世界の火薬庫? 中国情勢から目が離せない

驚くべき年 2011年


国際的、あるいは歴史的に重要な意味のある事件は時に互いが互いを呼び合うようにして、ある特定の時期に集中的に起きることが多いのは(大変不思議なことではあるが)誰もが内心感じている経験的事実と言っていいだろう。近いところでは、阪神大震災とオーム事件が相次いで起こった1995年がそうだし、私としては東欧革命が起きた1989年もそのような年として強く印象に残っている。だが、それらの印象的な年と比較しても、今年、2011年は、非常に象徴的で、しかも歴史の転換点となった年であることに最早誰も異論はないだろう。しばらく前にも同様のことを書いた記憶があるが、まだ5ヶ月弱を残して、さらにこれからもっと驚くようなことが起きそうな予感さえ濃厚にある。



まだ現在進行形


中東アフリカ革命、いわゆるジャスミン革命ギリシャの財政問題をきっかけに燎原の火のごとく広がった欧州のソブリン危機』、日本の東日本大震災。年の前半に相次いで起きたこれらの出来事は、どれ一つとっても時代を揺るがす大事件のはずだが、同じ時期に集中して起きるとは何と言う『神の配剤』だろう。だが、今現在も、もしかすると後世にもっと大きな影響と爪痕を残した大事件と評価されるのではないかと思われる出来事が起きつつある。そして、どれ一つとっても、世界をつい先頃までとはまったく様相を変えてしまう程のインパクトがある。



直近の3つの大事件


その一つは、日本の原発事故。今やチェルノブイリの事故を超えて名実ともに史上ワーストとなりかねず、現時点でもまだ収拾の目処がついているとは言いがたい。事故発生直後よりも、おそらくこれからのほうが、深刻な影響が顕在化する可能性が高い。世界のエネルギー政策も日本の政治も劇的に変化することはもはや避けられない。


二つ目は米国の財政赤字米国債格下げ問題。米国政府デフォルトというありえないはずの悪夢がかなり真面目な議題として取り上げられている。正直、あまりに影響が大きすぎて想像が追いつかない。煽られるように円が最高値を更新して、日本ではそればかりに目が行きがちだが、確実に言えるのは米国のデフォルトは即日本のデフォルトでもあるということだ。


三つ目は中国浙江省で先頃(7月23日)に起きた列車脱線事故。一見、上記二つと比較して、小規模でローカルな事件(事故)に見える。だが、ここで起きた一連の出来事の意味するところは非常に大きく、その点ではけして遜色のないインパクトがある。しかもへたをするこれを契機に今後起きる混乱は、世界でも最も危険な火種の一つになりかねない。



世界経済の牽引役


リーマンショック後、中国は一見世界で最も早く立ち直り、成長軌道を取り戻して世界経済の牽引役としての評価を不動のものにした。一方、昨年12月末時点で米国国債の保有額は2兆3991億5200万ドルという世界一の規模を誇る。如何にバブルが懸念され、国内の混乱が大きくなってきているとは言え、この局面で中国に大変動があると世界経済全体に与えるインパクトは、はかり知れない。『お願いだから今何かを起こさないでくれ!』というのが各国の為政者の偽らざる本音だろう。



ジャスミン革命を水際で食い止めた中国


ジャスミン革命がエジプトに波及して民衆によるムバラク政権打倒が現実味を増していた頃、この革命の中国への波及の可能性が盛んに喧伝されていた。独裁政権がドミノのように倒れて行くかに見えたあの頃には、経済的に成功して自身を持ち、情報統制を巧妙に成し遂げて盤石に見える中国であっても飲み込まれかねないムードがあった。そして、もしこの革命が及ぶようであれば、この機に世界から一党独裁政権が消えてなくなるのではないかとさえ極論されたものだ。実際、中国共産党もなり振り構わぬ必死さで情報統制体制を死守しようとしていた。ジャスミン革命波及を明確に恐れていた証拠に、中央宣伝部に対して「すべてのジャスミン革命ムバラク退陣」などの語彙を見張り、ネットのみならず印刷媒体の議論をことごとくモニターの上、あらゆるブログにはフィルターをかけるよう指示し、中東の激変に関しては、新華社の報道以外、一切、独自の取材や報道を認めない旨を中央宣伝部を通じて徹底させていたと言われる。そのかいあって(?)小競り合いは別として、この革命が巨大な本流となって中国全土を暴れ回るようなことは回避された。



暴動は日常茶飯事


だが、私は、その後の中国のことがずっと気になって、一時東日本大震災の混乱で中断したものの、比較的コンスタントに中国の情勢、中でも『情報統制とそれに対する抵抗』という観点で見えてくる情勢をウオッチし続けていた。予想通り、断片的とはいえ、驚くべき事件は続発していた。例えば暴動ということであれば、6月には広州で1,000人規模の暴動が発生し、あわやと思わせる局面だった。規模はずっと小さいが、7月には新彊ウイグル自治区で、デモと警官隊の衝突で20人の死亡者が出たというニュースも、ここ数年何度も同様な衝突で死傷者が出ていることを鑑みると、政治的な意味は小さくない。しかも、これらはほんの氷山の一角で、一説によると中国は大小併せて年間1万件以上の暴動が発生しているのだという。治安当局があれほど細心の注意を払ってこのような事件が起こることを阻止しようとしていることを勘案すると、やはり共産党は土俵際にいると言わざるをえない

