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製造業に革命をもたらす『3Dプリンタ』/真の破壊力とは

3Dプリンタ


最近、『3Dプリンタ』という用語を目にすることが多くなった。海外の記事も含めて、何となく見覚えがあり記憶には残っていたのだが、さほど積極的に調べたりはしていなかった。だが、著名ブロガーのイケダハヤト氏はじめ、ITの最新動向に敏感な人たちが次第に取り上げるようになってきたとの印象もあり、一度ちゃんと調べてみようとは思っていた。


用語の意味をWikipediaで調べると以下の通り定義してある。

3Dプリンタ(英: 3D printer)とは、通常の紙に平面的に印刷するプリンタに対して、3D CAD、3D CGデータを元に立体(3次元のオブジェクト)を造形するデバイスを指す。通常は積層造形法によるものを指し、切削造形法によるものは3Dプロッタ(英: 3D plotter)と呼ぶ。
3Dプリンター - Wikipedia

『3Dプリンタ』および『3D Printer』を『Google トレンド』で調べてみると、この用語、2007年くらいからすでに使われているが、本格的に注目を浴び始めたのは、昨年から今年にかけてのようだ。(どうりで私自身、最近になって気になるようになってきたわけだ。)
Google トレンド


この『3Dプリンタ』のことを最初はどの記事で見つけたのか、どうしても思い出せないのだが、おそらくパソコンでバーチャルに描かれた立体画像を様々な素材を使って(プラスティック、木材等)彫塑のように作り上げる技術で、個人が自分のデザインしたアクセサリーやフィギアを実際に自分で作って楽しむためのマシン、というようなふれこみだったのだと思う。確かに面白いのだが、バーチャルをリアルに表現する一手法で、個人の趣味の範囲を若干広げてくれる程度の役割と何となく考えていた。



これは革命だ!


だが、米国の著名ブログ、Mashableで、バージニア大学の二人の学生が、わずか4ヶ月間の間に、2,000ドルという小額で、飛行機模型のプロトタイプ(通常なら、2年間、250,000ドルはかかる)を3Dプリンタで作成した部品だけで完成させたという記事を読んだ時に衝撃が走った。もしかすると、これにはとんでもなく重大な意味があるのではないか?
Students Build and Fly 3D-Printed Plane


ほぼ同じタイミングで、『フリー』や『ロングテール』等の著作で有名な、ワイアード誌の編集長としても知られる、クリス・アンダーソン氏がこの技術のことを取り上げた新著『MAKERS』*1で、『21世紀の産業革命と述べていることを知って、あらためて事の重大性を直感した。確かに、これは『革命』だ。これから世界は驚くほど変わってしまうだろう。



ソフトウェアの革命


ソフトウェアの世界では、企業向けメインフレーム(汎用大型コンピュータ)からパーソナルコンピュータが分岐し、やがてそれがネットワーク(インターネット)につながるようになると、ここに『革命』が起きたことを誰もが実感するようになった。情報はデジタル化し、要素技術はモジュール化し、インターネットに載って世界中に流れて行く。その結果、技術革新は、小規模でスピーディーに動くことのできるベンチャー企業のような『小単位』が主役になる。加えて、データ、プログラム、さらには通信プロトコルまでソフトで書かれ、デジタル化し、インターフェイスが統一されているから、面倒な調整やコーディネーションなく成果物を繋げることができるために、オープンソースコミュニティに典型例を見るように、優秀で適所適材の『小単位』が共同で作業することが容易になり、かつ驚くべき成果を上げるようになった。



ハードウェアには無関係?


だが、ハードウェアは別のはずだった。ソフトウェアと違って、リアルなもの/ハードウェアを作ろうと思えば、個人では乗り越えられない(乗り越えにくい?)壁がある。アイデアを思いつき、ものを作り上げる技術があっても、試作品つくるにも生産設備と多額のお金が必要であり、ましてそれを量産するためには、生産設備だけではなく労働力等、様々な必要性が雪だるまのように膨れ上がって行く。


 資金/資金を提供してくれるスポンサー(株主、投資家、銀行等)
 会社組織/会社経営
 資金マネジメント
 人事労務管理  ・・・


そして、単位当たりのコストを下げて競争に勝つためには、『規模の経済』が必須で、量産が不可欠になる。そのためには、販売/マーケティング/広告宣伝が必要になり、尚一層、組織の規模は拡大し複雑化する。しかも、一旦会社組織を作り上げると、ある製品が市場に行き渡って売れなくなったからといって、それで会社を解散するわけにもいかないから、今度はその会社組織を維持するために、新たに売れる製品を考えて売るしかない。最初は、特定のアイデアを製品として作って売るための資金であり、設備であり、労働力だったはずなのに、いつの間にか、会社組織を維持するために、何でもよいから、売れるものをつくれというような本末転倒が日常化する。


そうなると、アイデアを最初に考えた人にとっては、理不尽のオンパレードだ。ものを作ろうと考えた人が自分の考えた通りのものを作るのは至難の業だ。技術も市場のこともわからないスポンサーや経営者に説明するための『技術』も必須になる。彼らをその気にさせるには、時には合理的な説明より、接待、ごますり、勢力争い等のノウハウのほうが有効かもしれない。社内より社外に有能な人材がいても、外部の人と共同で働くハードルは意外に高い。沢山売れるからということで、作りたくないものも作らないといけないかもしれない。



