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経済より文化の話が重要な時代

とても面白かった『朝まで生テレビ


7月23日深夜に放映された『朝まで生テレビ〜若者不幸社会〜』を録画しておいて、今週初めから観ているのだが、事前の予想を超えて非常に面白かった。基本的に、このような討論番組によるバトルは嫌いではないから、全部というわけにはいかないまでも、比較的昔から観ているが、最近の中では一番面白かった。ただ、何が面白かったのか、まとめようとすると、中々微妙というか、表現しにくくて筆が進まない。



素晴らしいブログによるまとめ


そうこうしている間に、幾つかブログ記事もあがって来たので読んでいると、その中に、ものすごく素晴らしいエントリーがあって舌をまいた。私が感じていたことが、細部に至るまで見事に表現されている。私も過去、セミナーや講演会、あるいは討論会等を題材にして、ブログは書いて来たし、筆が早い方とは言えないから、他の人が沢山書いた後から、ボチボチ書き始めるようなことは少なくないが、それでも、人とは違ったことをそれなりに書いてきた自負はあるのだが、今回ばかりは脱帽もいいところだ。

いまさらながら、「朝まで生テレビ~若者不幸社会~」東浩紀 ”退席” に思う - 上野駅から夜汽車にのって


このブログを引用して、『これで私の言いたいことは終了』でもいいくらいなのだが、ここで感じたことは、ビジネスとしても、自分のライフワークをとしても今後もっとちゃんと形を与えて取組んでみたいと考えてもいるので、もう少し書き足しておこう。



出席者一覧


その前に、出演者の一覧をまず記載しておく。(敬称略)


<司会>
田原総一郎


<パネリスト>
東浩紀早稲田大学教授、批評家)
猪子寿之(チームラボ代表取締役社長)
河添誠(首都圏青年ユニオン書記長)
勝間和代(経済評論家)
清水康之NPO法人「自殺対策支援センター ライフリンク」代表)
城繁幸(Joe's Labo代表取締役、作家)
高橋亮平(NPO法人「Rights」副代表理事)
橋本浩(キョウデン会長、シンガーソングライター)
福嶋麻衣子(モエ・ジャパン代表取締役社長)
堀紘一ドリームインキュベータ会長)
増田悦佐(経済アナリスト)
水無田気流東工大世界文明センターフェロー、詩人)
山野車輪(漫画家) 



主役は東浩紀


今回の『朝生』の第一のトピックは、何と言っても、東浩紀氏の退場騒ぎだろう。もともとプロレスで言えばバトルロイヤルのような形式の討論番組で、言い負かされれば黙る≒退場、というスタイルなのだから、実のところさほど不自然さもない。だが、そのショープロレスのような面白さとは別に、退場から帰って来た後の東氏の発言は、今回の討論の『コア』となる貴重なものだったし、その発言を胸に抱えて他のパネラーの討論に苛立っていて、終いにはその気配を察した堀氏のような『大人』から挑発されて怒り爆発、という流れが、東氏的な考え方を持つ人が現代社会の中で感じている苛立ち、周囲からの扱われ方を象徴しているようで、大変興味深かった。


その東氏の発言は、中村有里氏のブログに非常にコンパクトにまとめられている。

「若者不幸社会」とか言うけれど、若者が怒ってるといって「若者vs高齢者」みたいな構図で話しても議論が堂々巡りで無駄。若者はそこまでバカじゃない。
だから、若者論とか世代間格差という話はやめにして、みんなで話をしよう。
日本は不幸不幸というけれど、先行世代が作ったインフラで、お金があまりなくても楽しく生きられるという面もある。それをポジティブに捉え直して、今後のことを考えよう。
また、クールジャパンとか、トヨタとか巨大企業に比べれば生み出すお金は少ないけど、文化的な価値とかシンボルは大切で、むしろそういうものを大切にする事で人は幸せになって行く。日本も文化的なものでヨーロッパみたいに自信を持つべきだ。

価値観の断列


これこそ、今の日本で一番必要な議論だと私も思う。だが、中村氏が続けて述べる通り、この議論は旧世代人の間で持ち出すのは今でも本当に難しい。価値観の断列の本質の一つはまさにここにある。

そしたら田原総一郎が言ったのが以下の言葉だ。
 
 「戦後の日本はね、金の話以外はできなかったんだよ。」

 「じゃあ、(文化の話も)するようにしましょうよ」と東は軽く言ったが、
実はこの辺に、今回の討論における世代(だけじゃないけど)間の断絶の原因や、戦後日本の抱える問題点もあるのではないかと思う。

