ソーシャルブックの興味深い可能性/電子書籍普及の起爆剤になれるか


ソーシャルブック・スタートアップ・キャンプ


10月4日(月)、メディア・ジャーナリストの津田大介氏が主催する、『ソーシャルブック・スタートアップ・キャンプ』に参加してきた。(Twitterのハンドルネームである、『SeaSkyWind』で参加した。)参加概要は下記の通り。

日時:2010年10月4日 19時〜22時
場所:六本木アイディアキッチン (東京都港区赤坂 9-5-12 301)
対象:電子書籍に興味のある全ての人(読者、メディア、ライター、編集者、ほか)
定員:30人
目的:ソーシャルブックの今後の発展性、利用方法、この仕組みを利用した新たな
   ビジネスモデル構築等の模索
    ソーシャルブックスタートアップキャンプ : ATND
    津田大介さん「電子書籍はこうなる!」 読書会(10/4)の模様 - Togetterまとめ

ソーシャルブックとは


ソーシャルブックというのは、読書中にマーカーを引いて、メモを取ることができ、そのメモとマーカーをTwitterを通じて即時に共有できる電子書籍の新しいフォーマットである。そのフォーマットを利用して津田大介氏が書き下ろした、『電子書籍はこうなる! 津田式ソーシャルブック論』(115円)*1という電子書籍の読書会という形式で、実際にこのソーシャルブックの仕組みを使って津田氏の書籍に参加者がその場でコメントや質問を書き、津田氏自身がその質問に答える、というスタイルで行われた。『ソーシャルブック・スタートアップ・キャンプ』自体は、ソーシャルブックに最適化されたコンテンツ制作の方法、マネタイズの仕組み、PRの方法などを研究する目的で、2010年7月より開催されているという。



待望の電子書籍フォーマット?


実際に使ってみると、とにかく、文章のほとんどすべてにマーカーを引くことができて、しかもワンタッチですぐにTwitterに飛ぶことができるため、引用/コメントを非常にスムーズに行うことができる。私自身、普通の紙の本を読む場合にも、かなりヘビーにマーカーを引いたり、書込みを行うほうなので、これは大変便利だ。すでに幾つもの電子書籍がそれぞれのフォーマットで参入して来ているが、マーカーや書込みがし難いという理由で、電子書籍を最後まで読み通すことができない、ということも起きていた。iPadのソフトで、PDFにマーカーを引いたりコメントが書けるソフトも出来て来ているが、どうもまだ痒いところに手が届かない感じがあった。そういう意味では待望のフォーマット、というのが第一印象だった。



新たな創造の予感


このフォーマットは『いいコメント、いい質問をすべく読む』という姿勢を読者側に自然に促すし、今回のようなイベントに出ると半ば強制的にそれをやるから、ということも多分にあるが、明らかに普段の読書より本を深く読み込めている。(というより、普段とは違った種類の深い読み込み、というべきかもしれない。)そのテキストをきっかけにして出てくる思わぬ発見が普段より多い。しかも、疑問やコメントに対して、読者ばかりか著者まで反応があるとなると、理解力が深まるだけではなく、印象も強く、記憶にも残り易い。その先の、読者同士の(あるいは著者との)交流が大変色合いの濃いものになることは容易に予想できる。さらには、作者がそのやり取りを読んで、より議論の理解を深めた上で次の著作を書くことはもちろん、もしかすると読者の側からも触発されて何かを書き始める人が出てくるかもしれない。ここには確かに『マッシュアップによる新たな創造』が生まれる予感がある。



成功のための条件


ただ、おそらく、このフォーマットを最大限に生かすためには、多少条件のようなものがあるように思われる。ざっと思いついただけでも、次の要件は充足することが望ましい。

1.極端に長文ではないこと
2.分野が適当であること
3.著者が主旨を理解してコミットしていること


長文の大作は馴染まないだろうが、要約記事のようなものは馴染むかもしれない。ただし、如何に短くても、小説は難しそうだ。(即ネタバレになってしまう。)詩、短歌、俳句のようなものは大丈夫だろう。雑誌記事くらいの長さの文章は最適だと思われる。内容的には、一文一文に非常に含蓄のある、ピーター・ドラッカー氏のような文章が意外に馴染むのではないか。


何よりも、著者の理解とコミットは、この電子書籍の成否の鍵となりそうだ。津田氏はまさにそういう著者像の代表格なわけだが、他に津田氏クラスの大物が賛同してくれる可能性はあるだろうか。実は、意外に賛同者は多いのではないかと思わせる出来事にもしばし出くわす。



近い位置にいる内田樹


例えば、ブロガーとしても著名な、神戸女学院大学教授の内田樹氏の『街場のメディア論』*2のまえがきに、興味深いコメントがある。この本は、自らの大学の授業での、学生と院生のディスカッションをベースにテープ起こしして編集したものに内田氏が加筆して出来上がった、言わば『多人数参加型』著作なのだと言う。