ハードウェアにも及ぶ革命


だが、その生産の為に、組織も資金もほとんどいらないとしたらどうだろう。組織が完全に不要になることは(少なくとも短期的には)ないにせよ、とてつもない『蟻の一穴』になることは容易に想像がつくはずだ。生産手段は資本家や大組織の独占物だったものが、個人や小規模のメンバーで生産手段を所有し、試作品をつくり、製品として売る事ができる可能性が開かれる。純粋に作ること/売ることに専念できる。当初は、市場の隙間をつくような、生産量もそれほど多くないものに限られるだろうが、技術のレベルがあがると個人で所有できる能力はどんどん向上していくだろう。かつて、個人用のプリンターは本当におもちゃのようなものだったが、今ではプロ用と個人用の違いはほとんどない。それは、ソフトウェアでは『いつか来た道』であり、既視感があるはずだ。ソフトウェアで起きたことがハードウェアの現場でも起きようとしている。デジタル革命は、巨大なパワーシフトを実現した。巨大組織から個人へパワーはシフトした。それが遥かに大きな規模で起きようとしている。


『MAKERS』でクリス・アンダーソン氏は、このインパクトについて、次のように語る。

『無重力経済』、つまり情報、サービス、知的財産といった、形のないビジネス(「足の上に落ちても痛くないもの」から成る経済)は、なにかと話題になりやすい。しかし、現在、ビット経済の大部分を占めるのはこの形のない情報産業で、大きいといってもまだアメリカのGDPの五分の一にすぎない。そのほかのすべての産業、たとえば、サービスセクターのもっとも大きな部分を占める小売業は、ものを作り、運び、売る活動にほかならない。したがって、もの作りのプロセスを変えることはなんであれ、実体経済に大きな影響を与える。それが、本当の革命につながるのだ。 同掲書 P57

それでもある『壁』


だが、それでもやはり大資本、大規模工場、多数の労働力が不要になることはないのではないか、と考えてしまう向きは少なくないはずだ。


鉄鋼や造船のような重厚長大産業
高度なナノテクノロジー
莫大な研究開発費が必要な薬品
労働集約的な生産 ・・・・


もちろんそうだ。新しい動向が次世代の一大産業に成長して行く事は最早決定的といってよいと思うが、当面その範囲は限定的、というのが常識的な判断ということになろう。だが、予想以上に出来る事、影響の及ぶ範囲は広そうだ。『MAKERS』では、クリス・アンダーソン氏も、3Dプリンタによる革命も、所詮、ニッチで特殊な領域のことでしかないだろうとの声が出る事を十分意識していて、そうではなくて、製造業のかなりの部分に(というより大部分に)この革命が浸透していく可能性(というより蓋然性)があることを説明をするために、製造業の中の製造業、自動車産業の事例を取り上げている。自動車産業を変えることができるなら、何だって変えられる、というわけだ。



自動車産業の真の革命児:ローカル・モーターズ


結論を言えば、すでにその成功事例はある。その代表格の名は、『ローカル・モーターズ』という。*2この会社は、ウェブのスタートアップ企業のエッセンス、成功の秘訣を自動車という『製造業の中の製造業』で実現しようとしているのが非常にユニークで革新的だ。

ローカル・モーターズは、大手企業では考えられない手法で自動車を製作している。自動車開発といえば、設計情報の機密管理が厳しく、クローズドに行われるイメージが強いだろう。ところが同社では社外の人たちとコミュニティーを築き、自動車開発にまつわる情報をWeb上のオープンな環境で共有しながらコミュニケーションを取り合い、企画から設計、製作、販売まで一環して共同で行っている。いわゆる「クラウドソーシング」といわれる形態だ。
 同社が運営するコミュニティー「The Forge」は、企業・個人問わずデザイン関係や製造業に携わる人たちが中心となり構成されており、中には学生で参加しているメンバーもいる。現在、そのメンバーは総勢3万人を超えているという。
“エッジの効いた?”イマドキな自動車設計開発:SNSのコミュニティーでわいわい自動車開発する - MONOist(モノイスト)

自動車産業のプラットフォーマーを目指す


ローカル・モーターズが何百万台もの車を売るようになることは誰も想定していない。ローカル・モーターズ自身、一つのモデルにつき、2000台までしか生産しないと決めているという。当面は趣味の車をつくるニッチ企業にしか見えないだろう。だが、ローカル・モーターズが真に革新的かつ破壊的なのは、自動車産業の『プラットフォーマー』になろうとしていることだ。IT産業の先端が、アップルやGoogle等の『プラットフォーマー』に席巻され、日本の電気メーカーが立ち行かなくなった真の原因は、自ら『プラットフォーマー』となることができなかったからだ、という主旨の記事を私は何度か書いて来た。どうやら、近い将来、自動車産業でもそれが起きる可能性が高い。それをあらためてはっきりと意識させられる。
「プラットフォーマ」の検索結果 - 風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る

