まだ過去の夢の中にいる日本

マル激トーク・オン・デマンド


ビデオ・ジャーナリストの神保哲生氏が社会学者の宮台真司氏と共に提供する有料インターネット番組である、『マル激トーク・オン・デマンド』は、基本が視聴者からの視聴料で成り立っているため商業資本にあまり気を使う必要がなく、記者クラブ所属でもないから与党政治家との特殊な依存関係もないため、既存のマスコミでは取り扱いにくそうなネタと本音トーク満載で非常に面白い。神保氏や宮台氏の強い個性に好き嫌いもあろうが、インターネット時代のメディア実験として先頭を走るプログラムの一つだと思う。Web2.0以降、日本でも無視できなくなっている、『インターネット世論』の動向にも敏感で、変化の激しい時代の羅針盤の一つとしてもっと注目されていい存在だろう。



実力低下している日本経済


この番組で扱われるトピックは主として政治だが、時々取り扱われる経済トピックは、政治以上に興味深い内容が多い。テレビのように時間の制約もないから、出演者が自分の思うところを存分に述べて、時々、驚くような本音が引出されることもある。2月6日の番組は、慶応大学経済学部の教授である池尾和人氏を迎えて、久々に現状の日本経済の問題点や展望が主題となったが、今回も非常に面白かった。いや、面白いというより、あまりにリアルで慄然とさせられたというべきだろうか。今後の日本経済の見通しも、ちまたの根拠のない希望的観測を一切排して、「質素で退屈で憂鬱な」低成長時代が続くと断じる。不況には『一時的な景気悪化で本来の経済の実力より下ぶれしているケース』と『実力そのものが低下しているケース』があるが、今の日本は明らかに後者だという。


私自身、自動車業界や電気業界の内側から、一度はジャパン・アズ・ナンバーワンとまで言われた日本経済の全盛期を知る一人として、心境は複雑なものがあるが、同時に、日本経済の実力低下が現実に起きていることを痛烈に感じる者でもある。個々の技術力は、それ自体全盛期よりは劣化しているとは言え、今でも世界に誇れるものがあることは確かなのだが、携帯電話で言われる『ガラパゴス現象*1 は、そこら中で起きていて、個々に優れた技術をビジネスの成功に結びつけることが出来なくなって来ている



戦後の現実に対応できなかった日本経済


池尾氏が指摘するように、冷戦の終結後、ロシアや東欧の自由主義経済への参入、中国の改革開放政策の成功、インド等の新興国の台頭等により市場経済の規模は一気に拡大し、参入する人数も10億人から40億人に膨れ上がった。中国、韓国、台湾等近隣の諸国が産業化に成功して、特に中国が『世界の工場』にまで躍進すれば、日本の地位の相対的低下、競争の激化が起きるのは当然のことだ。従来のキャッチアップ型から先進国型(独自の技術開発やイノベーションにより競争する)への転換が進まなければ、米国の過剰消費や世界経済全体の好景気に引きずられて本来の実力より上ぶれしている間はともかく、祭りが終わるとともに深い不況の淵に落ちるのは、当然とも言える。


だが、今に至るも、少なからざる日本人は、現実を理解しているとは言い難い。それどころか、一種の『共同幻想』から今だに抜出せていないように思う。日本人のマインドからは共通の大きな物語りは去り、島宇宙化してバラバラになって来ているのは一面の事実だが、こと経済や国際問題に関する限り、共通の夢を見ていて、まだ覚めていないのではないかと感じる事は非常に多い。



米国の要求を受け入れることがグローバル化


冷戦終了後、米国一極集中が強まり、「グローバル化」が日本でも合言葉にはなった。今にして思えば、世界全体の構造が根本的に変化を始めていたにもかからわず、その現実にあわせた自己変革には着手してこなかったと言わざるを得ない。日本で言うグローバル化はほぼ米国化と同義だ。確かに、冷戦終了後の一時期、ITや金融を軸に米国の世界でのプレゼンスは大きかったし、米国流グローバリズムは世界に多大な影響を与えることになった。戦後、国際問題と言えば、米国との関係を通じてしか見る事がなくなっていた日本にとって、グローバル化は米国の要求(今や悪名の高い、米国の年次報告書に書かれた対日要求等)を受けて、制度や慣習に至るまで米国化すること、そういうエスカレーションを受け入れることであり、終いにはそれを受け入れるか受け入れないか、という二者択一の問題になってしまった。防衛問題に典型例を見るように、軍事や外交という枢要な国際問題を米国におまかせして、自分は経済発展にだけ集中するという構造(『甘えの構造』)である。


