『シェア』の提示するビジネスとライフスタイルの新地平

共有をテーマにしたイベント


12月1日に開催された「シェア <共有>からビジネスを生みだす新戦略」の出版記念イベントにご招待いただいたため、参加してきた。開催概要は、以下の通り。


「【お知らせ】ライフハッカー[日本版]がシェア<共有>をテーマにしたイベントを開催!」2010.11.22 @ライフハッカー[日本版]SHARE BIZ JAPANFeaturing 『シェア 〈共有〉からビジネスを生みだす新戦略』


●第一部
パネリストフリー討論
「シェア〈共有〉が啓示するビジネスの未来」

出演者:
 小林弘人(株式会社インフォバーン代表取締役CEO)
 遠山正道(株式会社スマイルズ代表取締役社長)
 林 雄司(ニフティ株式会社 デイリーポータルZ ウェブマスター)
   ※五十音順/敬称略

スペシャル・セッション by SOUR〜

●第二部
ライトニングトーク(プレゼン大会)
「日本初(発)! シェア〈共有〉がもたらす新ビジネス」

日時:2010 年12 月1 日(水) 18:30 OPEN 19:00 START
場所:青山学院アスタジオ[東京都渋谷区神宮前5-47-11]
主催:ライフハッカー[日本版]
協賛:NHK出版



イベント会場では


イベントのパネリストフリー討論もとても面白かったのだが、当日は残念ながら第一部しか出れなかったことと、当日頂いた本の内容が何より非常におもしろそうだったため、これを読了の上、本のコメントを合わせてご報告しようと考えていたら、アップがすっかり遅くなってしまった。だが、時間をかけて読むだけの価値ある本だった。というか、こういう機会をいただいて、じっくり読むことができて本当に良かったと思う。


私がうかうかしている間に、一緒に当イベントに参加した友人達が、当日の雰囲気をそのままパッケージ化して鮮度高く伝えるかのような素晴らしいレポートをアップしているので、まずご一読をお勧めする。


「シェア 〈共有〉からビジネスを生みだす新戦略」出版イベント参加 : チミンモラスイ?
【イベントレポート】何かしたい!と思わせる『SHARE』の魅力【本田】 | TechWave テックウェーブ



主催者の小林氏の『シェア』*1の概念の紹介でもそうだし、この日のゲストのスマイルズの遠山氏やニフティの林氏のお話は、場合によっては、昨今情報が氾濫してきている、ソーシャル・マーケティングやビジネスでの集合知利用における最前線での『体験談の披露』と聞こえてしまう気がしないでもない。もちろん、それはそれで面白いし、明らかに日本でも起きてきているビジネスのニュートレンドであることは確かで、目鼻の聞いたビジネスマンならキチンと聞いておくに如くはない。


私にとっては、特にニフティの林氏の、『共感を呼ぶセンス』を追求するエッジの効いたユーモアはとても印象に残った。(以前、紹介されて知ったサイトデイリーポータル Z:@niftyの中の人であることに後で気づいた。)センスを磨くことのビジネス価値が上がっていることを再認識させてもらっという意味でも大変参考になった。



マーケティングはもうだめ?


だが、同時に、 遠山氏と林氏が異口同音に口にした一言が、非常に本質的な変化を象徴しているように私には思えた。彼らは何と言ったのか。

マーケティングはだめですね。儲けようとして取り組んでもうまく行かない。


今、インターネットが浸透した社会では、企業と消費者の情報格差は消費に関する限り相当程度埋まってしまって、消費者は企業の発信する情報を額面通り受取るようなことはしない。ソーシャル・ネットワーク等を経由した口コミ情報の方を重視する。企業が情報格差や圧倒的な資金力にものを言わせて、自らの不利な情報を隠蔽し、メディアを通じて良いイメージを演出しつつユーザーに上から目線で取組むような活動をマーケティングと呼ぶのであれば、確かにそれはもう20世紀の遺物としか言いようがない。


だが、企業が商行為を行う限り、語義は変化しながらも何らかの『マーケティング活動』が完全に消失することはない。市場での実権は消費者が握ったというのであれば、それを前提に企業活動を変え、消費者に受け入れられるようになることを主導するのであれば、それも立派な『マーケティング活動』だろう。会場に集まった人たちの多くが知りたがっていたのも、そういう意味での『21世紀のマーケティングの形』だったはずだ。



選別に生き残るために


デフレから脱却できない日本では、『消費』について言えば、今後とも楽観できる要素がほとんどない。2010年からの5年間で、65歳以上の人口は約1100万人も増え、一方、生産年齢人口(15歳〜64歳)は約440万人も減る。90年代半ばくらいから構造的に民需、特に耐久消費財や住宅等の需要の足を引っぱり続けた構造が、さらに勢いを増して日本経済にのしかかる。ビジネスを仕掛ける側にあっては、藁をも掴みたい心境のはずだ。


