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『「ネットの自由」VS.著作権』の重要な論点

福井健策弁護士の新著


骨董通り法律事務所の代表パートナー、福井健策弁護士の新著が出た、というので買って読んでみた。福井氏の著作はこれで(共著を入れて)5冊目ということになるのだろうか。以前の著作も、大変難しい問題についてポイントを整理して丁寧な説明がなされていて、とてもためになったとの印象があったのだが、今回の『「ネットの自由」VS.著作権*1も、奇怪といっていいほど捩じれて、難しくなってしまった著作権関連の問題を俯瞰し、理解できるよう、実にわかりやすくまとめてある。法律関係者だけではなく、インーターネットサービス、コンテンツ制作等に従事する人・興味がある人は、是非読んでおくべきだし、一般のビジネスマンにとっても目から鱗が剥がれる思いをすることは請け合える。



TPPの理解がきっかけ?


それにしても、あらためて、この著作権という領域はインターネット時代をある意味で象徴する存在であることを認識させられる。そして、日本の今後にとって驚くべき重要な問題を数多く孕みながら、あまりにその本質を理解している人が少ないといわざるをえない。その点、昨今、日本でも話題になった、TPP (Trans-Pacific Partnership: 環太平洋戦略的経済連携協定)など、この実態を理解する助け(きっかけ)になるように思える。


TPPは、農業分野や関税等に関心が向かいすぎていて、著作権関連の条項を日本が受け入れることで起きるであろうインパクトは主要な論点になっていない。著作権問題など、他の問題に比べればマイナーで、TPPが批准されれば、友連れで米国の要求を飲む事になるが、さほどの問題はあるまい、というくらいの認識の人がほとんどだろう。だが、本当にそうだろうか。


TPPにおける米国の要求は、コンテンツ輸出大国の米国が、世界各国の知財のルールを米国式にしようという意図が明確で、単純に受け入れると、日本からの著作権使用料は大幅に増加することになり、国内法との様々な不整合に悩むことになると考えられるが、問題はそれだけではない。というより、それは問題のほんの一部にすぎない。そもそも、「内容がネット検閲である」と非難されている米国のオンライン海賊行為禁止法案(Stop Online Piracy Act:SOPAおよびPROTECT IP Act:PIPA)への激烈な抗議行動(「SOPA Blackout Day」等)や、欧州の約200都市で反対のデモが一斉に起きた結果、EUは批准を見送ったACTA(Anti-Counterfeiting Trade Agreementのこと。「模倣品・海賊版拡散防止条約」)等に見られる通り、『ネットの自由』と『知的財産権の強化』の相克は世界的な議論を巻き起こし、簡単に決着するとはとても考えられないほどの騒ぎになっている。それほどの問題を、理解もままならぬままに、他の案件のついでで決めてしまってよいものなのか



二次創作という財産


一方、経済的には衰退し、窮乏化する一方に見える日本にも、『二次創作』という、日本にとって非常に貴重な財産になる可能性のあるものが急速に生成しつつあり、しかも、取り組み方によっては、日本だけではなく国際的にも普遍的な価値が輝き出てくるかもしれない。だが、今回の米国要求を安易に受け入れると、すべて枯死してしまう恐れがある。


ボーカロイド(ボカロ)というのは人間の声をサンプリングして楽曲データを入力すると人間の声で歌ってくれる技術だが、有名な『初音ミク』のような意図された二次創作の爆発的な連鎖はさすがにマスコミにも取り上げられるようになり、日本は二次創作大国なのではないかとの認識も生まれつつあるが、これなど典型的に過渡期的なグレー領域に生まれた『奇跡』だろう。急に著作権非親告罪化等が導入されることであやういバランスが崩れると跡形もなくなってしまうかもしれない。

