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先行指標としてのFacebookに見る日本のSNSの第二幕

FacebookIPO


5月18日、とうとうFacebookが、米ナスダック市場に株式を上場した。公募価格に基づく資金調達額は約160億ドル(約1兆2700億円)となり、2004年のGoogleの19億ドルを大幅に上回って、IT関連企業では過去最大規模となった。終値で計算した企業価値を表す時価総額は最大約1046億ドル(約8兆2700億円)で、東証1部の時価総額2位のNTTドコモの5兆6千億円をはるかにしのぐ。大変な規模のIPOであることは確かだ。



期待はずれ?


だが、一部報道にもある通り、公募価格をさらに大幅に上回る値がつくとの期待もあったことからすれば、期待はずれとの評価をする向きは少なくない。思えば昨今のFacebookは必ずしも良好とは言えない報道が相次いでいた。IPOの直前の16日に突如、米国自動車大手のゼネラル・モーターズGM)が、Facebook上での広告効果に疑問を感じるとして、広告を打ち切るという発表があって衝撃が走ったが、そもそも、Facebookは先月、過去2年で初めて四半期ベースで減収を記録したとの報道があったばかりではあった。しかも、Facebookのユーザーベースがパソコンからモバイルに急速にシフトしつつある中、モバイルの収益化にはまだ難点があって、ユーザー一人あたりの広告表示数減少により、長期的には売上げに打撃が及ぶ可能性について自ら認めている。*1市場はこの状況を冷静に見ていたというべきだろう。



米国のFacebook疲れ


しかしながら、それより何よりもっと留意しておくべきことがある。Facebookは、その急速なユーザーベースの拡大、滞留時間の増大等により、爆発的にプレゼンスを拡大してきたわけだが、当初からそのビジネスモデルの未成熟は指摘されていて、一人あたり収益率が低いことはむしろ織り込み済みとも言えた。問題は、そのユーザー数/滞留時間の推移のほうだ。何と、本家本元の米国で、いわゆる『Facebook疲れ』とも言うべき現象が見られ、2011年以降、会員数が減少に転じ、その利用状況にも減退が見られるという。しかも、困ったことに、Facebookの創始者である、マーク・ザッカーバーグ氏が理想として掲げて進める、『透明性とオープンな社会/世界』こそが、利用者のストレスを高め、Facebook疲れを促進しているというのだから、これはかなり深刻な構造的な問題と言わざるをえない。

2011年に入ってユーザー数減少 本家米国で「フェイスブック疲れ」 : J-CASTニュース



日本のSNSへの影響


こうした状況は、日本の交流サイト(SNS)の普及動向にも非常に大きな影響を及ぼすことが予想される。皮肉な事に、実名制のFacebookは日本では流行らないとされた仮説もどこへやら、本来日本での人気は根強いと言われていたはずのmixiから、FacebookTwitterに急速に会員がシフトしつつある。おかげでmixiには身売りの噂が出たほどだ。最近では、SNSは、国柄が違う米国と日本のケースを単純に比較することは難しいというのが定説となりつつあるが(基本的には今後ともそうだと思うが)、今回ばかりは、日本で今後起きてくるであろうことの先行指標として、経緯をよく研究しておく必要がありそうだ。SNS疲れという意味では、日本でもしばらく前に『mixi疲れ』が盛んに話題になったのは記憶に新しい。これは、mixi内での人間関係や行動様式が次第に窮屈に感じられるようになり、mixiに接続しなくなってしまうことだが、そうしてmixiをやめてTwitterにシフトした人が、早くもTwitter離れ/疲れをおこし始めているとの報告もある。このままでは、そもそも実名制に馴染まないと言われた日本人が、Facebookに疲れ、離れて行くのは不可避とさえ言えそうだ。

ねとらぼ:Twitterも疲れる? - ITmedia ニュース
ある女の「twitter疲れ」(増田風) - 荻上式BLOG



情報収集に不可欠なツール


では、いっそのこと『つながない生活』にシフトすれば良いではないか、と言われそうだが、そうはいかない。現実には二重の意味で、SNSは日本人にとっても(特にビジネスマンにとって)、切っても切れない存在になっていくことが確実だからだ。一つには、SNSがビジネスや生活の情報収集の必要不可欠なツールになりつつあることがある。際限なく拡大する情報の洪水の中、マスコミの情報のフィルタリング能力は低下する一方だ。効率的に重要な情報を得るためには、重要な情報を発信してくれる『個人』を発見することが、どうやら一番有効であるらしいことは、常識として定着しつつある。そのために不可欠なのが、ツールとしてのSNSということになる。『競争に負けたくなければ、SNSを使いこなせ』というプレッシャーは次第に強くなってきている。