そうなると、これから確実に起きることは、『選別』だ。マーケティングに起きている変化の兆しに気づかないようでは、この『選別』に生き残ることは難しい。少しでもそう感じているビジネスマンは、『シェア』の本の方もしっかりと読んでみた方がいい。今世界で起きている『シェア』に関わる事象が、単なる奇抜な流行に終わるようなヤワなトレンドではなく、一方、20世紀型の思想にとらわれたままで、見栄えだけ新しげに装ってみせるような施策しか打てないようでは、早晩仮面が剥がれて脱落してしまうであろうことを理解できるようになるはずだ。ただの事象の説明ではなく、それが起きる歴史的な必然性等と共に説明されており、時代を生き残る『強者』となるためのヒントとエッセンスを汲むことができると思う。



『シェア』の世界認識


『シェア』の著者の前提となる世界認識は、昨今誰もが意識せざるをえなくなった『二つの限界』に基づいている。いわゆる、『自然環境/資源の限界』、および『過剰消費的な20世紀型消費(本書ではハイパー資本主義という語彙が使われている)の限界』である。


前者の方は、古くはローマクラブの『成長の限界*2以降、第一次/第二次オイルショックという時代背景もあって盛んに議論された『やがてくる資源/環境の限界』という文脈の議論の流れをほぼ引き継いでいるようだ。違いがあるとすれば、もはやさほど説明する必要もないほどリアルになった『切迫度』だろう。


本書では、太平洋沖合に人知れず出来あがった、現代消費社会が生み出す負の象徴としての巨大モニュメント、『太平洋ゴミベルト』*3がまず引き合いに出される。テキサス州の2倍もあるというこの醜悪な浮遊物ほど、人々に『限界』を見せつけてくれるものもなかろう。


『1980年以来、人類は地球資源の3分の1を使い果たした。同書P27』とあるが、それは序章に過ぎない。中国、インド、ブラジル、ロシア等、20世紀型消費社会では脇役でしかなかった人口大国であるこれらの国々が、いよいよ本格的に先進国並みの豊かさを求めて消費社会に殺到しつつあるこれからが本番である。地球はいったいどうなってしまうのか。資源の節約、効率的な利用などと言った対処療法などすべて吹飛んでしまいかねない。しかも、現代の資本主義は、必要なモノを買わせるのではなく、満たされぬきりのない欲望を助長し、過剰に消費させ、急速に自己拡張する『ハイパー資本主義』である。これを象徴する次の事例には誰にでも思い当たる節はあるはずだ。

2009年にイギリスの一般的な家庭には二十五種類の家電製品があった ー 過去五年間だけでも六割の増加だ。なぜ私たちは本当に必要なものを見分けられなくなってしまったのだろう。同書P48


この社会構造やライフスタイル自体根本的に転換しないことには問題は解決しないことは明らかだ。



昔からあった『シェア』の議論


実は、1980年当時の議論でも、この『ライフスタイル』の転換が最終課題であるという認識はあったし、今回『シェア』で提示されているような『保有から利用』『資源節約型ライフスタイル』もかなり具体的にイメージされていた。(そもそも伝統的な社会のあり方でもあった。)だが、当時はこれを実現するためには、消費の楽しさや個人の自由を犠牲にする苦渋の選択というニュアンンスが多分にあった。極端に言えば、共産主義者の主張と揶揄されることも少なくなかった。時はまさに、新自由主義の旗手、ミルトン・フリードマンが華々しい注目を浴び、米国のレーガン元大統領、イギリスのサッチャー元首相が活動を開始しようとする時代である。このような倫理主義的に見える主張が主流になれるはずもなかった。



情報技術がすべてを可能にした


だが、ここに来てインターネット等の情報技術の発展と普及が、当時の物理的な制約を解消しつつある。かつては、自分が買ったもの(テレビ、冷蔵庫等)が不要になって誰かと交換しようとして手を挙げても、周囲の小さなコミュニティくらいの範囲にしかその声が届かなければ、満足の行く交換条件を提示する相手を苦労して見つけるより、倉庫にしまっておく方がよほどましということがほとんどだった。ところが、今ではインターネットを利用することによって、物理的な制約を超えた非常に幅広い案件を選ぶことができるようになってきている。しかも、ある時点からは(クリティカル・マスを超えるような時点からは)本書の言う、『コラボ消費』のほうが利便性が高くなり、しかもそういう消費自体が楽しい、ということが現実に起き始めている。罪悪感や自己犠牲からではなく、利便性や楽しさからシフトが起きるとすれば、環境制約による『サステイナビリティ』のニーズがこれほど強くなっている現代では特に、この『コラボ消費』が主流になる条件が整って来ているというべきだろう。



『コラボ消費』自体の楽しさと価値


加えて、この『コラボ消費』は、消費することの楽しさもさることながら、コラボレーションすること自体が楽しくなり、自尊心や自己表現の満足感、他者からの承認、相互扶助などコミュニティ的な価値を感じることができるようになるという。モノ以外のニーズ(スキル、時間、スペース)にもシェアが広がれば、他者との絆も一層強まる。


