ビジネスの競争の意味/軸を変えつつあるスマート社会

FTMのラウンドテーブル(Green Table)


国際大学 グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)のフューチャー・テクノロジーマネジメント(FTM)の一貫で行われているラウンドテーブル(Green Table)に参加してお話を聞かせていただいた。概要は下記の通り。(今回は、去る11月17日に行われた第一回に引き続く第二回目。)


<第2回FTMラウンドテーブル(Green-Table)のご案内>

第2回FTMラウンドテーブル(Green-Table)「生産性の再定義 ~「もっと、速く、良く」を超えて~」 | 国際大学グローバル・コミュニケーション・センター


・日時:2011年12月6日(火)18:00〜20:00

・場所:国際大学GLOCOM ホール

・プログラム


18:00 〜 これまでの議論の整理(10分)

18:10 〜 話題提供(30分)

     「生産性の再定義 〜「もっと、速く、良く」を超えて〜」

      楠正憲(日本マイクロソフト株式会社技術標準部部長/GLOCOM客員研究員)


18:40 〜 ディスカッション(50分)(敬称略)

      川崎裕一 (株式会社kamado代表取締役社長)

      閑歳孝子 (株式会社ユーザーローカル 製品企画・開発担当)

      楠 正憲 (日本マイクロソフト株式会社 技術標準部 部長)

      庄司昌彦 (国際大学GLOCOM 講師・主任研究員)

      西田亮介 (東洋大学経済学部非常勤講師)

      藤代裕之 (NTTレゾナント株式会社 新規ビジネス開発担当)

      藤本真樹 (グリー株式会社 取締役 執行役員CTO開発本部長)

      山田メユミ(株式会社アイスタイル 取締役 兼 @cosme主宰)

19:30 〜 オピニオンメンバー・会場も含めた全体ディスカッション(30分)

20:00   終了


GLOCOMは、未来の技術と社会のための研究と実践を行う産学共同プログラム、「フューチャー・テクノロジーマネジメント(FTM)フォーラム(村上憲郎議長)」を開始しました。多様な人々を幸せにする「スマート社会」の構想と、その実現に必要な技術を取り巻く制度・カルチャー・企業経営を議論します。


ラウンドテーブル(Green Table)の第2回となる今回は、楠正憲氏(日本マイクロソフト株式会社技術標準部部長/GLOCOM客員研究員)に、「生産性の再定義〜「もっと、速く、良く」を超えて〜」をテーマに話題提供していただきます。


※Green-Tableは、今後5年以内に社会の中心を担う世代の研究者、経営者、技術者、社会活動家をコアメンバーとするラウンドテーブルです。詳細はFTMフォーラム : 国際大学GLOCOMをご覧ください。



絶望の国


2011年も押し迫った今世界を見渡してみると、欧州も米国も経済的には瀬戸際に追いつめられていて、いつ世界恐慌の引き金をひいてもおかしくないような状況にある。新興国を代表して世界経済の牽引者になろうとしていた中国も、バブル崩壊の兆候がそこかしこに垣間見える。そんな中、日本では、今年は東日本大震災という歴史的な災害がおき、更にはこれも歴史に刻まれるだろう原発事故が今尚予断をゆるさない。なのに政治的には混乱を極め、戦後の経済成長を支えた自動車産業や電気産業も往時の精彩は全くない。日本の将来の展望は軒並みネガティブで『絶望の国』と揶揄される始末だ。


それは色眼鏡で見ているからでは?


だが、本当にどこにも出口はないのだろうか。確かに戦後日本の型と価値観にこだわれば、システムも文化も企業もあらゆるものが崩壊過程にあり、従来の延長には希望は見えてこない。そういう意味ではまさに『絶望の国』というしかないだろう。だが、目にこびりついた鱗をはがし、先入観を排して真摯にゼロベースですべてを見直してみると、意外にも次世代の希望の萌芽といえる蠕動を微かながらにせよ確実に感じることが最近だんだんと多くなってきた。ビジネスでも、政治でも、社会制度からライフスタイルや思想に至るまで、戦後日本の価値観を取り払ってよく見てみると、意外な要素がつながりを持ち、予想もしなかったような価値が重視され、あらゆるものがただ崩壊しているのではなく、実は急速に組み替えられつつある過程なのではないのかと思えてならないのだ。後ろばかり向いていないで前を見て、批判ばかりしないで良いところを見るように心がけていると、問題があったのは自分がいつの間にかかけていた眼鏡のほうではないのかとしばし真剣に反省してしまう。



何かが起きている


IT/インターネットの進化とそれによって揺さぶりをかけられた社会のちいさなゆらぎが、いつの間にか折り重なるようにして、もう誰も止めることのできない世界全体を変革する巨大な波と化して世界中に押し寄せている。Web2.0のと言われた時代に始まった構造変化が、量的に拡大し、ついに質的な変化に転じて、世界を大きく変えて行く兆しが見えてきている。この2〜3年、この兆しに気づいている人と気づけないで脱落し始めている人の分断が起きてきている。だが、もどかしいことにそれがどうしてもはっきりとした言葉にならないでいた。



