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リーダーシップの危機と可能性

不安感


震災から40日以上が経過して、さすがに地震津波発生直後のような底が抜けてしまったような、呆然と動けなくなるようなステージからは抜け出つつある。東京圏内では一時期非常に不足していたガソリンや水等の物資も比較的余裕が出てきており、心配されていた計画停電も今のところ実施が見送りになっているため、企業や個人の通常の活動も徐々に改善されてきている。数えきれないほどの余震もあるが、不思議なもので、いつのまにかそれほど気にならなくなってくる。いつの間にか精神の緊張が緩み、弛緩してきていることを認めざるをえない。


一方で私を含めて、たいていの日本人は今正体の見極めにくい不安感に苛まされ続け、フラストレーションを払拭できなくなっているのではないか。原発事故の具体がこれからどうなっていくのか。震災の影響で未だに激減を余儀なくされている物の生産や販売の悪影響がどれほどのインパクトなのか。ただでさえ巨額な国債残高がこれを機会に一層膨らんでいくのではないか等々、不安な要素に目を向けるとそれこそきりがない。



枯渇するリーダーシップ


だが、何よりこの不安感の根本的な原因の一つは、危機的な状況に際して、冷静に対処して問題を解決していく、という意味での『リーダーシップ』がこの国からすっかり枯渇していることを再認識してしまったことだと思う。震災に伴い一時的に社会の自明性が喪失し、日常にできた裂け目から垣間見えたのは、危機の問題解決能力にはほど遠いお飾りトップであったり、幼児性丸出しの大人子どもだったり、厚顔無恥な開き直りおじさんだったり、という始末。その中でもっともまともだったケースでも、責任回避型の官僚タイプで、言質を取られぬよう事実開示を可能な限り避けて、ひたすらその場をやり過ごそうとする意図ばかり伝わってくる。


特に原発事故に関わって登場するトップ/リーダー達は、何より本人達がパニックになっていて地金が皆露出してしまっているから、その本性がいかにもわかりやすい。一人の人間としてみれば、危機に巻き込まれた普通の人は誰でもこんなふうになるのは予想の範囲とも言え、さほど彼らを責めようと言う気にもなれない。ただ、今の日本という『構造体』は上質なリーダーを輩出し、活躍させるような仕組みにはなっていないということ自体は看過できない。これは、そんなシーダーシップしか持てない社会をつくっている自分たち一人一人の問題でもある。



危機的な日本のリーダーシップ


このような『構造体』が送り出してくるトップ/リーダー達は、タイプや個性は違えど、良くない情報は秘匿し、必要最小限に小出しにしか出さず、さほど根拠無く『安全』『安心』の安売りをする。状況が悪化してやむを得なくなるとその時点での最小限の情報を楽観論に包んで小出しにする。しかも、最小限の事実と責任回避の予防線と根拠のない楽観がブレンドされた結果、奇怪なワーディングが生まれる。『ただちには危険ではない』という類いがそれだ。私は最初にこれを聞いた時、これは歴史に残る『迷言』となることを確信して、戦慄と共にある種の感動を覚えた。これでは、リーダーと大衆の間の信頼感は回復不能なほどに損なわれてしまう。リーダーは大衆(国民)を本当の事を言うとパニックを起こす衆愚としてしか見ておらず、大衆(国民)はリーダーの言葉を信用せず、何か隠しているに違いないと見る。不安感は出口を見つけられずに際限なく膨張し、日本を超えて海外各国にまで及ぶ事になる。事実、海外では日本の信頼感はすっかり損なわれたと嘆く人が本当に多い。(海外ビジネスに従事する友人知人の多い私の周辺でもまさにそう感じている人が多い。)



