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日本人の特質に飲み込まれず意識的に選び取ることが大事

巴里の廃約


司馬遼太郎氏の『この国のかたち』を流し読みしていたら、非常に興味深いエピソードを見つけた。それは、『巴里の廃約』というらしい。私も、そこそこ歴史には詳しいとの自負があったが、この件は知らなかった。


幕末の日本が、列強に半ば押し付けられるように調印した、『日米和親条約』および『日米修好通商条約』は関税自主権治外法権のないいわゆる不平等条約だったことは有名で、明治新政府が幕府から引き継いだ後に、条約改正に向けて長い苦難の道が待っているわけだが、条約締結後の幕府にとっても、少々理由は違うが、条約締結を帳消しにしてしまいたいと考えるような状況が出来上がりつつあった。年々盛んになる攘夷論に押され、しかも京都の勅許を得ないで条約を結んだ幕府への厳しい批判は高まり、尊王論から倒幕論へと勢いが増して行く。(ちょうどNHK大河ドラマ龍馬伝』をご覧の方はそのリアリティを感じることができるはずだ。)


そこで、何と、『あれらの条約のことどもは、なかったことにしてもらえまいか』という意味のことを言いに行く使節団を巴里に送った、というのだ。周囲の反対を押し切って、この使節を送ったのは、その後第十五代将軍となる、当時将軍後見職にあった、一橋慶喜である。これを受けたナポレオン三世は、表向き歓待するように見せかけ、実際には手練の外務大臣に折衝させて、条約廃止どころか新たな条約まで結ばされてしまった。さすがの幕府も、後にフランスに抗議して、廃約にしたようだが、日本側の使節は責任に耐えかねて錯乱してしまったという。



基本感覚は今も同じ


日本企業にいて、契約に関わる仕事をしていると、このエピソードに笑えない人は結構多いのではないだろうか。日本人の多くは、『契約を取り敢えず結んで、問題があればまた双方合意して修正すればいい。』と考えているからだ。これは欧米の契約感覚からすれば、まさに正反対と言える。一度交わした契約はそう簡単に変えることはできないからこそ、締結までは非常に厳密で激しい交渉になる。契約交渉に関わった人も、場合によってはすぐにいなくなってしまうことが少なくないから、『紙に書かれたことが全て』になりがちだ。ところが日本だと、契約のような紙っきれより、『相互信頼と話合い』のほうがはるかに重要とされることが今でも少なくない。少なくとも、そのようなメンタリティーはけしてなくなってはいない。日本人は、中国を『人治主義』と揶揄するが、日本人とてまだまだ相当に『人治主義』だ。しかも、最近またこれがひどくなる傾向さえ見られる。



欧米流を学べば済んでいた


日本企業は主として、欧米流の契約について、それでも大変苦労しながら学び、本来苦手であろう契約概念についても頭では理解する人も確かに増えた。欧米以外にも、アジア各国等との交流は広げたが、幸い、どの国でも、グローバルな契約ルールを遵守しようとするマインドと技術を持ったエリートがいて、彼らと交流している限りは、それほど違和感なく『グローバルなルール』の範囲内で調整することができたものだ。一昔前にも、どの国に出かけても中国人は沢山ビジネスの現場にいたが、大抵は国際的なビジネスルールを熟知した華僑だったから、ほとんど違和感なく付き合うことができた。ビジネルに旨味を感じる限り、中国大陸(北京、上海等)の人達と会う場合でも、間に入って調整役を買って出てくれたものだ。



お金も技術もなくなったら・・


今では、中国経済の勢いは圧倒的で、比較的小さな日本企業でも、中国との関係を持たないわけには行かなくなって来ている。昔と違って、中国本土(メインランド・チャイナ)でも、非常に開明的で、ほとんど欧米人のマインドと変わらないかに見えるビジネスマンにも沢山お目にかかるようになった。だが、一皮むけば、根本的な『違い』を見つけることが今でも本当に多い。原則、昔と変わらないと思った方が無難だ。一方で、接点が広がった結果、外交感覚や国際感覚とはまるで無縁の、ただ年功序列の中で社内調整の巧みさだけで競り上がって来たタイプの日本のおじさんたちが中国ビジネスの最前線に登場する機会を沢山目にするようになったこれまでは日本企業は概して金持ちで、しかも、それなりに高い技術を持っていたから、中国人は自分たちから見れば、まるで子供のような外交感覚しか持たない日本のおじさんたちもそれなりに気遣って遇してくれたわけだが、中国が興隆し、日本が衰退しつつある現在、いよいよそうもいかなくなりつつある。おじさんたちもいきなりその厳しい現実に放り込まれることになるだろう。そして、恐らく、『巴里の廃約』と同様の愚行が繰り返されるに違いない。(すでに沢山目にしている気もする。)



脱亜論の思想


いわゆる『グローバリズム』は、日本ではいつの間にか『米国流』に合わせることと同義となり、その米国流の『ローカル性』と『独善性』に対しては世界中から強い非難が巻き起こった。そもそもグローバリズムがローカルでは語義矛盾というものだ。それは、本来、誰にもわかり易く、誰もが参加できる国際的な公的基準でなければいけない。かつて『脱亜論』を書いた福沢諭吉は、世界に通用する普遍的な基準とはなり得ない、牢固な『儒教体制』に執着する清国、韓国、徳川幕府をもって『アジア』と括り、これを脱せよと説いた。文明を法によって治められる状態として、法治主義が徹底する状態に理想を見ていたと言える。どうやら、今またよくその思想を研究してみる価値がありそうだ。



英語以上に必要な『外交感覚』


世界政府としての米国がその勢いをなくし、今またローカルとローカルのぶつかり合いがあちこちで起こりつつある。これでは、欧米流さえ身につければOKであった時代も牧歌的と呼べるような、混沌とした時代の到来が予感される。かなりの外交の深層、歴史理解がなければ、ビジネスの交渉とて乗り切れなくなるだろう。まして、日本企業の中だけで過ごし、従来のような鎖国的な常識しかないのに、海外ビジネスの場に出ることは、危険きわまりないことが実感できるようになると思う。そういう意味では、最近の旬なトピックとなった、社内公用語の英語化のような技術的な側面だけではなく、自分たちとは異なった文化背景を持つ人達との交渉や外交ができる感覚や能力こそ醸成していかないと、片手落ち、ということになる。



日本人の特質


かつて政治学者の丸山真男氏が説いたように、日本人の特質を個人ベースで乗り越えることにはしばし大変な困難が伴う。それは不可能に近い難事と言っても良いかもしれない。だが、それでも、幕末から明治期の日本人は必死にそれに取組み、一度は成功をおさめた。一方、日本人本来の性質に埋没して、深い無意識に沈み込んでしまったかに見える昭和期の日本人は、異論反論も多かろうが、やはり孤立感を深めて、自分自身を破滅させてしまうような思想からも逃れられなかったように見える。最近の大相撲のごたごたを見ていると、それを再認識する。外部の人や考え方を取り入れることを嫌い、実際に土俵に上がった人間からなる組織に閉じこもる。その組織内部では、常識となったことも、外部から見るととんでもなく歪んで見えることになる。



伝統を生かし選び取ること


日本の伝統を生かして行くことはどうしても必要だし、長期的に見ればそれ以外の選択肢はないと思うのだが、無意識の流れや空気にまかせるのではなく、その伝統に生きる要素のうち最もコンテンポラリーで、今に生かすことのできるものを意識して選び取って、常に変化する現実にも柔軟に対処できるようになることは、今、どうしても必要なことだと私は思える。