コンテンツ学会の『台頭するライフログビジネス』に参加した

8月17日(月)より始まっている、「コンテンツ学会」*1 が主催する「コンテンツ学会サマースペシャル企画10日連続研究会シリーズ」のうち、5日目にあたる、8月21日(金)に開催されたプログラムに出席したので、概要および感想を書いておきたい。



開催概要


日時:  8月21日(金)

時間:  18:30〜20:30

場所:  デジタルハリウッド大学秋葉原メインキャンパス

      (秋葉原ダイビル7階)

テーマ: 「台頭するライフログビジネス

講師:  藤元健太郎氏(D4DR代表取締役社長)



ライフログの現在/事例


データ記憶媒体の能力向上/コストの低下、携帯デバイスの進化等に伴い、従来、可能性としてのみ語られていたライフログ関連サービスが、次々に具体的な展開ステージに入って来ている。今回の講演でもいくつかの具体例があがっていたが、予想以上に様々な利用(およびその実験)が広がっていることを再認識させられる。順不同だが、例示されたサービス/実験につき、印象に残ったものを幾つかピックアップしておく。(リンクは私自身が付与したもので、当日の講演とは直接関係はない。)


Life-X(ソニー
“ライフログ・シェアリングサービス”「Life-X(ライフ・エックス)」開始 | プレスリリース | ソニー
http://life-x.jp/


Tokyo おサイフMap
http://osaifu-map.com/
http://www.kanshin.com/keyword/1029375



iコンシェルNTTドコモ

http://imode-press.jp/imode/top/new_service/concierge/index.html
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iコンシェルレビュー!


次ドコ(NTTドコモ
http://202.214.192.60/info/news_release/page/071120_00.html
http://news.rurubu.com/archives/2008/01/post_171.html



moyoli(ドコモ+関心空間

http://www.tarosite.net/2009/02/ugc---moyoli.html


ライフタペストリ(日立)
http://www.hitachi.co.jp/products/it/uvalue/world/world14/index.html



おてつだいネットワークス(ロケーションバリュー)
http://otet.jp/pc/workers/index.html


位置連動ゲーム コロブラ
株式会社コロプラ【位置ゲーで毎日の移動を楽しく】



ワイヤ&ワイヤレス(サイジニア)
http://www.wi2.co.jp/press/2009/06/wi2-lan.html


レーザーレンジファインダー
http://thinkit.jp/article/967/1/



データ収集方法/ニーズの拡大


ライフログの定義を 『人間の行い(life)をデジタルデータとして記録(log)に残すこと』 とするなら、人間の行い(life)と言っても非常に広範囲に及ぶし、念頭においているビジネス・スキームも異なるとなれば、相当なバリエーションがあることは当然だ。 Web2.0現象として総称されるように、昨今では、PCであれ、携帯を通じてであれ、デジタル・デバイスを通じて大変多くの人が様々な発信をするようになった。ネット系のサービスに習熟していない人でさえ、eメールを使わない人は少ないはずだし、写真もデジタルカメラが普及して、デジタルでの保管があたりまえになっている。少し慣れた人なら、日記、ブログ記事、つぶやき等、様々な行い(life)が大量に記憶されている。 


また、GPSのついた携帯デバイスが増えて、自分の位置や地図上の行動履歴も簡単に保管できるようになってきた。RFID *1 に頼らなくても、パスモ*2等による位置把握も可能だ。また、写真、つぶやき等を位置情報に紐付けて、より立体的なライフログを構築することもできる。さらには、日立のライフタペストリのように、人の活動に伴う動きや脈拍、体温の変化を24時間365日連続して収集・解析することも出来るようになって来ている。(医療関連分野は特に有望とする向きもある。)さらには、レーザーレンジファインダーのようなデバイスがあれば、ある場所を通る人が、一人なのか、二人で一緒に歩いているのか、どのような歩き方をしているのか等の情報を収集する事もできる。まだまだ工夫次第ではいくらでも新しいバリエーションが見つかりそうだ。


情報の多様な収集と蓄積の進行に比べると、実際のビジネス展開自体はまだこれからという印象だが、それでも、NTTドコモiコンシェルのように、実際のサービスに導入されて高評価を得ているような事例も出て来ている。ただ、巨大なポテンシャルが本格的に顕在化するのは確かにまだこれからだろう。現段階では、実験的な展開が主流というのが、正味の評価だ。



何故今ライフログなのか?


では、何故今ライフログが大変注目されているのか?


この問いに対する藤元氏の回答は次のようなものだ。

・デジタル化/ユビキタス化の進展
  ーあらゆる行動がデジタル情報になる
・コミュニケーションの高度化
  ー行動情報がコミュニケーソンのドライバーになる
・広告/販促モデルの進化
  ーマーケティングROIの進展とともにアテンションモデルから行動情報とのマッチングモデルへ
・リアル空間のIT化による高付加価値化
  ーリアルな生活空間を高度化するために生活者の行動情報から最適な環境を構築するモデルへ


非常に興味深いことが述べてあるのだが、ライフログに限らず、ネット系のサービスの最新状況やマーケティングにさほど精通していない人には、やや難しいかもしれない。 あまり難易度も下がらず、助けにならない危惧はあるが、私の理解を以下まとめてみたので、参考にしてみて欲しい。