米国の一極集中が維持される限り、非常にいびつではあるが、一種の『安定構造』になっていたとも言える。だが、9.11以降、特に、イラク戦争以降、アメリカの一極構造は名実ともに瓦解する。ところが、アメリカを通じてしか世界を見ることをしない日本人は、最後の最後までアメリカ追随を甲斐甲斐しく勤めることになるが、最大の問題はこの期間、世界中が新しい秩序を模索し、自国をその中にどのようにおいて行くか苦闘していた重要な期間に、あいかわらず『国際問題=アメリカの言う事を聞くかどうか決める事』と決め込み、思考停止し、世界の新秩序にあわせた構造改革を官民ともに怠ってしまったことだ。



高品質高付加価値製品で乗り切ろうとしたが・・


すでに90年代には、戦後の日本の工業立国の構図を揺さぶる、ASEAN、中国等の台頭の影響は十分に見られたし、いよいよ日本もアイデア、独自の技術開発、イノベーションで勝負しないと生残れないとも言われるようになった。ところが、米国は日本に非常に美味しい市場を与えてくれ続けた。日本の高品質高付加価値(高コスト)製品を飲み込んでくれた。いつのまにか、日本のメーカーは、従来の日本のやり方で高付加価値製品をつくり続ければ、新しい国際経済の中でもやって行けると思い込んだ。(思い込みたかった。何故ならそれ以外に方法がわからなかったから。)


ところが、ひとたびリーマンショック後、アメリカの過剰消費が霧散してみると、高品質高機能ではあるが、過剰品質気味でコストも高い日本製品を売る市場がなくなっている事実に直面する。早い回復を見せる中国やますますプレゼンスを拡大するインドに市場に需要ががあると言われて出かけてみても、そこで求められているのは、『Well Enough』、すなわちそこそこ良くて、安い商品だ。日本が最も苦手とする領域である。おかげで電気製品の販売はすっかり韓国メーカーに主役が交代していて、日本の物作りの最後の牙城だったはずの自動車も、電気自動車の到来と共にその地位は危うくなりつつある。それどころか、品質では絶対だったはずのトヨタでさえ、『リコール問題』に巻き込まれて七転八倒している有様だ。



世界を知る力』


現在の世界の本質は、米国を通してしか世界を見ない日本にはまったく見えなくなっていて、従来手法がまったく通用しなくなっていることを腹の底から理解して、リアルな事実の認識を始めるところからしか日本の再生はあり得ないと私も思う。そういう覚悟を決めた人には、三井物産戦略研究所会長で、多摩大学の学長でもある寺島実郎氏の近著『世界を知る力』*2はお薦めできる。如何に自分の目が曇っていて、共同幻想、共同の夢の中にいるのか、思い知ることになると思う。



巨大な世界ネットワー


注目される中国やインド等も、個別の国家の進化だけ見ていてもわからない。シンガポール/香港/台湾等の中華系国家の強大な大中華圏ネットワークの中にあって発展する中国の姿、また、ロンドン(英国)/ドバイUAE)/バンガロール(インド)/シンガポールシドニーに連なる旧イギリス連邦の主要都市からなるユニオンジャックの矢など、あらためて指摘されてみると、アジアビジネスに若い頃から関わり、密かにアジアウオッチャーを自認する私でも、認識を新たにさせられる。シンガポール中華民族が主の国ではあるが、インド系やイスラム系も共存する複合国家でもある。大きなネットワークの結節点として大発展している。



不都合な真実』を受け入れることから始めよう


すでに2007年の時点で、シンガポールの一人当たりGDPは日本を抜いているのだが、そう指摘されて意外に感じる日本人はまだ相当に多いのではないだろうか。政治家、官僚、さらには民間の経済人を見ていても、私の周囲も典型的にそうなのだが、急速に生成しつつある国際秩序の本質に気づいていない人が多いと言わざるを得ない。今の日本では米国流グローバリズムへの嫌悪感が強すぎて、反米国/アンチグローバリズムの気運が強いが、現実のグローバリズムは、日本人がどのようなマインドでいようと、否応なく世界のすべてを今までとは違った形で巻き込んで来る。夢から覚めることはしばし辛いことだが、アルゴア大統領主演の映画『不都合な真実*3をもじって言えば、いかに日本人にとって不都合な真実であれ、受け入れ、直面するしかない。それは、すでに子孫に巨額な負債を負わせてしまった我々の世代の責務でもあるだろう。

*1:ガラパゴス化 - Wikipedia

*2:

世界を知る力 (PHP新書)

世界を知る力 (PHP新書)

*3:不都合な真実 - Wikipedia