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「アップルvs.グーグル」から見えて来る日本企業の根本問題

異常なペースで変化する世界


最近は、世の中のスピードが早過ぎて、僅か2〜3年前でさえ振り返って総括することが非常に難しくなったように思う。自分自身がだんだん年齢を重ねて、心理的時間がますます早くなっていることも、もちろんあるとは思うが、それを差引いても、世は異常なペースで変化していると言わざるを得な い。恐らくそれは誰も異論のない所だろう。



かつては体感できた変化


質が変わらずに数量が変化したり、技術の進化であっても、カタログ・スペックの変化で表現できるような変化であれば、起きていることを十分時間と空間の中に位置づけて理解し、総括できるように思う。例えば、デジタルカメラの画素数競争が盛んだった頃など、実際に撮影した写真の画質がどんどん良くな ることと、画素数競争による数値が自分の理解の中で、時間と空間に位置づけられて、どのような進歩をしてきたのかを比較的整然と覚えておくことができた。 だから、過去を振り返っても、いつ何が起こったのかをわりと正確に覚えている。自動車なども、あまり車名も変わらず、4年間経てばモデルチェンジが淡々と 行われていた時代もあったわけだが、自分の人生の一シーンと、そのプロダクトとが結びつき易かった。


これは同時に、将来の予測についてもイメージし易かったことを意味する。画素数競争が続いていた時のデジタルカメラなら、次はどれくらいの画素数 になるのか、多少予想がはずれても、大方想定の範囲内だった。同じように、ある程度予想できる技術要素のいくつかが加わって新商品になる。さほど面白くもないが、わかり易くはある。



拠り所ははっきりしていた


消費者の側からもそうだが、会社で仕事として取組むにあたっても、自分の会社が大体どんな感じで推移していくのか、体感としてわかったものだ。これは右肩上がりかどうかということだけの問題ではなく、会社が競争力を失って調子が悪くなっても、これからどうなるか想像することができた。すなわち、 従来は経済社会の大半は、『既存の時空間』の中で動いていた。新しい物だって出て来るし、予想できなかったような事件ももちろん起こる。だが、その時空間の中の物理法則が変わるわけではない。物を投げれば落ちるし、時間が経てば物は変化する。少なくとも、何かしらの拠り所はしっかりとあったものだ。



体感も予測も不可能な最近の変化


だが、最近は、特に自分がIT業界にいて、進化が早い世界を日々見ているから、ということももちろんあるのだろうが、この『時空間』自体が、どんどん変質したり、何か違う物に置き換わってしまうというような感覚に苛まされるようになった。もちろん、時間の経過と共に予測できるものは、今もないわけ ではないし、少なくとも短期的には従来同様ある程度予測も可能だ。だが、そう思っている間に、いつの間にか、まったく違った宇宙に投げ込まれ、最早将来予測 など全く不可能、と途方にくれてしまうようなことも一度や二度ではない。



時空間自体を変えてしまう企業『アップルとグーグル』


このような驚くべき変化に、今、企業として最もかかわり、影響力をふるっているのは、『アップル』と『グーグル』ということになる。これをそのままタイトル とした、『アップルvs.グーグル』*1という本がジャーナリストの林信行氏と株式会社モディファイCEOの小川浩氏の共著で出版された。(2008年にも、同じ著者で、同名 の著書がある。) 今の時代の変化を最も先端で受けとめ、自ら世界を変えるべく日々活動している勢力の頂点にいるのがこの2社と言ってよいと思う。彼らが世界を変えているのか、変わるべき世界の潜在的なインスピレーションを最も敏感に感じて引出しているのが彼らなのか、という認識の問題はあるが、いずれにしても、彼らが動いた後は、時空間自体が変化し、人々の価値観も変わってしまう。2008年時点からの差異で言えば、アップルの躍進が特に凄まじく、アップルとグーグルは『共に世界を変える パートナー』から、『世界を二分するライバル同士』へとステージが上がったと言える。


IT 業界では、長くその頂点にいたマイクロソフトから、グーグルへ覇権が移りつつあると言うことが数年来言われるようになって来たが、そのグーグルをも凌ぐ勢いでのし上がってきたのがアップルだ。6月末の段階で見た株価時価総額でも、マイクロソフトもグーグルも抜き去って、堂々の世界第3位であ る。(1位と2位はエクソン・モービルとペトロチャイナ) そしてこれはマイクロソフトによって築かれた世界が終わり、新しい地平が切り開かれつつあるということでもある。



