『アースダイバー』/21世紀の旅のガイドブック


『とーりまかし』の記事


先日、第4回ジオメディアサミットで、(株)リクルート旅行カンパニー じゃらんリサーチセンターの加藤さんのプレゼンがすばらしかったと書いたのだが、その時に資料としていただいた、『とーりまかし』という雑誌が、なかなか面白い。しかも、最近私があらためて読み始めている、多摩大学教授の中沢新一氏のインタビュー記事があって、あらためて『じゃらん』の編集に関わる人のレベルの高さと着眼点の良さを感じた。先日のプレゼンターの加藤さんのような素晴らしい取組みは、けして1回かぎりの偶然の産物ではないようだ。



中沢新一氏の『アースダイバー』


この記事は、中沢氏の著書、『アースダイバー』*1をベースとしたものだが、これは知る人ぞ知る大変な名著で、一読すると東京という都市のヴェールがはがれて、驚くべき相貌に愕然とすることになる。同時に、自分自身の足で歩いて体全体で東京という街を感じてみたくなる。東京の地図を見ていても、もはや無機質な記号の集まりには見えない。まさに、人々を出来るだけ旅にいざなうことを目的とした雑誌に相応しい本であり、題材と言える。



縄文時代と現代の不思議な符合


縄文時代と言えば、*2 約16,500年から約3,000年前というから、想像を絶する古い時代だし、文字がなかった(解明されていない)ため、具体的な歴史上の事件や個人名などは何もわからない。ところが、東京という都市はその縄文時代の無意識の記憶がありありと残る世にも不思議な都市なのだという。地質学の研究成果のおかげで、当時の地形は詳しくわかっており、現在の東京がある場所は、当時かなり海水の浸食が進んで複雑なフィヨルド上の海岸地形だったことがわかる。その地図を元に、その頃の集落の後をたどり、現代の地図を重ねて行く。すると、確かにあまりの不思議な符合に驚いてしまう。


例えば、地図に現代の情報、縄文と弥生の遺跡、古墳や墓地、神社、寺などを書き込むと、それらが縄文地図ではたいてい半島や岬の突端のような場所にあることがわかる。縄文時代の人は岬のような地形に強い霊性を感じて、墓地や神を祭る神聖として聖地を設けて来た。すなわち、現代に残る神社やお寺のある場所は、きまって縄文地図における海に突き出た岬ないしは半島の突端部にある。しかも、そのような古代から神聖な場所とされた場所には、東京タワーのような電波棟、大学などが集中的に建てられている。また、歌舞伎町、円山町、赤坂等の繁華街、銀座や青山のような流行の中心も、どうしてそこでなければならなかったのかがわかる。


以下、ご参考として関連する部分を少しだけ引用しておく。

ここにも電波と霊性の間に存在しているにちがいない深いつながりを、予感させるものがある。東京タワーといい、赤坂といい、神宮の森といい、電波塔の立つところは、ほぼ例外なく縄文の聖地のある場所だ。放送局は記憶を情報にすりかえ、大地の霊力を広告を媒介にして資本に変換する装置なのであるから、これは当然おこりうることである。 同掲書 P111

人はいいかげんな場所に、電波塔を建てたりしないものだ。(中略)そこが洪積台地が海に触れている岬だったから、まずたましいを他界に送るための宗教的な装置が縄文人たちによってつくられ、しばらくするとこんどはその古い装置の上に神社や寺が建てられた。そして、不思議なことに、現代人はそのような場所ばかりを選んで、電波塔を建てたのである。 同掲書 P111

形を定めない水を前にしていると、不思議なことに人は女性を思うらしい。そして女性のほうでも、こういう地形に惹かれて、周辺に集まって来るようになる。上野不忍池もそうだったし、新宿十二社の池の場合もそうだった。池のまわりには運命定かでない女性たちが集まり、お客を拾う商売を始めた。都内でも有数な溜池を抱える地形をもつ赤坂は、こうして水とエロチシズムの結びつきの見本のような地帯として発展し始めた。 同掲書 P113

自分でも感じる事ができる


この本で指摘されていることを、ひとつひとつ自分自身の記憶をたどりながら読み進めて行くと、自分がもう少しでたどり着けそうだったのに言語化できなかったこと、何かありそうなのにどうしても今ひとつのところでわからなかったような疑問が次々と解決していく快感を感じる。中沢氏は、現代の東京は地形の変化の中に霊的な力を敏感に感知していた縄文人の思考からいまだに直接的な影響を受けていると言う。そういう縄文人の思考を、自分の無意識を通じて自分でたどれそうな気がしてくるから不思議だ。この本が出版されてから、すでに4年以上経過しているが、いまだに熱狂的なファンは多いようだ。そして、アマチュア『アースダイバー』も増えている。そういう人達の感想を丹念に追って行くと、私が感じていることとほぼ同じことを感じ取っているようだ。(これもまた無意識を通じた交流なのかもしれない。)