ハイパー資本主義は、個人の自由や自律、自己完結を標榜し、それが個人の自立と尊重であるとする思想に支えられてもいた。だが、興味深いことに、これが欧米でも(日本でも)コミュニティ崩壊を助長してしまったようだ。

まず第一に、消費者として自分を意識し、市民としての意識は二の次になっていた。お互いに助け合うより企業に頼るほうが身のためだと思うようになっていったのだ。集団やコミュニティの価値観よりも、消費者としての自立や「何をおいてもまず私」という心理が先だった。同書P67


最近の調査によると、アメリカ人の四分の三は隣人がだれだか知らないという。イギリスでは六割が隣人の名前を知らない。「モア」の消費文化は企業の拡大には役立ったが、人間同士を引き離してしまったようだ。同書P68


だが、『コラボ消費』のトレンドは、『ハイパー消費』の残した問題を乗越え、『革命』になる可能性すらあると著者は主張する。

あとになってこの時代を振り返れば、人間の基本的な欲求 ー 特に、昔の市場原理や協調行動が自然と満たしていた、コミュニティへの欲求、個人のアイデンティティへの欲求、承認の欲求、そして意味のある活動への欲求 ー を満たすようなサステイナブルなシステムを、一足飛びに再構築した時代だったと思うに違いない。まさにそれは「革命」と呼べるものだ。社会が重大な危機に直面した時に、永遠に満たされない所有欲や消費欲から抜け出して、みんなにとっていことを再発見する地殻変動を起こし始めたのだ。 同書P279

インターネット出現以前に、『環境制約によって余儀なくされるライフスタイルのあり方』というような解決の糸口のない問題に呻吟していた私自身、非常に感慨がある。遅ればせながら、あらためてこの問題に本格的に取組みたい誘惑にもかられる。



メガブランドの転身


ただ、20世紀型の大量生産/大量消費の時代を支えてきた、多くのビジネスマンや為政者にとってこの変化は堪え難いものになるのではないか。『保有から利用』とは大方の企業、特にメーカーにとっては『消費/生産の縮小』意外の何者でもないからだ。カーシェアリングが進めば新車販売は縮小するだろうし、『交換』が進めば電化製品やCD等の販売も縮小するだろう。そもそも『マス・マーケティング』という言葉そのものが死語になりかねない。だが、すでに時代の潮流を読んで自己変革をはかる企業もある。中でも、マス・マーケティングの代表格とも言える『ナイキ』の例など大変示唆的だ。


ナイキというメガブランドでさえ、製品広告を打つことからコラボ的なコミュニティを築くことに、ブランドの軸足を移しつつある。ナイキは伝統的なマス広告や有名人の起用にかける費用を、10年前に比べて55パーセント減らしている。そのかわり、アップルと組んで立ち上げたナイキプラスに代表される、マス媒体以外のソーシャルハブに投資している。世界中のランナー達が、このサイトにランニングのルートをアップし、実際に走ったルートを書き込み、サイト上でアドバイスや励ましを送りあい、目標にどのくらい近づいたかを記録し、ランニングノ時に聞く曲をダウンロードし、リアルの世界で実際に会おうと他のランナーと連絡を取り合う。ナイキプラスは、まさに多くの点で文化的な共有リソースであり、ランニング専門の知識のハブとなるような、ランナーのコミュニティだ。 同書P249


企業にとっても、個人にとっても自己変革が必要であることが、ひしひしと感じられる例ではないだろうか。



日本でもバイブルになる


本書は主として米国で起きつつある事例が主であり、果たして日本でも同様にあてはまるかどうか、というような議論もあるだろう。確かに今の日本では、米国の例をもとに新ビジネスを展開しようにも、網の目のように張り巡らされた規制の問題もあるし、インターネット利用が遅れている日本では、ビジネスが成立する規模を確保することの困難さは米国よりハードルが高い面もある。だが、先に述べた通り、急速に高齢化が進み、生産年齢人口が縮小する日本でこそ、高額商品の販売が難しくなることは明らかだ。日本では、グローバルな環境制約はもちろん、人口構造要因によって、20世紀型ハイパー消費は否応なく終了しつつある(してしまった)。であれば、開き直って、『昨日の経営/マーケティング』から『これからの経営/マーケティング』に転換するほうがどう考えても得策だ。日本でも成立するかどうかを悩むよりも、日本でできることを一早くやってみるほうが有意義だと思う。『シェア』はそういう覚悟を決めた人のバイブルの一冊になるのものと確信している。

*1:

シェア <共有>からビジネスを生みだす新戦略

シェア <共有>からビジネスを生みだす新戦略

*2:

成長の限界―ローマ・クラブ「人類の危機」レポート

成長の限界―ローマ・クラブ「人類の危機」レポート

*3:太平洋ゴミベルト - Wikipedia