広州で1000人規模の大暴動発生 パトカー次々と破壊し、建物に乱入 : J-CASTニュース

http://japanese.irib.ir/index.php?option=com_content&view=article&id=19679:2011-07-19-14-07-10&catid=17:2010-09-21-04-36-53&Itemid=116

http://www.asahi.com/international/update/0727/TKY201107270856.html




貧富の差の拡大


表向きの経済発展の裏側で、貧富の格差は拡大し、しかも特権/既得権益者のコネがなければ就職もままならず、学生のような知識階級予備軍の不満も非常に高くなっているという。


社会における所得分配の不平等さを測る指標にジニ係数と呼ばれる指標があり、近年日本でもこの係数が右肩上がり(数値が高いと不平等とされる)になっていることが話題になる。だが、中国にこれをあてはめると、国際比較ではすでにトップクラスにあり、社会の安定を危うくする危険水域を示す水準にあると指摘する向きもある。
( 先進国は基本的に   0.2-0.3の範囲にあり、 0.4の警戒ラインを超えると社会安定が脅かされるが、中国のはすでに0.45を超えたという説もある。)

中国のジニ係数、本当に警戒ラインを超えたのか_中国網_日本語




弱者の犠牲の上に成り立つ成長


リーマンショック後の金融緩和政策によって溢れたマネーが不動産投機になだれ込み、バブル崩壊の懸念があるということと、住宅バブルによる不動産価格高騰により、住宅を実際に購入しようとする民衆の怒りが非常に高まったという情報は日本のマスコミでも比較的広く取り上げられ、一部では中国警戒ムードも高まったが、実際にはそれ以上に悲惨なことが起きているようだ


時事通信社の中国通である城山英巳氏の著作、『中国一億人電脳調査』*1に生々しく実態が説明されている。

不動産価格が高騰し続ける中で、土地は、地方政府幹部にとってGDPを増長させる打ち出の小槌となった。土地の私有が認められない中国では、都市部の土地は国家の所有だが、地方政府は立ち退きなどの手段で住民からその土地の安価な補償金で収用し、不動産業者にマンションや商業施設を開発させる。都市開発は地方政府の大きな財源となり、地方財政を潤している。こうして、GDP成長を達成した地方幹部は、『政治的業績』という名の出世を獲得でき、共産党中央にとっても土地はGDP成長という統治の正当性を得られる宝と化しているのだ。ただ、問題なのは、「土地」を「政治的実績」や「共産党の正統性」に換えるプロセスの中で、強制収容で農地を失った失地農民や、都市開発で立ち退きを迫られた住民は、少ない補償金で暴力的な迫害を余儀なくされることだ。そして彼らは、権貴階層を敵視する「仇富」怨念を燃え上がらせ、北京にまで陳情に押し寄せたり、焼身自殺で自らの正しさを証明したり、暴動を起こしたりする。いわば経済成長という共産党の正統性は、社会的弱者の「犠牲」の上に成り立っているのだ。

同掲書 P232〜233


世界を経済的に支える牽引者の実態は、ことほど危ういと言わざるをえない。まさに薄氷を踏むとはこのことだろう。



綻びが見える情報統制


それでも、情報統制が行き届いているため、点としての暴動が相互につながって奔流となることは難しいのでは、と言われてきた。検閲に抵抗を続けていたGoogleも結局妥協しているし、2009年まで利用を認められていたTwitterもすでに中国では利用できなくなっている。


だが、このTwitterのかわりに中国版のTwitterと言える、「微博」というサービスが開設され、3年間ですでに2億人を超えるユーザーを持つという。共産党公認だけあって、検閲も削除もできるというが、Twitter型サービスというところから想像がつく通り、あっという間に拡散していくこの種のサービスを常時ウオッチして管理することは容易なことではない。実際、「微博」の普及に焦点をあてて調べて行くにつれ、これでは本当に遠からず中国版『ジャスミン革命』が起きるのではないか。少なくとも、共産党支配も今のままでは立ち行かないだろうと思うようになった。



中国版Twitterの威力


そこに起きた浙江省での列車脱線事故だ。 「微博」のパワーが存分に発揮されていることが見て取れる。事故が起きて間もなく、事故の解明を進めるでもなくいきなり事故車両を埋める報道に世界は驚き、中国国内の報道でさえ政府批判が前面に出て来た。だが、中国ではそもそもこのような政府に批判的な内容が報道されて伝わること自体異例な事だ。しかも、『民衆からの批判が相次ぎ』、『温 家宝首相が現場を訪れて犠牲者の家族に陳謝し』、さらには『鉄道省等の責任者が処罰される』方向だというどれもこれも異例尽くめで、これこそ中国の情報革命そのものとも言える動向だ。では、何故このようなことになったのか。そもそも報道管制をひこうにも、事故の第一報は 「微博」で流されたという。そして瞬く間に拡散した。まさに中国版Twitterだ。広がるスピードも、量も圧倒的で、これには数十万の人員を抱えると言われる検閲機関でさえ手に負えなかったようだ。これを見ていると、仮に今回の事故の影響を治安当局が表面的には乗り切ったとしても、今後何らかの『革命』が起きることはもはや時間の問題と思えてくる。



治安当局の反撃


今現在もこの事故の報道を巡る報道陣と管理当局の争いは続いているようだ。 「微博」に対する攻撃も始まっていると見られる。世界経済の将来を占う大変な事態が目の前で進行中であることにもっと関心を持って研究/分析することが不可欠だと思う。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110805-00000602-san-int

*1:

中国人一億人電脳調査―共産党より日本が好き? (文春新書)

中国人一億人電脳調査―共産党より日本が好き? (文春新書)