近代科学の功罪


しかし、その一方で、『科学的根拠がない』と断言する人も少なからずいる。確かに、この手の議論に『近代科学的手法』がいかにも馴染まないことは認めざるを得ない。ただ、一方で、『近代科学的厳密性』の元に合理的ではあってもそのような狭量な思考や態度では、掬いとることの出来ない真実があることはもはや誰の目にも明白だ。近代科学は、しばしその原点とも言える物理学の手法をまねた方式による説明を求める。そして、それが曖昧であれば、『非科学的』と処断する。だが、人間の心の問題、特にフロイト以降の無意識を対象とした場合、物理学的手法では太刀打ちできないことはわかってきている。しかしながら、それは、そこに真実がないということではない。近代科学的解明手法に馴染まない『真実』が存在するというだけのことだ。しかも、その『近代科学』こそ、現代の日本人の心に癒しようのない傷を与えてしまった元凶の一つではないか、と中沢氏は示唆する。

自然といわず生命といわず、あらゆるところに自分の原理を浸透させていこうという押しつけがましさが、キリスト教と資本主義と科学主義という、西洋の生んだグローバリズムの三つの武器には共通している。このうちの資本主義と科学主義とを受け入れて来た日本人は、それによって随分得をした反面、心の内部の深いところにまでその原理の侵入を許してしまった結果、いまやおおいに苦しめられている。ぼくたちの心情の中に、グローバリズムへの反感が根強くわだかまっているのはそのためである。ぼくたちの心の奥には、経済的合理主義に合うように造りかえられるのを拒否しようとする頑固な部分が、ま生き残っている。 同掲書 P237


ゆっくり死のうとしている? 日本


現代の世界の支配者=押し付けがましい西洋育ちの資本主義経済は、自分に従わないものを圧殺して広がって来た。抑圧された無意識は、まず9.11 のテロという形で暴発した。日本は、アメリカの同盟国、先進国の一つとして、テロと闘う側に立つことになり、日本人の無意識はさらに抑圧され続けて来た。今の日本は、暴発はしない代わりに、生きるエネルギーをなくし、少子化を通じて民族としてゆっくり死ぬことを選んでいるのではないかとさえ私には感じられる。だが、最近やっと政権交代と形で、せめてもの抵抗が形となって現れた。



今のほうがリアル


昨年のリーマンショック以来、グローバリズムのお膝元のアメリカでも、民主党への政権交代がおこり、オバマ大統領という、アメリカの歴史上初めてづくしのキメラ(もとは架空の動物。そこから、生物学的に接木や胚移植による雑種を指すことになった)が新しいリーダーに選ばれた。とうとう世界全体の押さえつけられた無意識が、大きくバランス回復へと動き出したように見える。『アースダイバー』が出版された4年前にはまだ想像すらできなかった大きな変化が現実のものとなりつつあるわけだが、本書で主張されたような世界のあり方、日本の可能性や役割は、4年前よりはるかにリアリティが出て来ているというべきだろう。

二十一世紀の天皇制は、単一文化と経済主義と特徴とするグローバリズムにたいする強力な解毒剤としての存在を、世界にむかってアピールしなければならない。同掲書 P238

解毒剤としての日本


天皇制だけの問題ではない。日本全体が解毒剤としての存在になることが求められる時代が来ている。縄文の思考は、現代人の感覚で言えば、宗教思想そのものに感じられるかもしれない。『死』から目を背け、経済合理性が唯一の目的になったかのような現代人から見れば、およそ受け入れられない思想かもしれない。だが中沢氏が言うように、生命は死に触れているからこそ豊なのであり、タナトス(攻撃や自己破壊に傾向する死の欲動)の過度の管理は閉塞感しかもたらさない。


縄文の心を失わない日本人


その点、現代人はその閉塞感に苛まされながらも、縄文の思考を失っていないことを感じさせるデータもある。2008年5月に読売新聞が行った調査によれば、日本人は何らかの宗教を信じている人は26%にとどまるものの、先祖を敬う気持ちを持っている人は94%に達し、『自然の中に人間の力を超えた何かを感じる事がある』という人も56%と多数を占めるという。特定の宗派からは距離を置くものの、人知を超えた何ものか(『死』もそうだ)に対する敬虔さを大切にする気持ちは失っていないということだ。
痛いニュース(ノ∀`) : “日本人” 宗教「信じない」7割、「魂は生まれ変わる」3割、「先祖を敬う気持ち持つ」9割…読売調査 - ライブドアブログ



新しい旅


じゃらん、旅、から話が始まって、非常に壮大なところまで来てしまったが、私が今回言いたかったのは、日本の文化の持つ無意識を掘り起こし、取り戻すことは、『新しい旅』を発見し、『新しい消費者』を発見し、荒廃した日本人の心と社会を取り戻し、世界にも貢献することにつながるということだ。 そんなチャンスが巡って来ている。その意義深い旅のガイドブックに、『アースダイバー』はふさわしい。今の日本には夢も展望も明るい見通しもないというのが、大方の意見の一致するところだが、このように考えてくると、悲観することはないように思えてくる。あなたの心得次第で、チャレンジングな楽しい旅が待っていると思えるのだが、どうだろうか。

*1:

アースダイバー

アースダイバー

*2:縄文時代 - Wikipedia