AppBankのセミナーは楽しくてためになった/iPhoneアプリ市場解読

エポックメイキングな年


2009年はゲーム市場にとってエポックメイキングな一年だった。iPhoneのアプリケーション(アプリ)は猛烈な勢いで数を増して、iPhoneを有力なゲームプラットフォームに押し上げたし、Facebookアプリに代表されるソーシャル・ゲーム・アプリは、日本でもmixiモバゲータウン等でも導入されて、トラフィックの大幅増加をもたらした。共にゲームアプリの新境地を切り開いたことは確かだ。



なかなか儲からない


しかしながら、同時に明らかになりつつあるのは、参入障壁が下がってアプリが大量に流通するようになった結果、それぞれの価格は劇的に下がり、ほとんどの開発会社は儲からなくなっている、ということだ。特に既存の日本のゲームメーカーのように大人数のチームでパッケージ製品を作り込むような体制では太刀打ちできないでいるようだ。この市場で勝ち残るための普遍的な『ウイニング・フォーミュラ』はまだ誰もに明らかなものではなく、各自が見つけ出すしかない。そういう意味でのサバイバルゲームになっている。


もっとも価格下落(デフレ)はゲームアプリだけの問題ではない。コンテンツ産業全体が同様の問題で呻吟している。あらためて俯瞰してみると、旧来の参入障壁(国境、流通システム、情報制限等)がインターネットによって取り払われた結果起きている当然の帰結であることを痛感する。コンテンツを消費する側の人間の時間は有限なのに、それを世界中のコンテンツ提供者が争うということになれば、過当競争は必至だし、『一強総取り』構造になるのも予想できたことだ。


その最激戦区とも言える、iPhoneアプリ市場で、非常にユニークでクレバーな参入を果たしつつあるGT-Agencyという会社がある。彼らが運営するiPhoneアプリ情報サイトである『AppBank』が好評でメディアとして黒字化を果たし、自らもゲームソフトを投入しようとしている。(本日現在リリースされている。)そのGT-Agency代表取締役の村井智建氏らの主催するセミナーが2月22日(月)に銀座のアップルストアーで開催された。それは実に興味深く、示唆に富む内容だった。



セミナー開催概要


タイトル: AppBankから見たiPhone市場とAppBankのこれから
日時: 2月22日(月)6:00 pm – 8:00 pm
場所: 銀座アップルストア
主催: IGDA 日本
講演: GT-Agency代表取締役村井智建氏等



資料/レポート


当日のレポートはすでに、非常に秀逸なものが(下記のとおり)いくつも出ているし、中には傑作と評価できる素晴らしい記事もあるので、是非一読されることをおすすめする。現段階で、iPhoneアプリ市場について最もわかり易く整理された情報源と言って良いと思う。

<AppBankプレゼン資料>
2月22日に行われたAppleStore銀座店AppBank講演資料その1 #igdaj | AppBank – iPhone, スマホのたのしみを見つけよう
2月22日に行われたAppleStore銀座店AppBank講演資料その2 #igdaj | AppBank – iPhone, スマホのたのしみを見つけよう
2月22日に行われたAppleStore銀座店AppBank講演資料その3 #igdaj | AppBank – iPhone, スマホのたのしみを見つけよう


<レポート>
ASCII.jp:AppBankが語る「売れるiPhoneアプリとは?」 (1/4)
Output_Log: 「AppBankから見たiPhone市場とAppBankのこれから」に行ってきた!
【AppBank】昨日のイベントの全つぶやき! なっがいなぁ、しかしw - kuranishiseiichidiary
IGDA日本、第7回iPhone/iPod touchゲームセミナーを開催 -GAME Watch