この時点で「初音ミク」関連のオリジナル曲だけでも、ニコニコ動画上で実に3万8500曲、同じくイラストは、クリプトン作成の公式「ミク」イラストは3点しかないにもかかわらず、pixiv(ピクシブ)などユーザー投稿サイト上に45万点以上。このような二次創作の連鎖・高まりはボカロ文化の一大特徴で、その相乗効果でシーンが一層盛り上がることになります。(中略)ニコニコ動画自体がボカロに代表される二次創作の中心となったことが急成長の原動力で、2012年5月時点では月額有料のプレミアム会員150万人を含む会員数2725万人、NHK・AKBなど公式チャンネル数1138。今や将棋名人戦から映画まで網羅する、日本発の大規模ネット・プラットフォームとして数少ない成功例となりました。同掲書P147

危ういバランス


断っておくが、私は、TPP自体の賛否について何ら意見を申し上げるつもりはない。だが、強調しておきたいのは、欧州ではあれほどの反対意見が盛り上がったACTAをあっさりと受け入れ、さすがにかなりの反対世論が起きたとはいえ、大変な問題含みの違法ダウンロードに刑事罰を導入する改正著作権法についても、結局さしたる議論もなく通ってしまう日本の現状の危うさだ。せっかくの『奇跡』も、へたをすると『グレー領域に咲いた徒花』になりかねない。ギリギリで保たれたバランスが崩れて消えてなくなってしまうかもしれないのだ。


ただ、この著作権問題から垣間見えるものは、従来の貿易摩擦のような単純な構図ではない。視野をもっと広く、深く広げないと本質は理解できない。



巨大で深刻な問題


私が時々、私の周囲(友人知人)に、TPPから見える著作権問題について言及しても、残念ながら著作権問題の本質とそれに関する日本の国益の何たるかを理解せずに、結局米国に追従するしかない日本の政治の貧困と情けなさ』というようなステレオタイプな理解しかされないことが多い。それももちろんないとはいわないが、福井氏の著作の後段の展開にもある通り、問題はそれだけでは終わらない。第4章のタイトルでもある、『情報と知財のルールを作るのは誰なのか』、これこそ本当に解明が必要な論点だ。そして、そういう問いを立てて初めて狭義の著作権問題だけでは見えてこなかった、巨大で深刻な問題が見えてくるはずだ。



誰がルールをつくるのか


誰がルールをつくるのか。日本では、官僚と既得権益者の『著作権ムラ』の影響力が多大であることは否定できないだろう。だが、その日本でさえ、『違法ダウンロード刑事罰』問題ではインターネットの自由を求める勢力がかなりの規模で育っていることがわかった。世界的にはすでに非常に大きな勢力(=ネットの意志)となり、欧州を中心に、『海賊党*2という現実の政党として結実し、『海賊党』は世界56カ国に関係する何らかのグループが存在し、欧州議会にも議員を送り込んでいるという。こういった広義の『ネットの意志』が決め手なのか。かたや、TPPでもあらためてその意図があきらかになったように、自国のルールをグローバルスタンダードにすべく牙をむき出しにする超大国米国や、米国の支配に反発する中国のような新興国等、国家同士のつばぜり合いになるのか。



国際プラットフォーム企業


だが、この領域ではいち早く、国家のぶつかり合いとその勝者による世界支配というような『近代』のモデルは意味をなさなくなってきている。国家や統治機構以上に確実に巨大なプレゼンスを誇示し始めているのは、グーグル、アップル、フェイスブックといった巨大ネット企業=国際プラットフォームである。

そもそもネット企業の活動を制約する法令は、SOPAやACTA論争に見られるように、ますます通りにくくなっています。
まして、日本にそれらを無効・違法とする法令があったとしても、おそらく多くのプラットフォームには届きません。(中略)しかし、グーグルやアップルなど、私たちの多くが最も個人情報を委ねている海外のプラットフォームは、必ずしも日本の個人情報保護法には拘束されません。日本の『消費者保護法』も同じです。この法律には、消費者にあまりに不利な利用規約の条文などは無効という規定があります。しかし、それが海外プラットフォームの規約に適用されるかといえば、容易ではなさそうです。同掲書P180