経済一辺倒の戦後の日本


戦後の日本人は、大和魂の神秘的な神通力よりも、米国の物的生産力やそれを支える圧倒的な経済力にすりつぶされたという強烈な体験と、「欲しがりません、勝つまでは」と耐えに耐えた窮乏生活と比べて明らかに豊で快適そうなアメリカンライフへの強い憧れと、鬼畜米英だったはずの米国人が予想に反して非常に寛容であったことで一挙に来た安心感が渾然一体となって、面倒なこと(外交、軍事等)はすべて米国におまかせして、自分たちは経済力をつけさえすればすれば全てはうまくいくというような、イデオロギーというか信仰が定着した。そして、こぞって火の玉となって、『エコノミック・アニマル』の蔑称もものともせず、経済成長に邁進する。実際、奇跡の復興とも言える成功体験を得て、半ば皮肉を込めてジャパン・アズ・ナンバーワンと持ち上げられたことにも素直に無上の達成感を感じていた。



経済人=大人


日本人が得意満面の時代に私自身も居合せたわけだが、田原氏の言うように、子供ならともかく、いい大人が経済の話や金の話をしないのはみっともない、とでも言うような空気は濃厚に充満していた。私は大学時代に経済学を専攻していたが、その頃は経済学を物理学同様の科学に昇華すると皆が本気で語り、全てを数値で説明しようとする、計量経済学が時代の先端扱いされていた。『人間≒ホモエコノミクス=物欲の充足を利己的に追求する人間』が当然視され、もちろん人間にはそれ以外の要素はあるが、それは考慮に値しない瑣末的な要素で、文化など、私的な領域でこそこそやっていれば良く、公的な場に持ち込むことは『大人』として恥ずかしいこと、というようなことを先輩諸氏から諭されたりしたものだ。いつの間にか、会社等の公的な場では、会社の利益を最大化すること、個人の立場では、個人の経済的利益を最大にすべく汗水たらして働くこと、そういう人物像が、『真面目な社会人』『成熟した大人』とされて、村社会日本のことだから、当然周囲からはそうあるべく強烈な同調圧力があった。



経済人だけじゃないだろう


私は当時から、これがどうしても納得できずにいた。そもそも人間の定義で言えば、経済人以外にも、ホモ・サピエンス/思考する動物」「ホモ・ファーベル/道具を使用する人」「ホモ・ルーデンス/遊ぶ動物」「ホモ・デメンス/錯乱する人」ローレンツ「ホモ・レリギオス/宗教的動物」等々、いくらでも定義できてしまう、複雑で不可解な存在こそが人間の本質と考えていたので、他の要素を切り捨てて、経済人の部分をデフォルメして巨大化し過ぎたりすれば、きっと抑圧された他の部分が吹き上がるか、バランスを崩すか、場合によっては生きること自体がイヤになるということが起こるに違いないと思っていた。東氏が語ったようなことを、日本経済全盛期から周囲に盛んに主張しては、玉砕していた。昨今の日本の状況を見るにつけ、自分がかつて懸念した状況がまさに起きているのだと思う。それは別に自慢できるほどのことでもなく、当時から心ある人は少なからず同様の懸念を持っていた。だから、東氏の考えには基本的に大賛成だし、最初東氏が不機嫌だったように、私も長い間ずっと不機嫌だった。



自動車と文化


話の中にトヨタの例がひかれていたけれど、トヨタの商品企画担当の中にも、自分たちが日本の成熟した自動車文化を先導して、文化価値を訴求できるような商品を生み出して行かなければ、いくら時代の勢いでモータリーゼションが拡大して見えようが、いつか衰退の憂き目を見る、と真剣に懸念している人はいたことを私は知っている。だが、残念なことに社内の大勢は、『文化では飯が食えない』というような『地に足がついた大人』に支配されていて、それはついに覆ることがなかった。そして、今、トヨタの先見の明ある人達の意見の通りになって、日本の自動車産業は衰退の極みにある。




ホモ・ルーデンス


数ある人間の定義の中で、昔から私が好きだったのは、「ホモ・ルーデンス/遊ぶ動物」*1だ。これは歴史家のホイジンガが同名の著作で主張した概念だが、この著作を読むと、人間にとって何より大事なのは『真剣な遊戯』であることに深く納得が行く。利益や財貨というのは、そのために必要なものであって、その逆ではない、そう私はずっと考えて来た。遊戯が本質かどうかは別としても、社会学民俗学文化人類学等の成果を精読して行けば行く程、人間は周囲の視線、社会的な地位や権利等のために行動するものであって、個人的な利益はその為に必要なセカンダリーであり、逆に他の行為のただの結果であるというのが事実に近いと思えて来る。そもそも経済人の前提となる、利己心から来る欲望も、社会的、乃至文化的な要因に依存していて、時に驚く程変化する。現代のような価値多様化の社会では、戦後すぐのような衣食住にも事欠く時代と同じ欲望が存在するはずもなく、文化が衰退すれば、欲望のボルテージも下がり、需要換気もままならないのは当然だろう。



みんなで話を


もう語り尽くされたことだが、日本の高度成長期を支えた環境はドラスティックに変化してしまった。『経済成長遊戯』に熱狂できた時代も終わった。ここから何を支えにしていくのか、東氏の言う通り、若者も高齢者も、みんなで話をしていく必要があるのだと思う。


*1:

ホモ・ルーデンス (中公文庫)

ホモ・ルーデンス (中公文庫)