だが、ローカルモーターズが作っているのは、ただの車ではない。それはイノベーションのプラットフォームである。アップルのiPhoneというプラットフォームの周辺に、独立系のソフトウェア開発者がアプリのビジネスを築いているのと同じことだ。確かに、ローカルモーターズのコミュニティは、従来の閉じられた扉の後ろで働く少人数のチームよりも、新しいデザインを速く、安く、上手に生み出すことができる。また同時に、デザインがすべてオンラインで公開されているため、コミュニティのメンバーはその周辺に自身のプロジェクトやビジネスを築くことができる。この車に自動タイヤ空気圧調整装置を加えたいと思えば、自分でそうすることができる。それを気に入る人がいれば、作って売ることもできる。わざわざローカルモーターズのエンジニアに掛け合って、自分のために開発してもらう必要はない。だれでも自由にデザインできるし、それはコミュニティ全員のものになる。同掲書P173

電気自動車の時代に花開く


これは来るべき電気自動車の時代に、一気に花開く可能性が高い。今のままでは、これは日本の自動車会社にとって悪夢のシナリオだろう。一刻も早くこの恐るべき未来を理解して、自らプラットフォーマーとなる道を探る必要があると思うのだがどうだろうか。

ローカルモーターズがこのモデルを使おうとしているのは、電気自動車の市場だ。電気自動車では、ガソリンタンクのかわりにリチウムポリマー電池が搭載され、ソフトウェアが駆動系のすべてを操る。モーターと電池はだれにでも手に入るし、企業よりもコミュニティの方がソフトウェアを上手に開発できることは、これまでのオープンソース現象から証明されている。同掲書P174


まさにその通りといわざるを得ない。だが、それはほんの序の口だ。

電気自動車を単独の車両ではなくネットワーク ー 自宅のスマートグリッド、街角に分散された充電器のネットワーク、充電器を探すために利用する携帯電話網 ー の一部だと考えてみるといい。
ネットワーク系のソフトウェアと機器開発に定評があるのはだれだろう? おそらくアップルとグーグルはそのリストに入る。それ以外には、テクノロジーのスタートアップや、いま僕たちが毎日利用しているネットワークソフトウェアの多くを生み出した、オープンソースのプロジェクトも、その中に入るだろう。だが、トヨタやホンダや日産はもとより、BMWメルセデスも頭に浮かばない。同掲書P174


完全なパワーシフトが起きてしまうことが予想されている。まさに、今IT電気市場で起きていることと同じだ。それはそうだろう。機械としての車は、近い将来『進化しつづけるコンピューターとしての車』になるのだから。そして、将来の自動車は、今の機械としての自動車より、スマートフォンのほうがずっと近い存在になる。そして、スマートフォンがそうであるように、ハードウェアよりソフトウェアに近い製品になる。筐体は買った後に劣化するが、性能はソフトウェアの更新によって改善される。性能がハードよりソフトで規定されるのなら、現在のソフトウェアがそうであるように、一企業より賢いコミュニティのほうが安く上手にやってしまうだろう。しかも、ソフトは通信でつながっている。

自動車は、機械の接続によってではなく、ますます『通信』によって動くようになっている(近頃の車は、ペダルやハンドルがエンジンや車輪と物理的につながっていない。ペダルやハンドルは、車の動きをソフトウェアに支持するジョイスティックにすぎない)。だから、自動車の性能を上げるためには、ソフトウェアを常時更新すればいい。ウェブブラウザが定期的にアップデートされるのと同じ事だ。同掲書P175


そのころの自動車産業の主流は、トヨタやホンダだろうか。それとも、ローカルモーターズだろうか。Googleやアップルかもしれない。これを革命と呼ばずして何と呼べばいいのか。



先進国の製造業の復活/日本は?


クリス・アンダーソン氏は、製造業の生産拠点が米国を去って中国等のアジアにシフトし、アップルのような世界一の製造業(?)であっても、米国でおこなわれている製品設計や小売り等では雇用をほとんど生み出していない現状を大きく旋回し、再びメーカーが米国で雇用を生む存在となる可能性を示唆する。生産量が非常に多い場合には、やはり労働賃金が安く規模の経済が期待できる中国等にメリットはあるが、それほど生産量が多くない場合は、製品に占める労働力の寄与部分を小さくすることができるから、米国に生産拠点を持っていても競争力を維持できる可能性があるという。


これを称して、『先進国』の製造業の復活というのだが、そこに日本は入る事ができるだろうか。デジタル革命がメーカーを巻き込んでさらに高度で広範囲なデジタル革命に突入していくとなると、デジタル革命の勝ち組の米国には都合がよくても、負け組の日本はますます競争条件が厳しく、あらためて、頭脳集約的な部分は米国に、労働集約的部分は中国等の新興勢力にということになりかねない。いよいよ、日本も旧来の社会制度/システムを本格的に改革していくことが待ったなしになってきたと考えるべきではないだろうか。

*1:

MAKERS―21世紀の産業革命が始まる

MAKERS―21世紀の産業革命が始まる

*2:Home - Local Motors