孤高の天才小室直樹氏を偲ぶ


追悼特別番組


前々回、9月初めに逝去された、学者/評論家の小室直樹氏について、昔読んだ著作を再読してブログ記事にしてみたが、小室氏の弟子にあたる宮台真司氏がレギュラー出演する、ネット有料配信プログラムであるマル激トーク・オン・デマンドにて、同じく弟子の一人である東京工業大学教授の橋爪大三郎氏をゲストに呼んで、10月9日分のプログラムを追悼特別番組として配信されたので、再度小室氏について書いてみたい。この番組は事前の予想を上回って非常に格調の高い内容となっていて、大変感銘を受けた。そして、自分の生きてきた時代のいまだ解決し切れていない巨大な課題をあらためてはっきりと見せていただいた気がする。

VIDEO NEWS[追悼特別番組]巨人、逝く 小室直樹が残した足跡 »



ソ連崩壊とその後についての予測


小室直樹氏の業績については、私のような浅学の徒は残念ながら非常に小さな窓から覗き込む程度の事しかできないのだが、それでも鮮明に記憶に残っているのは、やはりソビエト連邦の崩壊とその後行く末についての精確な予測だ。


小室氏の『ソビエト帝国の崩壊』*1が出版された1980年は、まだ大学ではマルクス経済学の講義が活発に行われていた時代だ。ただ、国家としてのソ連は経済が破綻しているという情報はすでにその頃から入って来ていて、このままでは自壊するだろうから冒険主義的な軍事行動に走る恐れがある、というような言説が流布していた。だから、ソ連崩壊の予測自体は、当時は正直それほどのインパクトを感じていなかった。だが、本当に驚いたのはその後だ新生ロシアが資本主義として成功することはなく、マフィア経済のようなものが蔓延るということまで精確に見通しておられたのだ。しかもソ連崩壊の10年以上前に、である。ソ連がロシアに代わり、比較的情報流通が良くなって実態がわかればわかる程、小室氏の予測の凄さがわかってくることになる。


ゲストの橋爪氏の、『小室先生は、ノーベル政治学賞なるものがあれば4つや5つ取っていてもおかしくないくらいの学問的業績をおさめられた方だ』というコメントにリアリティを感じずにはいられない。



時代からはじき出された天才


放送でも話が出たが、もう一つ、一般に知られる小室直樹氏の印象は、ロッキード事件で世間から糾弾され続けた田中角栄元首相を擁護していた人ということになるだろう。当時の私は『バカ』の一人でしかなかったので、それがどのような意味を持っていたのか残念ながらまったく理解が追いつかなかったのだが、今回その真相を聞いて、穴があったら入りたいくらいの気持ちになった。だが、当時は日本も『ジャパン・アズ・ナンバー・ワン』とばかりに舞い上がり、ある意味で日本的ポピュリズムが頂点を迎えようとしている時代だ。経済的なパワーも膨張の一途にあって、海外各国からの注目も浴びていた。官僚組織も、企業も、企業団体(経団連等)も、労働組合も、自民党も、マスコミも自信満々で、しかも相互にがっちりと連携していて、異物の入り込むすきまとてなかった。さすがの天才も、というより、むしろ世間的な常識を飛び越えた孤高の天才だからこそ、時代からはじき出される構図になっていたというべきかもしれない。その後、私達のような一般人には小室氏の消息はほどんど途絶えてしまう。天才が同時代の人々に理解されないという歴史上何度も繰り返された場面に我々は立ち会っていたということになりそうだ。


だが、バブル崩壊から失われた20年を経て、当時全盛期にあったれぞれの組織は、今は見る影もなく衰退することになる。自民党はすでに政権になく、経団連も存在感はすっかり薄れた。官僚組織も今や『仕分け』の対象だし、長く『正義の味方』を自認していた検察の権威もがたがたになりつつある。本来これらの組織の対抗軸として機能することが期待されていたはずのマスコミも、記者クラブ制度を通じて政党や官僚と蜜月であったり、多額の広告宣伝費を出庫する企業には多大な『配慮』がなされたいた実態も次々と明らかになって来ている。2011年には新聞もTVも消滅する、というような死刑宣告まで受けてしまう有様だ。企業も、特に既存の大企業の多くは迷走状態にあると言わざるをえない。時代に圧殺された天才が再評価を受ける環境は整って来ているのではないか。



