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今経営学/ビジネス関連図書を読むにあたっての8つの留意点

深い探求が求められ始めた


昨年から今年にかけて、経営学者のピーター・ドラッカーのことが日本でも非常に話題に上がる事が多かった。これは、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』*1という、非常にユニークな本が300万部近くも売れたことがきっかけになった事も確かだが、従来のビジネスマンの枠を超えて、広くドラッカーが読まれている様子を目にすることが多かった印象がある。しかも、従前のように流行に遅れまいとして、一応買って流し読みするというような主体性のない態度ではなく、何らかの指針を得たいという真剣さが感じられる。実際ドラッカーの原著にあたればすぐにわかることだが、皮相的な経営ノウハウが書き連ねてあるわけではなく、『経営思想家』と評されるがごとく、時に非常に深淵で、読む側にそれなりの準備と覚悟を求めるものが多い。昨年は、これもかなり内容的には難解な、米国の政治哲学者マイケル・サンデル著作が多く売れたことと軌を一にする現象と言って間違いあるまい。巷間言われているように、旧来の社会が本格的に変わり始め、社会を支えてきた価値も崩壊し始めて、頼るべき何ものもない不安感が充満する中、経営でも、政治でも思想のレベルまで遡って深く探求する必要性を感じる人が増え始めていることの現れなのかもしれない。



厳しい環境


役に立つと評判になれば、それなりに世間の耳目を集めるのは別に今に始まったことではない。経営/ビジネス関連に限っても、日本的経営が盛んなころには日本的経営を礼賛する著作が雨後のタケノコのように出てきたし、その日本的経営がかげりを見せて、米国のビジネス・スクール(経営大学院 いわゆるMBA)に注目が集まったときなど、どれほどの数の本が、『MBA』と銘打って出版されたことだろう。


だが、昨今の環境は明らかに従前とは違って、経営学者にとっても非常に厳しくなっている。テクニカルな経営戦術の類いを支える社会やビジネスの基盤が根底から変化しつつあり、過去と断絶(これ自体ドラッカーの言葉だが)している時代に、それでも受入れられる著作を書ける経営学者というのはそう多くはない。よほど本質的で、時代を超えて通用する理論か、そうでなければ、『変化』とどのように取組むか突き詰めた経営理論書でなければ、とても読むに耐えない。



巨人たち


では、今、その厳しい環境において尚著作が読み継がれ、高く評価されている経営学者/コンサルタントは誰なのか。誰がその名にふさわしい人なのか。ちょうどそう考えていた時に、たまたま手にした『超ドラッカー級の巨人たち』*2という本は、私の問題意識に取組むための材料としてピッタリで、忘れていたこともずいぶん思い出させてもらった。


この本で取り上げられている巨人は以下の7人である(目次の表題にある一言コメントを付記する)。

ピーター・ドラッカー /マネジメントを発明した男


C.K.プラハラード /社会的コーズをマネジメントする


ヘンリー・ミンツバーグ /マネジャーの仕事に注目せよ


ジョン・コッター /組織には危機感が不可欠だ


マイケル・ポーター /戦略論に革命を起こす


フィリップ・コトラー /近代マーケティングの父


クレイトン・クリステンセン /イノベーションの仕組みを解明する


いずれも経営史に残る人物ばかりと言えそうだ。経営学を勉強したり、興味を持つ人なら、著作は読んだ事はなくても、名前くらいは知っているだろう。



そもそも役に立つのか


ただ、ここで私が非常に興味を感じるテーマがもう一つある。そもそも、米国発の経営学/ビジネス関連の著作を読んで日本企業の危機を救うことができるのだろうか。ここで問うべきは理論の正しさだけではない。理論が正しくても日本で実践することが何らかの理由で難しければ、日本企業の危機を救うことはできないことになる。


多くの日本企業が、特に大企業を中心に、「失われた20年」の間、このような米国流の経営学を取り入れて会社を改革しようとして涙ぐましい試行錯誤を続けてきた。成果主義、四半期管理、キャッシュフロー経営、EVA、バランス・スコアカード、コア・コンピタンス・・・成果主義人事制度のようにかなり早い段階で根本的な欠陥に気づき方向転換が起こった領域、そしてそれを悟った会社もあるが、中にはいまだに欠陥に気づかず、会社の競争力を決定的に毀損してなお原因をつかめずに迷走する企業も少なくない。つまみ食いした米国流手法でさらに決定的に立ち直れないほどの手ひどい悪影響を受けたのにいまだにその理由を把握できないままに彷徨しているとしか思えない企業も実に多いのだ。


では、このような経営理論や米国の経営学者の言う事は日本企業にとって有害無益なのだろうか。ちょっとした手法や戦術をときたま利用してみるくらいがちょうど良い距離の取り方なのか。



優れた人の理論は役に立つ


結論から言えば、そうではない。あらためて、上記の経営学者の軌跡をたどると、いずれも実に本質的な問題に踏み込み、解決手法も提示していることがわかる。真剣に取組めば、非常に有益な智慧を組む事ができると考える。もちろん、経営書であればどれでも優れているなどと言うつもりはまったくないし、時代とはミスマッチなものを含めてゴミのようなものも非常に多い。だが、優れた人の優れた理論は国や時代を超えて大変味わいがある。ここでは詳細に語ることはしないが、是非自分で原典に当たってみてほしいと思う。