大変革の兆し


だが、先週も書評を書いた東浩紀氏の新刊(『一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル 』)を読んだとき、どうやら私の感じていることはこれからそう時をおかずに続々と言語化されていくに違いないとの予感が脳裏に走った。東氏は全体像を既に把握した上で、近代政治のバックボーンともなっている『民主主義』の変化の兆しについて堂々と切り込んできている。これは決して一人民主主義だけの問題ではないはずだ。ビジネスから社会制度からライフスタイル至るまで、あらゆる分野に大変革が及んで行くに違いない。



楽しみだったラウンドテーブル


今回のラウンドテーブルのメインスピーカーである、日本マイクロソフトの楠正憲氏の案内文に、参考文献として東氏の『一般意志2.0』があげられていて、しかも『概要』として次のように書かれている。

かつて計算機は人間のやってきたことを自働化し、もっと多くの情報を素早く確実に処理するために活用されてきました。この数十年でPCとネットが普及し、世界中の人々が繋がる中で、人々の感受性や洞察、創造性を刺激し、社会変革の原動力となりつつあります。ここでは来るスマート社会へ向けて、情報技術の更なる進歩が今後の人々と社会に何を齎すか、共に考え直す材料を提供させていただきます。


これを読んで、この2〜3ヶ月自分の思いがうまく言葉にならないもどかしさを感じていた私は、東氏の著書に光明を見た思いをしたこともあって、このラウンドテーブルに非常に期待し、楽しみにしていた。



まだ議論はばらついていた


実際に参加してみた感想を率直に言えば、まだ残念ながらまだディスカッションメンバーの理解にもばらつきもあったせいか、設定されたアジェンダが本来要求していた議論の核に到達する前に終了してしまったとの印象である。だが、メインスピーカーの楠氏はじめ、集まったメンバーの感性はさすがで、この難解な問題に一人一人が何らかの問題意識を感じていることは十分に察することができた。まだランドテーブルは後2回あるようなので、あらためて議題をもう少し絞り込んだ上で、その場に参加したすべてのメンバーにより深い気づきを与えてくれるような深い議論が行われることを期待したい。


以下、私自身がこの議論を通じて感じたことを多少書いておきたい。



マイクロソフト作成のビデオ


楠氏が案内文にあげたもう一つの『ご参考』は、マイクロソフト社で作成されたという次のビデオだ。これを冒頭に会場でも皆でみた上で楠氏のプレゼンテーション、およびそれに引き続く議論が始まった。


Productivity Future Vision video

Productivity Future Vision


ビデオの解説文として下記のような一文がある。

In 5-10 years, how will people get things done at work, at home, and on the go?Watch the concept video to get a glimpse of the future of productivity, then explore the stories and technology in more detail.

(5ー10年の間に、人々は職場で、自宅で、そして外出している時、どのように仕事を片付けるようになるだろう。生産性の未来を理解するためにコンセプトビデオを見て、より詳細の内容とテクノロジーについて探求してみてほしい。)


このビデオで展開される未来の仕事は、今以上にスマートに素早く情報が処理され、いわば、IT機器が『計算機』としての究極の進化を遂げて仕事の能率を上げているという印象だった。時間の中から不能率なものを極力省き、時間が短縮されることをもって『生産性向上』とする、いわば、フォードシステム、あるいはテーラーシステムの洗練された進化形という印象だ。


フォードシステム

フォード・システム - Jinkawiki


テーラーシステム

科学的管理法 - Wikipedia



かつてのビル・ゲイツ氏の理想


かつてマイクロソフトの創始者ビル・ゲイツ氏は自著、『思考スピードの経営』*1において、大量の情報をスピーディーに処理することができれば、ビジネスの性格そのものが変わると述べた。以下、序論からそのキーコンセプトが見て取れる部分を抜粋する。


1980年代は品質が問題となった時代で、1990年代はリエンジニアリング(業務の根本的革新)が課題となった時代だったとすれば、2000年代は速度が課題となる時代といえよう。すなわち、ビジネスの性格がどれほど速く変化するか、またビジネスそのものがどれだけ速く実行されるか、さらに情報へのアクセスが消費者のライフルタイルや彼らのビジネスへの期待感をどのように変えて行くかなどが問題になっていく時代というわけだ。


