまったく動かなかった印象が強い日本の政治が、様々な意味でほころび、変化の兆しが見えるようになったことは誰しも認めるところだろう。そもそも民主党への政権交代があった(2009年秋)。55年体制と言われる、戦後長く続いた、与党自民党の政権支配が終わりを告げたことは、やはり非常に大きな事件だった。もっとも、すでに民主党の評価は地に落ちて、政権交代は間近と言われる有様で、結局何も変わらなかったと嘆く人も多いが、少なくとも、情報公開という点では、間違いなく前進した。長く『記者クラブ』という関所があって、情報は限定的にしか公開されてこなかったのが、徐々にではあるが記者クラブ所属以外のメディア関係者にも公開され、それまで内密にされていたような情報まで、もれ出してくるようになった。一般人だけではなく、政治家やマスメディア関係者でさえ、ソーシャルメディアを利用して、その場に居なければわからない、貴重な発信を行う人も増えて来ているし、そのおかげで政治の現場で起きていることをかなり詳細にかつ即時に知る事ができるようになった。中には、橋本大阪市長のように、破天荒なほどTwitterで思いのたけを語り、そのことで支持基盤を広げるような人も出て来た。



先端は驚くほど進んでいる


一昨日(11月16日)から始まった、『東日本大震災の復興予算などを検証する事業仕分け』など、Twitterニコニコ生放送などのソーシャルメディアをフル活用しているようだが(津田氏も参加しているようだ)、つい数年前でさえ、こんなことが実現するとは予想だに出来なかった。津田氏がTwitterでのリアルタイム報道、いわゆる『津田る』を始めた時は、ただの冗談にしか見えなかったし、ニコニコ動画ニコニコ生放送なども、とても政治などのような真面目なイベントに持ち込めるような代物には思えなかった。荒唐無稽にさえ感じられて、将来といっても一体どのくらい先の将来なのか予想すらできないと思いながら読んだ、思想家の東浩紀氏の『一般意志2.0』における、政治に対する、ニコニコ動画等でもたらされる大衆の無意識の開示は、すでに実現段階に入っている。



政治の中枢は変わっていない


しかしながら、率直に言って、日本で政治にインターネットが活用されているか、と正面きって聞かれれば、残念ながらYesと答えるわけにはいかない。インターネット選挙をいまだに禁じている日本は、津田氏が語るように先進諸国に比べて10年遅れているというのは認めざるをえない。しかも、政治家でソーシャルメディアを使う人が増えたことは事実だが、政権中枢にいる政治家は現在でもほとんど関心がないばかりか、明言はしないせよ本音のところ、ソーシャルメディアの浸透を苦々しく思っているであろうことは、政治にほとんど関心がない私でも容易に想像がつく。政治家に限らず、私が普段注目している、企業の経営者達も五十歩百歩だからだ。政権トップのオバマ大統領が最もソーシャルメディアを利用している米国とは真逆だ。


アジャイル・メディア・ネットワーク(AMN)の徳力社長は残念さをにじませながら次のように語る。

結局、現在の権力の座にいる人は、既存の選挙の仕組みで今の権力をつかんでいるわけで、選挙期間中のネット利用を解禁して、自分が落ちるリスクを増やすなんてとんでもないという議論になっているのが目に見えます。実際、先日One Voice Campaignのメンバーで700人以上の国会議員に、ネット活用についてのアンケートを取ったそうですが、回答率が10%以下だったといいますし。ネット選挙解禁の議論が盛り上がって、自分が当選しにくくなる仕組みになっちゃかなわんという、風に受け取れてしまいます。