この本の作りのやり方がボクはなかなか気に入ってます。たぶんそれは、複数の人たちが関与しているからだと思います。単一の「作者」がきちんとすみずみまでコントロールしているものよりも、いろいろな人の声や私念がまじりあっている本のほうが僕は好きです。なんとなく風通しがいいような気がして。それに、一冊の本の中に、書き手ひとりの声だけではなくて、他の人たちのための場を「とりのけ」ておくということは、ものを考える上でとてもたいせつなことじゃないかと僕は思っています。同掲書P4


これを読む限り、内田氏も今回のソーシャルブックの背景にあるコンセプトに共感する位置にいることが見て取れる。



CCライセンス


ただ、もう一つハードルがある。このスタイルで本の内容がどんどん引用されて流通することを著作者が忌避するようでは、そもそも成立しない。所謂、『著作権法によって定められた引用』の範囲は超えていると考えられるから、既存の本を著作者の断りなく、このフォーマットにして発売するとトラブルが発生する可能性がある。著作者自身が、ある範囲で、自分の書いた文章が再配布やリミックスされることを許諾している必要がある。津田氏が著書で述べている通り、これは、『クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(CCライセンス)』の概念が馴染むと言える。*3  現行の著作権法の元でも、著作者が認められた権利の一定範囲を放棄することで、ネット等での流通性を良くして、より多くの人に読んでもらうことが可能になる。情報を共有しようとした際に障害になる可能性のある、知的所有権法や著作権法等に基づく法的問題を回避することが、この運動の基本的な狙いであり、まさにこのソーシャルブックは、このクリエティブ・コモンズの理想を体現するフォーマットとさえ言えそうだ。



活性化のきっかけ?


この運動は、ウェブを通じた情報の共有や、マッシュアップによる付加価値アップ等、ワクワクするような未来の情報流通のあり方を感じさせてくれる運動ではあるのだが、残念なことにまだ期待ほど浸透していないのが現状だ。最大の理由は、著作者のコミットが必ずしも引出せていないことだ。今回のソーシャルブックは、著作者に一定の収入が入るビジネスモデルの模索という面もあり、その仕組みにある程度の目処がたてば、もっと著作者を惹き付けることができるかもしれない。そうなれば、CCライセンスのコンセプトの理解者/賛同者がもっと増えてくることも期待できる。これを機会にCCライセンス自体が活性化することになるかもしれない。そもそも著作者は、自分の書いたものを一人でも多くの人に読んで欲しいという気持ちは強い。先に例にあげた内田氏も、次のように述べている。

ご存じの通り、僕はネット上に載せたものについては「コピーフリー」を宣言しています。ネット上に僕が発表したものはどなたでもご自由に使って構わない。(中略)僕は自分の個人的意見を世に広めたくてネット上にあれこれ書き込んでいるわけですので、それを引用してくださる方には感謝の気持ちを抱きこそすれ、「真似するな」とか「勝手に引用するな」とかケチをつけるつもりはありません。  同掲書 P37


著作者が、コンセプトを理解し、コミットしていれば、後は、引用し易いような構成と文章形式で意図的に書くことで、一層弾みがついて行くことが予想される。これは編集者の腕の見せ所というべきかもしれない。



電子書籍普及の起爆剤になるか


アップルのiPadやアマゾンのKindle等の発売で、日本でも『電子書籍元年』となることが期待された本年(2010年)は、すでに様々な取組みがあり、中でも超大物小説家である、村上龍氏が音楽家の坂本龍一氏と組んで発売した電子書籍など、関係者の心胆を寒からしめた。それでも全体の帰趨はまだ判然としない。だが、ソーシャルブックのような試みを見ていると、あらためて、最早流れは止まらないことを確信させられるし、僅か140文字、というシンプルさが成功の理由になったTwitter同様、非常にシンプルな仕組みであるソーシャルブックのような取組みが、案外大きな突破口になるかもしれないとも思う。今後とも、津田氏の活動と併せて、このソーシャルブックには注目して行きたい。



意見/感想 雑記


以下、当日私が考えたことと、参加者の意見や感想で面白かったものを、順不当でご参考に列記しておく。



<目的/利用法/期待できること>


バイラル(口コミ)を活発にする → 本も長い期間売れ続ける。
・本を通じたコミュニケーションを活性化する → コミュニティー/読書会
・読者がどのようなことに興味を持つのか、どんな本が読みたいのか、
 どんな観点に読者の関心が集まるのか、より具体的に知ることができる。
 (マーケティング目的)
・本の内容について、作者も知らなかったような観点や視点が見つかるかもしれない。
・コンテクスト理解の多様化
・リアルの読書会も盛り上がる
・埋もれた本が発掘されるきっかけになる
・アーティスト・プロモーションに使える



<要望>

・感情の色合い、強さ等をRTと併せてスタンプできると集計した時に非常に興味深い
 データになると考えられる。コミュニケーションのきっかけとして
 機能する可能性もある。
・ネットとのハイパーリンクは是非欲しいところ。参照がより容易になって読み易い。
・コメントは必須だが、140字の制限があると、引用したらもうあまり文字数が
 残っていないことになる。→ 何らかの工夫が欲しいところ。
・個人のアーカイブにも保管できるようにして欲しい。共有は大事だが、
 収集癖を刺激する何らかの工夫があると、より活性化し、
 粘着力が増す可能性がある。