失敗する理由


日本のビジネスマンがこのような経営書を読んだり、それを実践に生かそうとする際に、おそらく共通する問題点は、あまりに科学的/分析的な内容に偏る傾向があることだろう。(これはミンツバーグがMBAを批判する視点とかなり近いといえる。)そもそも日本の強さは、現場の暗黙知(カン、コツ等)に負うところが大きいし、それは日本人の繊細な美意識(ミンツバーグの言うところの『アート』と言っていいかもしれない。)と併せて今でも日本の生産現場の強さを下支えする要素として大変重要である。これらをいたずらに日本の後進性の現れとして排除してしまうようでは日本の経営を語る資格はない。



正しいあり方


ただ、日本の経営者は、総括的に状況を把握して、経営問題を概念的に理解し、これを皆が理解できる言葉として発信することがあまりに苦手だ。その意味では、MBA的な経営理論を学ぶことに意味はある。概念としてまとめて言語化する部分は、日本人が最も苦手とし、逆にMBA的な教育が効果的な領域だからだ。そして、それを土台に、日本の暗黙値、アート、従業員や市場のメンタリティーと統合していく能力に昇華することができれば価値は倍加するだろう。ただ、この総合/統合の部分はMBA的な分析手法をいくら学んでもそれだけで身につくことはない。分析を学ぶと同時に、現場(市場等の社外環境を含む)に身を置いて感性や直観を磨くことが不可欠だ。これは特に強調しておくべき点だと思う。



留意点


では、経営学/ビジネス関連の著作を読んだり応用する場合の留意点(と私が考える点)を列記しておこう。参考にして頂ければと思う。



1. 優れたものを厳選する


これは何より大事だ。選択を誤ると時間を空費するだけではなく、有害無益になりかねない。ただ、最初は誰のどの本が優れているかわからないという向きもあろう。そういう意味では上記の巨人たちはいずれも『第一歩』とするに足る人たちだと思う。



2.拙速に策を取り入れるような愚をおかさず繰り返し読んで本質的な理解につとめる


これもありがちなことがだが、何か一冊読んだら興奮して拙速に策を取り入れるようなことは慎んだ方がいい。あなたの会社に今優先して取り組むべき課題かどうか、そうだとしても適切に導入できるかどうかわからないはずだ。現場の人の直観のほうが正しくて、現場を混乱させてしまうということはどの会社でも見られる光景だ。


日露戦争当時、日本海海戦を完勝に導いた秋山真之海軍中将は、日本が輩出した有数の戦略化として名高いが、世界中の戦史を徹底的に勉強したという。その中には戦国時代の村上水軍の兵法も含まれるというから徹底している。村上水軍の兵法をそのまま日本海海戦には持ち込めないだろうが、徹底的に理解し潜在意識の底にまで浸透させることができれば、思わぬアイデアがぎりぎりの切所で沸き上がるようになる。戦略を学ぶのはそのようなアプローチが正道と心得るべきだ。



3. 科学的分析手法だけに閉じこもらず現場から得られる感性/直観情報とのバランスを忘れない


上記にも述べた通り、科学的分析は現場の感性/直観、アートの部分とバランスよく統合されないと本当の力にならないばかりか、企業の本来持つ力を毀損してしまうことになる。



4.自社の暗黙知や見えない構造には十分配慮し安易に無視したり破壊したりしない


これも、3とほぼ同様で、自社の暗黙知を最大限生かす科学的分析には価値があるが、科学的分析が先にたって、暗黙知を衰退させてしまようでは逆効果だ。この点、日本の経営学者の野中郁次郎著作はすばらしい。優れた経営理論とは(私の観点では)こういうもの、という見本を見る思いがする。



5.経営理論の出てきた歴史的な背景や文化等を理解しつつ読む


どんな経営理論でも、それが対象としてイメージする会社があり、会社が所属する社会や国家があり、その総合的な関係の中で成り立っていると考えるべきだ。それを無視して、米国で話題の手法だから日本でも導入、というようなことをやると成功するより失敗する可能性が高い。だが、どのような状況を背景にその理論が成立したのか、深く理解することができれば、異なる環境においてもエッセンスを生かして行く事はできるだろうし、その積み重ねはいずれ大きな力になるはずだ。



6.静態的アプローチではなく、常に動態的アプローチを心がける


どんな優れた理論であっても、これほど変化が早く、しかも変化が不連続に訪れる環境にあっては、静態的なアプローチだけでは実践に生かせないことを肝に銘じておくべきだ。もちろん5と同様、どのような状況でその理論が成立したのか、よく勉強しておくことには価値がある。



7. 変化を織り込まない理論にはあまりコミットしない


6と同様、変化を前提とし、変化への対応が織り込まれていないとすると、今日ではその理論自体に何らかの欠損があるくらいに考えておくべきだし、どんな優れた理論を取り入れたつもりでも、変化に対応できないと感じたら何らかの修正を施すなり、採用をやめた方が懸命だろう。



8. 市場のルールの変化に敏感になるためのアンテナとして経営書を利用する


ドラッカー著作や発言は私にとっては思想書であると同時に、ずっと『アンテナ』だった。驚くべき事に、対象とする環境もまったく違う、ずっと昔に書かれた著作であっても、いまだに『アンテナ』としての機能を失わない。生けるカリスマの中では、フィリップ・コトラーなど出色だ。インターネットやSNS全盛の現代の環境を完全に理解して、『マーケティング3.0』として括って対処策を提示してくれているが、これなどマーケティング関係者ならずとも是非読んでおくべきだと思う。優れた経営書には、市場を構造として理解し、起きつつある変化を察知できる能力を培ってくれる力がある。