[徳力] 政治家のソーシャルメディア活用度ランキングにみる、日本は政権の中枢にいる人ほどソーシャルメディアを使ってないという現実。


では、このまま日本の政治は、ソーシャルメディアを理解しない世代が引退等によって政権中枢からいなくなるまで変わらないのだろうか。日本の政権中枢は今でも長老支配が続いていると言っても過言ではないから、引退を待っているだけではかなり長い時間がかかりそうだ。その間に、世界との差は開き、政治に民意は反映されず、経済は壊滅し、他国との軋轢はますます強まることになりかねない。日本には21世紀をリードする『潜在力』があることは前回のエントリーでも書いたが、このままでは画餅になってしまうかもしれない。



まだ始まったばかり


だが、津田氏の新著を読んでいると、諦めるのは早計と思えてくるから不思議だ。いや、その根拠はちゃんと示されているし、あらためて私も気づきを得た思いがするというべきだろう。というのも、津田氏の指摘にある通り、政治に本当に影響を与えるようなテクノロジーやメディアはほとんどが2007年前後になってやっと登場しているからだ。まだ始まったばかり、というより、始まってもいないくらいの段階なのだ。


かつて、自民党加藤紘一氏が、第二次森内閣打倒を目指して倒閣運動を起こしたとき(いわゆる『加藤の乱』)、加藤氏が2ちゃんねるなどネットツールを通じて世論に訴える戦術をとり、ネットユーザーの支持を取り付けていた印象もあったため、いよいよ政治にネットの影響力が及ぶのではという期待が盛り上がったことがあった。周知のごとく乱は失敗に終わり、ネットの影響力は『幻』のようなもので、リアルな政治には関係ないということを強く世間に印象づけた事件でもあった。だが、それは2000年11月のことだ。現在と比較すると、テクノロジー/メディア環境に雲泥の差がある。



2006〜7年以降にそれは起きた


著書から津田氏の指摘を書き下してみるとわかりやすい。


フェイスブック:2006年に一般公開されユーザーが増える。


ツイッター:2007年3月に米国のウェブアワードを受賞したことで世界的に名が知られるようになる。


スマートフォンの登場 → アラブの春、オキュパイ・ウオール・ストリート、官邸前デモ等の起爆剤
 アップルのiPhone:初代モデルは2007年1月に発表
 グーグルのAndroid:2007年11月に発表


動画共有サービス → 事業仕分け原発関連の会見中継で大きな役割
 ニコニコ動画:2007年1月サービス開始
 ユーストリーム:2007年3月サービス開始


ネットを利用したジャーナリズムの台頭
 ハフィントンポスト:2006年と2007年に「最も優れた政治ブログ賞」を連続受賞
 プロパブリカ:2007年に設立(10年、11年にピューリッツァー賞受賞)
 ウィキリークス:2006年開設、2007年にその存在が世に知られる


クラウド・コンピューティング → 現在の情報技術をバックエンドで支える根幹の技術
 :2006年8月にグーグルのエリック・シュミット氏が会議でこの表現を使う。
 :2006年8月、アマゾンが廉価版のクラウドサービス(EC2)を開始


確かにその通りだ。あらためて並べてみると、重要なもののほとんどは2006〜7年に始まっていることがわかる。インターネットはそれまでは情報の送り手と受け手がほぼ固定され、送り手から受け手への一方的な流れであったのが、ゼロ年代中旬ごろから、送り手と受け手が流動化して、誰もがウェブで情報を発信できるようになり、双方向というより、多方向かつ重層的になった。これを称してオライリーメディアの創立者であるティム・オライリー氏は『ウェブ2.0』と呼び、流行語になったが、流行語としては廃れ始めた2006〜2007年以降こそ、技術的に熟成し、用途も開拓されて、政治、経済、ビジネス、教育等あらゆる社会活動を根本から変え、国家、企業、団体等古くなった制度を揺るがし、改革を迫り、実際に改革してきたということになる