同掲書 P1

時代は変化した


本書が出版された1999年の時点では、先見の明あるコンセプトではあるだろう。だが、すでに10年以上の時が流れた今では、もはや競争の中心軸が物理的な情報の多さ、処理のスピード、計算能力の高さ等の要素からはシフトしてしまったことは誰しも感じているところだ。増えすぎた情報の洪水に誰もが悩まされるようになってからは、大量の情報の中からいかに今現時点の自分にジャストフィットで、有用な情報に絞り込むかが中心課題となり、その課題を最もスマートに解決したGoogleがIT世界の覇権をビル・ゲイツ氏率いるマイクロソフトから奪うことになる。


ところが検索の仕組みをいくら精緻に実効性あるものに組み上げても、幾何級数的に増えて行く情報を前にやはり限界が見えてくる。むしろ、人的なネットワークを組成し、自らが信頼し、感性も近い情報提供者(キュレーター)を見つけてそこから情報を得て行く方が精度が高くタイムリーな情報が得られるのではないか、という方向が見え始めて来ると、いつのまにかGoogleが握っていたはずの覇権はFacebookのようなソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)の覇者のほうにシフトしていくことになる。よって、今この時点で将来の生産性を語るとすれば、ビデオで示されたコンセプトがいかにも陳腐で古くさく見えてしまうのもやむをえまい。実際、今回のラウンドテーブルのディスカッションメンバーが異口同音に語った感想もこれが濃厚感じられるものが多かった。



ビジネスマンに必要な能力


経営学者のヘンリー・ミンツバーグ氏はビジネスマン(特に中間マネジャー)の能力を、『サイエンス(分析)』、『クラフト(経験)』、『アート(創造的発想)』の3つに分けて語る。そして、従来のMBA経営学修士)が分析による戦略策定に偏り過ぎだと批判する。上記のビデオの内容はこのサイエンス(分析)の部分は申し分ないが、クラフト(経験)、アート(創造的発想)の部分にほとんど及んでいない。さらにはビジネスマンの能力としてこの3つに勝るとも劣らない、『人的ネットワーク構築』『アジェンダ設定能力』(こちらはリーダーシップ論で有名なジョン・コッター氏のあげるジェネラル・マネジャーに必要な能力)についてもほとんど考慮されていないと言わざるを得ない。



サイエンス(分析)だけではない


ところが、1999年と比較すると、今ではこの『サイエンス(分析)』以外の部分についても、IT/インターネットに助けられて能力拡張できるところが非常に大きくなっていることは有能なビジネスマンならもう気づいているだろう。例えば、『人的ネットワーク構築』能力など典型的にこれに該当するわけだ。(SNSの活用)


大量の画像(3Dを含む)、動画をみることも、自分で絵を書いたり色を付けたり、場合によってはキャドのようにデザインモックのようなものをバーチャルにつくったりということも非常に簡単に誰でもできるようになった結果、『アート』の内、少なくともデザインのような美的センスが要求される仕事はこれによって大幅に能力を拡張している人が増えている。かつて自動車のデザイナーと親しく話をする機会があったが、デザイナーにとって何より必要なことは、出来るだけ沢山のいいデザインを見ることなのだそうだ。彼は愛知県在住だったが、しょっちゅう東京に行っては一日中道に座ってクルマを見続けていた。今ならIT技術がかなりこれを補完してくれるはずだ。


クラフト(経験)の部分でさえ、経験によって蓄積された暗黙知形式知化するところにIT技術が寄与する可能性が見えてきている。しかも実際に深い経験の持ち主(人)に直接伝授してもらうしかない技能や智慧でさえ、そのような人を探し出して実際にコンタクトできる可能性がSNSによって広がっていることもまたIT技術が切り開いた領域と言えるかもしれない。



さらに大きな可能性


だが、このようなすでに起きてきている変革をさらに大きく超えて行くかもしれない可能性こそ、東浩紀氏が指摘する一般意志=無意識の可視化の切り開く可能性(ポテンシャル)だ。ユーザーが意識的に答えたアンケートも、通り一遍の分析では競合優位を築くことはできない。そんな情報は誰もが持っているし、簡単に入手できるからだ。分析の上級者はそこから無意識に隠れた潜在願望や傾向を探り当てることに長けている。ところが今後はそんな無意識にさらに深く分析を及ぼすことが当たり前になっていくなら、ここにはあらたな競争が間違いなく起きてくるだろう。プライバシー問題という避けて通れない課題はあるが、この領域で何が起こって行くか。企業であればどう対処していくのか、間違いなく競争の主要な軸になっていくはずだ。



本格的に議論してみたい


実際にラウンドテーブルで語られた内容の議事録ではなく、その場に参加させていただいた私が単に妄想を広げただけになってしまったが、このアジェンダは実に妄想をかき立てる力があるのは確かなのだ。あわよくばメンバーの方々のみならず、GLOCOM関係者、ラウンドテーブルのオーディエンスの方々、あるいは当日参加はしていないが興味を持ったという人まで広げてでも、この議論はもっと本格的にやってみたいものだと思っている。