変化に不安を感じる日本人


この変化には、一消費者という立場からは、本当に日々ワクワクするような楽しさを感じるし、自分自身のインスピレーションを不断に活性化してくれる。だが、 時々冷静に周囲を見渡してみると、日本でそのように感じている人はほんの一握りで、まして、仕事を含めた社会生活全般、という点で見ると、素直に心から喜んでいる人は必ずしも多くはない。まあ、それはそうだろう。消費者としては、興味がなければ漫然と見送れば良いが、職業人としては、変化についていけないということがすなわち自分の経済価値が陳腐化して行くことになるのは明白だから、これを日々意識させられたのでは穏やかではいられない。だが、どうしてこんなことになってしまったのか。



量的な拡大しか目的がなくなった日本企業の貧困


『アップルvs.グーグル』の著者の林氏、小川氏両氏とも本書の終わりで異口同音に述べているが、両社の動向をつぶさに観察していると、今の日本企業に欠けているものが非常にはっきりと浮かび上がって来る気がする。今や日本企業全般、というより日本全般と言ってもよいと思うが、見渡す限り『何でも良いから儲かれば良い』『収益の最大化が何を置いても一番大事』『とにかく経済成長』というようなスローガンばかりだ。極端に言えば『量的な拡大』しか頭にないとさえ言える。株主価値の最大化だの収益第一主義だのは、欧米企業の影響と言いたくなる向きもあろうが、それも大方の日本企業マインドがもともと量的拡大以外に寄るべき価値観がなかったことと無関係ではない。もちろん、どの企業でも、『企業長期ビジョン』が重要というようなことをどこからか吹き込まれて、もっともらしく美辞麗句を並べる。だが、それはもういやになるくらい空虚なものばかりだ。言葉の貧困、ひいては思想の貧困がこれほど象徴的に露出している局面もないといっても過言ではない。



内発的動機の萎縮


『収益第一は企業であればあたりまえ』といったあたりで思考停止している経営者がほとんどだし、従業員のほうも『それで当然』ということに慣れてしまってそれ以上考えない。先の参議院選挙でも露になったが、『経済成長』という抽象的な概念ばかり語られ、数的な実績が上がれば、その中味は問わず、何の為に成長するか、というような問いは愚問、とでも言うような雰囲気になってしまう。それでは会社単位であれ、国単位であれ、人々の『内発的動機』(*)が萎縮してしまうことをほとんど誰も気づかない。外的な経済動機でしか動機づけられていなければ、人はある程度豊かになったらもう働かない。自動車も家電もいらない、そういう人が増えて来たら、いくら人参(外敵経済動機=金銭報酬)を鼻先にぶら下げても人は働かない。そうこうしているうちに、本来豊かに潜在していたはずの日本人の感性や創造力もすっかり萎縮してしまった。そんな簡単なこともわからなくなってしまっている。それが今の日本だ。それを非常に強いアンチテーゼでもって、知らしめてくれているのが、アップルでありグーグルであるのだと思う。



自らを振り返るよすがとして


今の日本が行き詰まっていることは誰でもわかることだが、どんな風に行き詰まってしまったか理解できなければ解決の糸口は見つからない。そのことを真剣に考えている人は、是非アップルとグーグルを他山の石として、自らの根本問題に思いを馳せて欲しいものだ。



*内発的動機(Wikipediaより)

内発的動機づけとは好奇心や関心によってもたらされる動機づけであり、賞罰に依存しない行動である。これは特に子供は知的好奇心が極めて高いために幼児期 によく見られる動機づけである。しかし知的好奇心だけでなく、自分で課題を設定してそれを達成しようとするような状況においては自分が中心となって自発的 に思考し、問題を解決するという自律性、また解決によってもたらされる有能感が得られ、動機づけとなり得る。一般的に内発的動機づけに基づいた行動、例え ば学習は極めて効率的な学習を行い、しかも継続的に行うことができる。これを育てるためには挑戦的、選択的な状況を想定して問題解決をさせることが内発的動機づけを発展させるものと考えられる。
動機づけ - Wikipedia

*1:

アップルvs.グーグル (ソフトバンク新書)

アップルvs.グーグル (ソフトバンク新書)