共同体を補完するSNS


加えて、地域共同体や企業のような中間共同体が衰退し、一向に代替物が見えてこない日本で、唯一可能性が見いだせるのが、これまた SNSメーリングリストの利用等もここでは広義のSNSに含める)である。昨今では、バーチャルだけではなく、リアルでの出会いを補足する役割も含めて、SNSや、メール(メーリングリスト)のようなツールは不可欠になっているし、どのような使われ方であれ急速に浸透していることは間違いない。たまたま、都市生活者でないとソーシャルメディア的な機能を求めないのではないか、という仮説がTgetterで非常に話題になっていて*2、確かに面白い観点だとは思うのだが、地方には地方のSNSの使われ方があり、それなりに浸透してきていることも間違いない。私自身の田舎の友人や先輩後輩の話を聞いていても、びっくりしてしまうくらい使いこなしている事例もけして少なくない。



個別自我より組織自我


中間共同体が衰退してきているとはいえ、個々の自我を強化して、意見を闘わせて行くというタイプの交流は、あいかわらず日本人には馴染みにくいと言わざるをえず、自分の自我を組織に譲り渡して、自分を語る代わりに組織を語る人は今でも非常に多い。単に組織に所属するという以上に、自我や自己の存在まで譲り渡そうとする傾向は、西洋との接触機会が増えて、近代的自我のことを日本人が知り始めた明治期以来、今に至るまでほとんど変わっていないというべきだろう。ジャーナリストの佐々木俊尚氏が新著*3で説く『マイノリティー憑依』、すなわち、弱者の立場に憑依するかのようにとりつき、本来の自分の立場ではなく憑依した弱者の立場で語る人が、日本で非常にその数が多いとすれば、あくまで私の意見だが、個別の自我より上位概念にあたる組織や思想等に自我を没入させ、組織/思想の想像上の自我、すなわり『組織自我』のようなものをつくりだし、その自我を自分のように感じることで、弱い裸の自分の個別自我を防御し、強化したように感じ、安心感を得るというのが大抵の日本人の習わしになって定着してしまったということだと思う。裸の個別自我のままでは、発言や自己主張はおこなわず、組織自我に自分の自我を没入させてはじめて安心して組織の主張を自己の主張として(しばし非常に雄弁に)語り始める。逆に裸の自我を追いつめると窮鼠猫を噛むように、ヒステリックな反撃をして暴走し、やがては統御できずに崩壊してしまう。



個の確立と葛藤の物語


だが、もちろん、SNSは旧来の中間共同体の完全な代替物ではない。どちらかと言えば、個の自立を期待し、促す傾向があるし、SNS内の強者/勝利者は、自我のコントロールに熟達していたり、強靭な自我の持ち主であることが多い。だから、強く柔軟な『個』や『自我』を育てて行くことは、この日本でも各個人の重要な目標となっていくことが予想される。また、日本のSNSでは、メンバーが現実社会の空気や人間関係を持ち込もうとする傾向が多分にみられ、それこそ参加者はリアル世界と変わらない窮屈さにいたたまれなくなってやめてしまう、というようなゲースが後を絶たない。これも今後ともそう簡単にはなくならないだろう。いずれにしても、SNSの中での個の確立と葛藤の物語は、2010年代の日本の最大の課題でありトピックになる可能性がある。この課題に個人としても、社会としても、ビジネスとしても、それぞれ取組み、折り合いをつけて行く必要がある。(まさにここにビッグビジネスの可能性を感じる。)



主流となるインタレストグラフ?


こういう状況から一つ結論を導くとすれが、当面日本で一番繁盛するであろうSNSは、インタレストグラフ、すなわち、何らかのものやサービス/活動等に対する好き嫌いや関係をベースに人を繋げるタイプものになると考えられることだ。裸の自我が揉み合ったりするようなタイプ、リアルの人間関係を持ち込むタイプ等は、何らかの役割を持って機能することはあっても、メンバーの人間関係維持が難しくて長続きしない可能性が高い。むしろ、ものやサービス、場合によっては何らの消費活動等をベースに、個々のインタレストを繋がりのきっかけとし、自我の衝突や人間関係の門をくぐらずに、『インタレスト』の原泉が持つ奥深い価値を共有できるように設計されたSNSがあれば、それが一番『持続可能なSNS』になっていくだろう。そのように考えれば、エイベック研究所の代表取締役である、武田隆氏が、評判になっている自著*4等で説く、『企業サイトによる、その企業の提供する価値に共感するユーザーとの交流』が成功するケースが出て来ているという指摘も理解しやすいのではないか。日本ではまさにこれからSNSの次のステージが開幕するように思えてならない。

【佐々木俊尚氏×武田隆氏対談】2012年、ソーシャルメディアに「何」が起こっているのか?(前編)|ソーシャルメディア進化論2016|ダイヤモンド・オンライン
【佐々木俊尚氏×武田隆氏対談】2012年、ソーシャルメディアに「何」が起こっているのか?(後編)|ソーシャルメディア進化論2016|ダイヤモンド・オンライン