危険な兆候


今回の震災は戦争、特に先の太平洋戦争前後の日本にそのアナロジー(類推)を見つけることが多く、私自身何度もその例を紹介してきたが、今また『リーダーシップ不在』と『不安感の増大』を契機に典型的な類似事象が起こりつつあるように思えて、肝の縮む思いを禁じ得ない。どういうことかと言えば、悪質な『デマ』の流布であったり、東京電力社員の子どもをボイコットしろというような扇情的なアジテーション(煽動)であったり、電力会社や原子力関連の広告に出た有名人を吊し上げすることを意図した雑誌記事の特集が組まれたりというような出来事だ。いずれもTwitter等による反応を見ている限りは、さすがにまだ『やり過ぎ』とたしなめる意見が多いことを見て胸をなで下ろしたい気分になったが、仮に福島原発の状況が悪化して死者が多数出るような騒ぎにでもなればどうだろう。結構危険水域に来ていると感じるのは私だけではないのではないか。

Ceron - 反核活動の女性「東京電力社員の子供を全員がボイコットしなさい」(ロケットニュース24) - livedoor ニュース

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そこに、短かくわかりやすい言葉で、力強い声で、カリスマ性のある煽動家が登場すれば最悪の悪夢の再現にもなりかねない。私は東電に典型的に見られるように、利害関係者が協力関係をつくって、正論を封殺してしまうような構造をつくりがちな従来の日本の組織のあり方はこの機会に是非見直すべきだと思うし、事故が起こればどんな薄い関係者であれ、このような形で責任を問われるようになることを教訓とすることは大事だと思うが、一方で理を尽くさずにリンチのようなことが横行するようになると、日本社会は本当に再起不能になりかねないと思う。(今からでもいいから、関係者は是非冷静になって欲しい。)



地域によりバラバラになった日本


今の日本は、戦争になぞらえて言うと、実際に津波被害を被った地域(戦後復興期)、福島原発内部(最前線で激闘中/戦地)、東京圏(戦争中/激戦地を見守る本土)、関西地域(隣の国の戦争を見守る他国)等、地域および立場によってかなりの違いがある。建前は別としても、本音ベースでは、それぞれの地域に住む人たちの気持ちに相当な開きがあるし、あって当然だ。一口にリーダーシッップのあり方と言っても、戦争前/戦中/戦後、それぞれフェーズでかなりの違いがあるはずだ。今この国を一本にまとめるためのリーダーシップを語り、実践するのは並大抵のことではない。



新しいリーダーシップの必要性


これは今の日本のリーダーシップは、旧来の日本のように、『同質性』を期待した『阿吽の呼吸』ではままならない、ということだ。誰にもわかりやすい『言葉』で明快に語ることが何より重要だ。海外にもメッセージをわかりやすく伝える必要性もある。また、先例のない未曾有の状態のため過去のマニュアルや先例にばかり頼ることはできない。人を惹き付ける将来像(ビジョン)を自ら構想する(考え抜く)ことも不可欠だ。また、立場と利害関係(既得権益)を調整するような過去の調整に汲々とするのではなく、公平な立場から未来をつくるために智慧を絞ることも必要だ。これが本当にクリアーできれば、『不信感/不安感→リーダーシップの崩壊/悪のカリスマ支配』というありがたくない方向から、『信頼感/希望→世界に通用するリーダーシップ』への方向転換が可能となるはずだ。



孫氏に見る可能性


先日、ソフトバンク孫正義氏が、再生可能エネルギー研究の促進と実現を目指した、『自然エネルギー財団』構想を発表したが、お話を聞いていると、日本にも新しいリーダーとリーダッシップのあり方の模範像が立ち現れつつあるのではないかと感じた。意見の内容自体はともかく(賛否はあると思うが)、孫氏は、まさに、わかりやすい言葉で明快に語り、自ら考えて構想し、既存の利害関係を超越した公平な姿勢で、将来のビジョン/夢について語っている。

ソフトバンクの孫社長、自然エネルギー財団を設立へ :日本経済新聞



リーダーを受入れる側の役割


孫氏にリーダーシップを学び、自らリーダーを目指す若者が沢山出てきて欲しいことは言うまでもないが、リーダーを受入れる側も、出る杭を打たず、利害や立場を超えて語り合い、意見に賛同できれば自らもコミットする、そういう、良質なリーダーが活躍できる場を提供するという意味で自分たちの周囲でも(あるいはSNS等を利用して)信頼関係で結ばれた議論を尽くせる場をつくり、支援していくことが大事だと思う。