以下、私の感想を書き留めておきたい。


史上最多の来場者


当日は、20〜30代のゲーム開発者を中心に、大量の参加者が押しかけ、入場制限するほどだった。(銀座アップルストアーのセミナー史上過去最多の来場者だったらしい) それは、iPhoneアプリ市場が異常なまでに盛り上がっているということもあるが、「AppBank」自身のプレゼンスや影響力の大きさによるところ大であることは、プレゼンテーションを聞いて納得できた。運も良かったことは間違いなかろうが、ビジネス勘の良さもなかなかのものだ。草の根からのし上る優良事例となる可能性が充分にあると思う。(AppBankは2008年10月に、わずか2人で始めたそうだ。)



記事の多さと投入の早さ


情報ソースとしてのAppBankは、iPhoneアプリ愛好者の一人として、毎日熟読させていただいていたのだが、不覚にもこれほど興味深い「物語」が背後にあったとは気がつかなかった。確かに今のところiPhoneアプリの評価サイトとして、AppBankほど「日々のお供」になるサイトはない。そして、これほど実際にアプリの購入の導線となるサイトもない。ほとんど意識することもなくお世話になっていたため、自己分析とてしたこともなかったが、今回お話を聞いて一人のユーザーとしての自分の姿を認識すると共に、AppBankのどこにそのような『パワー』があるのかあたらめて考えさせられた。


AppBank の『パワー』の源泉の第一は、そのレビュー数の多さと投入の早さ(回転の良さ)だろう。2008年10月からスタートして、1年3ヶ月で4,600のレビューというから、一日に約11本の記事がリリースされた勘定になる。だが、もちろんそれでもiPhoneアプリの増加数にはとても追いついてはいない。なにせ、現在、総アプリ数は17万5000で、1日約700アプリずつ増えているという(ゲームアプリもすでに2万4000もある!)から半端ではない。iPhoneアプリの破壊的なほどの増加のスピード/テンポは、そこに参入するものを陶酔と興奮の渦に巻き込まずにはおかないエネルギーがある。その興奮を出来るだけ損なわずに、潜在ソフト購入者に伝えるためには、記事もスピーディーにハイテンポでリリースされる必要がある。それができている紹介サイトは現在のところ、AppBank以外には見当たらない。(AppBank の中の人はその意味をよくご存知のようだ。)


また、今のiPhoneアプリの最大の特徴は、どれも『安い』ことだ。ゲームにしてもパッケージソフトなら最低でも5,000円以上はするのに比べると、高くても1,000円程度、通常は115円とか230円だ。何か買ってつまらなければまた次を買えばよい、という感覚になりやすい。しかも、そうして新しいアプリを買ってためしていると、数多くのアプリを次々に使ってみる事自体の楽しさ、高揚感を発見することになる。これは従来のゲームのプラットフォームにはなかった特徴と言えそうだ。愛情を込めてアプリを開発する人にはたまったものではないが、確実にそのような魅力に取り付かれる人が増えて来ている。私も自分自身を振り返りつつそう思っていた。すなわち、いったん買ったアプリでも古いものには執着せず、どんどん新しいアプリを試していくというタイプの消費スタイルは増えているという。だから、AppBankの大量の記事がそういう新しい消費スタイルにフィットしている、ということになる。



記事のテースト


また、記事の書き方だが、プレゼンでも自虐的に提灯記事と紹介があったが、確かに、ほとんど批判的に書かれた記事にお目にかかることはない。逆に少し面白そうなアプリは、過剰なくらいに褒めちぎってある。『神!』『鬼神』『男のロマンといった具合だ。ゲームに厳しい2ちゃんねらー等の批判は多そうだが、このテーストがAppBankのサイトに訪れた人をうまくアプリ購入に結びつけて来たという。私自身、AppBankの評価記事が実現している楽しさの演出、楽しみ方のコツ等に乗せられることを楽しんで、アプリを何本も買った一人であり、iTune Storeの殺風景な画面ではけして買わなかったであろうアプリを何本も買う気にさせられた。特に、海外のゲームなど、一見面白そうに見えても、 iTune Sotreで見るとコメントが一つもなかったりする。これでは買いようがない。ところが、AppBankに紹介されると、何か新しい価値や面白さを発見できるかもしれないという期待感が盛り上がって、冒険の旅に出るようなワクワク感を感じることがあるから本当に不思議だ。海外の開発会社から紹介記事が出たらアプリが売れたという喜びの反響が多いということだが、わかる気がする。