闇夜の一燈


もちろん、そうは言っても、既存組織の生き残りをかけた生存への欲動はそれなりに凄まじい。すでに長年かぶり続けた『合理』の仮面を脱ぎ捨てて、『非合理の本性』をあらわにしている組織も多いことは現場にいる人は皆感じているはずだ。『日本人の7割はサラリーマン』『サラリーマンは官僚である。』『官僚マインドに染まったサラリーマンは、仕事で官僚的に考えるだけでなく、日常生活でも官僚的に考える習慣がついてしまっている。』という主旨の橋爪氏のコメントに、私は胸をえぐられるような気がした。まさにその通りだと思うからだ。そして、そんな中で、何らかのきっかけで目覚めてしまった個人にとって、『非合理の本性』をあらわにして、既存組織防衛のみを盲目的に追求する官僚マインドにそまったサラリーマンに囲まれることは、時に塗炭の苦しみをなめることにもなるだろう。だが、これこそ産みの苦しみそのもので、これを乗り越えなければ次世代には生残れない。そういう『目覚めた人』にとっては、小室氏のような人の業績や生き方、思想などを研究してみることは、闇夜の一燈になるはずだ。(私などすっかりその気になっている。)


自由に、既存の組織にも、既存の学問の枠組みにも捕われずに、自分自身の感じたことをとことん研究して表明する。そして徹底して『個』に帰り自分の言葉を語ることではじめて『誰もが語るありきたりの言葉』ではなく、『誰にも語られたことのない新鮮な言葉』が発せられたり、『誰も考えたことのない新鮮な発想や商品』が出てくる可能性が開かれる。すっかり行き詰まってしまった日本の組織が生き返る可能性があるとすれば、そのような『個』をベースに組織自体を再構築するしかないと私は思う。マスコミを含む日本の一流企業にも、『優れた個』が沢山隠れている。その多くは今、辛酸をなめているに違いない。だが、耳を澄ませば、『地に潜む龍よ、いでよ』という巨大な存在からの声は必ず聞こえて来るはずだ。




学ぶべき姿勢/態度


もちろん、如何に天才小室氏の意見だろうが、賛同できなければそれはそれで構わない。弟子の橋爪氏自身、『小室先生の学問に対する真摯な態度は深く尊敬するが、具体的な意見についてはしばし正反対ということもある。』という。見事な子弟関係だと思う。ただ、小室氏の学問に向かう姿勢/態度は何としても学び参考にすべきだと思う。宮台氏によれば、小室氏は、敗戦で受けた原体験から、二度とこの屈辱/苦しみを自分も、自分の子孫も感じなくて言いようにする、という強い信念に基づき、日本が負けた相手(米国等)が標榜しその中で生きる、『近代経済』『民主主義』等の『近代の基本原則/思想』を徹底的に研究し、相手より深く知り尽くし、そのことによって日本の取るべき道をあやまらず、かつ近代の限界を知ることによってこれを乗り越えて行く、ということに取組まれていたという。そのためには、あらゆる学問を徹底して極め尽くす努力をされたとも言う。


これに比べると、『市場原理主義』も『グローバリズム』もろくに知りもしないで、ただ毛嫌いしてこれを忌避する人達の何と底の浅いことか! 確かに、これらが現代社会の宿痾であることを私も否定しない。だが、そう思うなら余計、徹底的にこれを知り尽くすことが絶対に必要なはずだろう。そうでなければ、これを世界支配の武器としようとした勢力に結局これからも翻弄され続けることになる。限界を超えることも出来はしない。



優れた『個』による再生


今、どの学問でも、専門性に閉じこもるあまり、現実説明能力を著しくなくしている。どの組織でも、『官僚化』して、それぞれの専門領域を固持しようとする。だが、そんな限界を超えて行く『個』を育てること以外に、どの組織も日本自体も復活を期することは難しいことをあらてめて何度でも強調しておきたい。専門知に閉じこもって、それをただの生活の糧とし、世間的な尊敬を得ようというような姑息な自分に気づいたら、少しの時間でもよいから、孤高の天才のあったことを思い出すことはきっと無駄にはならない。