脱落し始めた人たち


1990年代末〜2000年代初頭にかけての第3次起業ブームで立ち上がって来たウェブサービス系ビジネスは、2006年の元ライブドア社長で、この時期を代表する起業家であった、堀江貴文氏の逮捕に象徴されるような、世間のバックラッシュや、世界的な不況もあって、すっかりその気勢をそがれた印象があるのがゼロ年代中盤以降とも言えるのだが、この時期以降、初期のインターネットビジネスをリードしてきた人たち(起業家、ジャーナリスト、コンサルタント、エンジニア等)の少なからぬ割合が、『脱落』し始めたと感じたことをかつて私はこのブログで取り上げたことがある。そんな直観が最初に去来したのは2008〜9年のことだったが、2012年の今ではその直観が正しかったことに確信を持っている。


『ブログ』や『2ちゃんねる』等、双方向メディアの草分けはすでに存在していたとはいえ、マクロでみれば、まだ情報はほぼ一方向に流れていたのが、ゼロ年代中盤以降、ソーシャルメディア全盛となり、情報流通における双方向性が高まり、流通する情報量は肥大化し、利用の方法も複雑になった。そのため、この領域で起きていること、これから起こるであろうこと、市場や社会にどのような影響があるのか等を理解することが格段に難しくなったのが『脱落』の理由だろう。それまでICT技術にある程度先んじていることで、多少なりとも頭角をあらわすことができた人たちが、それだけでは立ち行かなくなった。インターネット革命第二幕はソーシャルメディアとそれを支えるテクノロジーとその意味を理解せずしては着いて行けなくなるような、いわば二段ロケットだったことが今やはっきりし始めた。そして、政治をはじめとして社会・社会制度全般がこの波に本格的に飲み込まれて行くのは、まさに今これから、というべきなのかもしれない。



歴史は浅い


津田氏も、次のように言う。

2006年から2007年にかけて相次いで登場したさまざまなウェブサービス、デバイス、インフラ技術が、現在の情報技術、情報流通の中核になっている。そして、これからのサービスが一般層にまで普及したのは2010年前後のことだ。つまり、技術の発達によってネットと政治の距離が一気に縮まったのは、わずかここ2〜3年の話でしかないということだ。まだまだ未熟に見える『ネットと政治の関わり』だが、歴史が浅い分、今後いくらでも発展の余地はある。 同掲書P293


『動かす』ことが大事


このように考えたとき、優れたネット(モバイル)インフラ環境が全国に渡って整備され、ニコニコ動画のような、世界にも類のない双方向メディアが立ち上がって来ている日本の環境はすてたものではない。それどころか、進め方によっては世界をリードできるポテンシャルは十分にある。だが、そのためには、津田氏がいうように、ウェブに一方的な期待をかけるだけではなく、最新の情報技術によってもたらされた豊かな環境を生かして、政治家に語りかけ、政治を自らの手で『動かす』という当事者意識がわれわれに求められている、というのはまったくその通りだろう。



三段ロケット


そして、あえてもう一つ付け加えるとすれば、ソーシャルメディアとそれを支えるテクノロジーの更なる発展の先にあって、変革されて行く政治の行き着く先に思いを馳せ、熟考することは不可欠だ。というのも、このトレンドは現在の制度や組織や環境の根幹をもっと徹底的に揺さぶり、変革していくと考えられる。いわば『三段ロケット』が点火される時が近いうちに必ず来る。そうなると、国家そのものの意味も、国家を中心に考えて来た政治も変革を迫られることは確実だからだ(というよりすでに変革を迫られている)。現状の抵抗勢力の力を削げば変革が成し遂げられるというのは、あまりにナイーブだ。その先に、国家という巨悪はいないかもしれず、政治闘争の意味も変わり、『世界市場』や『巨大世界企業(プラットフォーマー)』というような、より得体のしれない存在に相対することが余儀なくされるウェブ2.0以降の変革期を乗り切り、先頭に立った津田氏には、『三段ロケット』点火後の政治を先導する旗頭としても活躍することを期待したい。

*1:

ウェブで政治を動かす!

ウェブで政治を動かす!