しかもこの『提灯記事』戦略は、仮に著作権的に微妙な記事があっても、アプリ開発者からのクレームを抑制することに寄与しているだろうことも容易に想像ができる。『三流』『日刊ゲンダイ』を目指すというわりには、格調高いとまでは言わないまでも、一定レベル以下に下品というわけではない。しかも文章に無駄がなく、きびきびした調子で、好感が持てる。



本命は自ら投入する『ポケットべガス』


こうして、AppBankを経由して大量のアプリが売れて、アフィリエイト収益で黒字化を果たしているという。だが、メディアは彼らの目的ではなく、アプリ/サービス投入による成功がゴールであり、マーケッティングの手段がないから、自分たちでメディアであるAppBankを作ってしまったのだそうだ。メディアとして自己完結して収益モデルとなっただけではなく、AppBankを通じてiPhoneアプリ市場に関わる情報を開発者からも購入者からも入手することができる。大量の情報を分析した上で、最も成功確率の高い戦術を練って、自らのアプリを開発/投入するわけだ。初めから想定していたわけではないかもしれないが、これもまた実に理にかなった戦略だ。プレゼン当日はまだリリースされていなかったが、そのアプリもとうとうリリースされた。(ポケットべガス ポケットべガス: ソリティアや大富豪で気軽にオンライン対戦が楽しめる!無料 | AppBank – iPhone, スマホのたのしみを見つけよう )彼らの目的がアプリ/サービスの成功ということなら、今からこそ真価を問われることになる。



『ポケットべガス』が成功の秘訣


プレゼンでは、iPhoneアプリ市場で成功する秘訣/ヒントについていくつもの興味深いお話があったが、一番肝心な点は、まだ完結した中長期的な成功の秘訣は見つかっていない、ということだと思う。そういう意味では、秘訣と言っても、断片的なヒントでしかない。中長期的な成功の秘訣と彼らが考えていること(仮説)は、彼らのアプリ/サービス(ポケットべガス)から読み解くしかない。


いくつか列記してみると、ざっとこんな感じだろうか。

シンプルでわかりやすい(トランプ、花札等誰もが知っているゲーム)


楽しく過剰気味な演出(音楽、効果音)


アプリの課金とは違うところで儲ける(ネット対戦のコインに課金)


プラットフォームの支配者になる(カジノプラットフォーム)


初めから世界市場を狙って行く(日本の市場に閉じこもらない)


機械ではなく人間との対戦の面白さを訴求


アプリ制作は一流の才能にまかせる(ゲーム開発/宮川義之氏、
音楽プロデュース/佐野信義氏 )

もっとも、如何に合理的で正しい方法であったとしても、それだけで成功は保証されないのがアプリの厳しさだ。だが、これほどのクレバーさを持った彼らなら、試行錯誤の末であったとしても、いつか成功にたどり着くのではないかと思う。



『鎌倉』という場所


また、会社は『鎌倉』にあるという。以前、ユニークな経営思想で知られるアパレルのパタゴニア社が、日本に支店を出すにあたって、日本で米国の西海岸に一番近い雰囲気のある鎌倉を選んだということを、そのパタゴニア本社で聞いたことがある。鎌倉にはどこかシリコンバレーを思わせる雰囲気があるのかもしれない。非常にユニークなアイデアで知られるカヤック社も鎌倉にある。私自身、鎌倉在住のため、自然身贔屓になってしまう。是非成功して鎌倉を日本のITの聖地にして欲しいものだ。