誰もが振り回される


グーグルやアップルは米国法には拘束される。だから、米国の『デジタルミレニアム著作権法』が事実上の国際法であり、準拠法であるというのが、特にインターネットビジネスにおいては暗黙の了解になっているように思える。だが、時に米国の一民間企業としての顔があらわになるプラットフォーム企業は、必ずしも米国政府と一枚岩というわけではないYoutubeに関するグーグルとバイアコムの訴訟等はこれを端的にあらわしているし、ハリウッドやディズニー等の著作権者は基本的にグーグルのようなプラットフォーム企業とは対立しがちだ。どちらが本当に米国の国家としての利害を代表しているかと問われても答えに窮してしまうだろう。プラットフォームはあくまで一民間企業であることが非常に話をわかりにくくしている。本来ルールメーカーではなく、ルールに支配される側の民間企業が決めたことに世界が振り回されてしまうという構図だ。時に、私企業としての偏狭な利益追求が前面に出てくる。グーグルはEvil(邪悪)にならないという社是が今後とも守られるとはもはや誰も思っていない。

つまり、私たちは、プラットフォームの規約をおおむね受け入れるほかない。そして、その規約に歯止めをかけるような法令の立法にも参加できない。これは、とても重い問題です。多くの国際プラットフォームとの関係で、私たちはいわば「選挙権」も「裁判を受ける権利」も事実上持たない民なのです。同掲書P181

日本企業は大変


国際プラットフォーム企業を輩出していない(例外的にLINE等出てきてはいるが)、日本の民も法律も『蚊帳の外』ということになる。これらは、時に、日本の古臭いルールを気持ちの良いくらい破壊して、物事を前に進める原動力になり、様々なモジュール(地図、決済機能、業務用アプリ等)を無料(ないし安価に)提供してくれる『改革者』の顔を持つ一方で、日本の社会や文化の機微もルールも理解しないで、勝手に自分たちのルールを持ち込む文字通りの破壊者の顔も持つ。今の日本企業は本当に大変だ。国際プラットフォーム企業の規約も、デジタルミレニアム著作権法も、日本の法律や立法者の動向も、すべてをウオッチしながら泳ぎ回るのは並大抵のことではない。この国際プラットフォーム企業の影響を重く見て、その歯止めに最も意欲と影響力持って取り組んでいるのはEUだ。そういう意味では、バランサーとしてのEUの動向も見逃せない。それはすなわち、EUの訴訟、EU Directive等もウオッチし続けないといけない、ということを意味する。


プラットフォームではない、インターネットサービス等に係わる企業は、短期的には、この力関係をよくウオッチして、まさに泳ぎ回る能力が問われる。中長期的にはどうなるのか、正確な予測は難しいが、少なくともこのような新しい力関係/構図が出来上がりつつあることを理解した上でなければ、中長期を語る資格がないことだけは確かだ



立ち後れた政治


そこで、現状の日本だが、正直あまりの立ち後れに唖然としてしまう。企業もさることながら、政治のほうはいかがなものだろう。民主党からの政権交代が起きることはもう確実といってよさそうな情勢だが、自民党にも第三極となりそうな政党にも、インターネット時代に必要な政治を任せそうにない。あれほど大騒ぎしても結局先送りされてしまうインターネット選挙がいい例だ。


前回の『朝まで生テレビ!』で、出演者の一人、東浩紀氏が、もし『インターネット政党』が日本に出現したら、かなりの得票を獲得するのではないか、という意見を表明したが、確かにそうかもしれない。予想以上に大きな勢力になる可能性もありそうに思える。そのような政党ができれば、若年層の投票率もあがるかもしれない。そういうことを真剣に考えるべき時代が来ているのかもしれない。

*1:

「ネットの自由」vs.著作権: TPPは、終わりの始まりなのか (光文社新書)

「ネットの自由」vs.著作権: TPPは、終わりの始まりなのか (光文社新書)

*2:海賊党 - Wikipedia