私なりの解釈をすると・・


『あらゆる行動がデジタル情報になる』環境がコスト的にも現実的になって来たことにより、ユーザーの行動をより包括的に把握し、分析できる環境が整って来ている。しかも、単なる平板な統計情報ではなく、時間と空間に位置づけられ、場合によっては表情、感情から、息づかいに至るまで、非常にダイナミックな情報を多角的に取得/蓄積できる。これは、ユーザーの行動の背景にある、メタレベルでの行動原理を新たに発見できるチャンスが大きく広がっていることを意味する


この情報収集/蓄積/分析の過程から最大効果を引出すためには、断片的なデータを通算することにより、できるだけ一貫性のある包括的なデータとする必要があり、そうなればなるほどより大きな価値が生まれる。だから、藤元氏の講演でも、これを『共同マーケティングというタームで、断片データを持つ企業が集合し、協力していくプランが提示されている。(例 TUTATYAのTポイント等。*3 ) 自社のロイヤルユーザー・ケアーは非常に重要であることは言うまでもないが、これだけでは今後の収益拡大はもはや望めない。新たなチャレンジをすべき時が来ている。そういう点では狭義のCRMの限界を押し広げる契機ともなりうる。


また、デモグラフィック・アプローチの終焉』と題して、従来マーケティングの基本として重用され、ユーザーセグメントを括るための重要な鍵とされたユーザーのデモグラフィック・データ(年齢、性別、年収等のデータ)が有効に機能しなくなっている実態を前提に、新たな拠り所として、『行動』の有効性に注目する。確かに、社会の中の大きな物語が終わり、家族が一緒にテレビを観て、皆同じネタを語り合うようなコミュニケーションがなくなり、地域でも従来型のコミュニティーが成り立たなくなってきている今、デモグラフィック・データでユーザーを括っても、同じ消費行動特性を持つセグメントになるとは限らない。むしろ、SNS等で出来上がって行くコミュニティーによる括りのほうが、消費行動においても、意味のあるまとまりとなっているケースが見られる。(これは私のブログでも何度か取り上げて来たテーマでもある。)


藤元氏はデモグラフィックより、実際の行動とペルソナ(趣味、価値観、ライフスタイル等)によって再定義されるべき、と説く。だから、行動情報を持ち、有効な分析をする能力があり、最適な場所、時間にユーザーにアプローチすることのできる主体が、次世代のマーケティングの勝利者となることを示唆する。講演では、日本で初めてライフログを徹底活用する会社として、イオングループNTTドコモが共同出資で09年5月に設立した『イオンマーケティング *4』が紹介されていたが、注目しておく必要があるだろう。(それにしても、ライフログの領域におけるNTTドコモの積極姿勢はどうだろう。)


さらには、リアルを含むデジタル情報をサービスの付加価値として利用することにより、ユーザーの行動の変化を促すことができることに注目する。成功例として、マクドナルドと任天堂DSのコラボレーションである、『マックでDS』が紹介されているが、「ユーザーの行動変化を起こすこと」で消費拡大/マネタイズのチャンスが広がることは大事な留意点だろう。。『マックでDS』の場合は、さらに店頭でユーザー情報を収集することになるから、理想的な例と言えそうだ。*5 *6



ライフログの非常に高いハードル


ただ、一方で、ライフログ・アプローチの最大の問題は、『ユーザーの反発』だろう。最初のハードルは、個人情報保護法、プライバシー等の法律問題として現れるが、実際には、それ以上に、自分の行動履歴を把握され、しかもその情報が通算されて、自分の全体像を誰かが知って自分を操ろうとすることの気持ち悪さ、というようなユーザーの反応/感情こそ、今後最も高いハードルになると考えられる。藤元氏のお話の中でも、この問題が非常にシリアスであることが繰り返し指摘されていた。故に、ライブカメラを設置するにせよ、剥き出しのカメラを置いておくのではなく、ロボット、それも女性の不快感のハードルを下げるために、クマのような愛嬌あるキャラクターを被せる工夫であるとか、ユーザーの情報が如何に有益に利用されて、ユーザーメリットとして還元されているかを開示して理解を求めて行くこと等の提案(実例)があったが、一見さりげない配慮や工夫が死活的に重要になりそうだ。


また、この問題の根本的な解決手段の一つとして、ユーザーID管理の新しいありかたに関わる提案もあった。(IDマネジメント) 消費行動から見たユーザーは本来多重人格で動的な存在だ。日頃真面目なサラリーマンも、時には夜の街で驚くような消費行動に走ることはけして珍しくない。個々人にとっては、こういう消費行動情報が通算されてしまうことに嫌悪感を持つのは当然だと思うが、マーケティングの観点ではそれを一つの人格として括ることは必ずしも必要ではない。人格の中の個々のペルソナを扱うことができれば大抵は十分だと言える。人格全体から、多重な人格を切り離して取り扱うことができれば、ユーザーの嫌悪感にふれずに情報の有効利用ができる可能性が広がる。確かに、面白い観点だし、ある意味時代の必然と言えるかもしれない。



マーケター受難の時代


今『マーケター』と言われる人種は、優秀な人ほど非常に大きな危機感を感じている人が多い。IT技術やインターネットの浸透で、マーケティングに関わるあらゆる領域やセオリーが飛躍的な変化を遂げているのだから当然だ。だがそれ以上に、『人間の行動に関わる大量のデータを利用してまで、人にものを買わせること』に対する根本的な反発と向き合わざるを得なくなってきていることは、簡単に片付けられない問題だと思うマーケティングの社会的な意義、必要性を探求し、きちんと語れることが重要になってきているとも言える。このテーマは今後またあらためて取り上げてみたい。