日本企業が輝きを取り戻すためには

日本の大手電気の悲惨な決算


先週は、日本の輸出産業を支えてきた、電気大手の2008年度の決算が続々と発表された。大方の予想通り、かなり悲惨な状況だ。


NEC     ▲2,966億円  
日立     ▲7,873億円  
ソニー    ▲ 989億円 
パナソニック ▲3,789億円 
  (当期純利益ベース/最終赤字)


もちろん、同じ赤字でも、中には短期的と考えられる環境変化の影響であったり、将来につながる構造改革に伴う出費部分も少なからずあるだろう。だが、多くは、過去何年かに遡れる構造的な問題が、今回の不況によって実態をあらわにし、各社とも問題の所在をより鮮明に突きつけられているのが実情だろう。



野口悠紀雄氏の分析


日本企業の構造問題については私も何度か当ブログで取り上げて来たし、従前からの関心領域なのだが、ちょうど『熟年の文化徒然雑記帳』というブログで、コンサルタントの中村晴一氏という方が同様の関心と問題意識を持っておられることを知り、いくつかのエントリーを拝見していたところ興味深いエントリーを見つけた。これは、早稲田大学大学院教授の野口悠紀雄*1の分析を取り上げて紹介している内容なのだが、あらためて今日本企業の今後のあり方を考えるにあたり、貴重な参考点の一つになるのではないかと感じる。エントリーの日付は、08年11月6日とあるので、昨年秋のリーマンショック直後ということになる。相当に大変な状況になると予想されてはいたが、まだこれほどの惨状になるとは、必ずしも世間的な合意が定まらない微妙な時期だ。


90 年代以降から、グローバル社会は大きく変革を遂げ、パラダイムシフトした。冷戦の終結によって、市場経済が倍以上に拡大し、安い労働力が参入して、工業製品の価格がどんどん下落し、また、IT革命によって、グローバル・ベースで、通信コストや情報処理コストがゼロにまで下落し、これらが相俟って、脱工業化社会となり、ものづくりを中心とした国家経済は、没落して行き、逆に、IT技術を駆使して、産業構造を、金融やITソフトなど知識情報産業化にシフトした国へ、経済発展と成長のトレンドが移ってしまったと言うのである。実際、日本のみならず、ドイツやイタリアやフランスなどの工業大国の凋落と対照的に、北欧などヨーロッパの小国の成長には目を見張るものがある。
野口教授は、時価総額で、企業を3つのグループに分ける。


Aグループ:グーグル、ヤフー、エクソン・モービル、アップル、マイクロソフトetc.
Bグループ:トヨタキヤノン、IBM、ソニー三菱重工日清紡etc.
Cグループ:富士通、日立、NEC、GM、フォード


夫々のグループ間で、従業員一人当たりの時価総額の値が、一桁づつ違いがあるのだが、この産業構造の成長格差は歴然としており、今回の世界危機においても、アメリカは、風前の灯火であるデトロイトを抱えてはいるが、Aグループ企業を多く持った産業構造と社会進歩の高位の位置づけにあるので、将来への心配はないと、野口教授は言い切る。
ジェネラルパーパス・テクノロジーITを使えない日本の経営・・・野口悠紀雄教授 - 熟年の文化徒然雑記帳

脱工業化/知識情報産業化が進まない日本企業


確かに野口教授の言う通りで、問題は日本企業の方だ。日本を代表する高収益企業であるトヨタ自動車が先に、08年度の最終赤字に続き、09年度も赤字の見通しであることを発表して衝撃を与えたばかりだが、そのトヨタと並んで長く日本を代表する世界企業であり続けたソニーも迷走している。このままではCグループへの陥落も遠くない感じだ。そのCグループに位置づけられた、日立やNEC等も構造が変わる兆しは見られない。米国以上に危機的なのが日本なのは誰の目にも明らかだ。GM/フォードのような製造業から、グーグルやアップルのような知識情報産業へシフトしつつあるアメリカと比較すると、脱工業化/知識情報産業化において遅れを取っていると言わざるをえない。


その原因として野口教授は、一つは、日本の企業や経済組織において決定権限を持つ人間が(大体、年寄りだが)ITを敵と考えており、これが大きな障害となっていること。もう一つは、企業なり組織内で情報を囲い込んでしまって、外部とのコネクションを嫌うことをあげている。日本の大手企業でも、特にバブル以降、右肩上がりの市場が期待できなくなったこともあいまって、欧米流の手法を取り入れて組織や経営のあり方を変えて来たはずだった。実際、若年労働者は急速に正社員から派遣社員に置き換わったし、各社なりに人事に実力主義を取り入れて、昇級/昇格にもかなりの差をつけるようになった。定期昇給というのも死語になりつつある。


小泉改革の頃になると、この改革の成果とされる景気回復の兆しが見られたが、今となっては、企業では構造改革が成功したのではなく、単に誘導された円安に乗っかって輸出による利益を上げていただけだったということがわかってきつつある。構造改革はというと、確かに多少のコスト低減には成功したかもしれないが、イノベーションの活性化という意味ではさしたる成果は出ていない。むしろ地盤沈下した印象さえある。しかも、コスト低減の主たる要因が、若年層の派遣社員化による労働条件の切り下げ、というのでは笑えない。その結果がマクロの購買力の低下を招いたきらいもある。企業は結果的に自分で自分の首を締めたことになる。これではまさに合成の誤謬*2そのものだ。



人事政策の失敗


組織改革が大方失敗していることは、各社の人事政策の方向が定まっていない(多くは失敗している)ことからもわかる。私が知る限り、人事担当が異口同音に語るのは、いわゆる『実力主義』の破綻である。その一番の原因は、イノベーションを担う、いわゆる『イノベーション人材』の特性を読み間違えていることだ。そういう意味では、今に至るも迷走していると言うべきかもしれない。イノベーションこそ企業によって重要な要素だと言うなら、そのイノベーションを会社にもたらすことのできる有能な人材が会社にいたくなるような環境や制度構築こそ、経営の根幹にあるべき問題のはずだが、彼ら(彼女ら)をお金だけでつろうとしたり、やりたくもない管理業務や管理職をやらせたり、彼ら(彼女ら)より専門能力の劣る管理者に職場を仕切らせたり、どうでもよい細かい時間管理や就業規則を押し付けたり、行きたくもない社内行事に連れ出したり、およそ正反対と言うべき制度や慣行を押し付けながら、有能な人材が定着しないことを嘆いているケースが多すぎる。



日本の希望:任天堂


日本の大手企業にはもうまったく逆転の余地はないのか、というとそうではない事例が少なくとも1社はある。任天堂だ。株価が乱高下する中で、株式時価総額による比較には多少慎重にならざるを得ないが、今回の経済危機が表面かするずっと前である07年11月の時点で、トヨタに続き日本で第2位の地位につき(現在は7位)、08年度の決算では、事前の予想は下回ったものの、売上げも利益も過去最高を更新している。(当期純利益:2,790億円) そして何よりすごいのは、社員一人当たりの利益は1億円を超えていることだ。見事としか言いようがない。


任天堂については、様々な分析もされてきており、この成功ぶりを一言で言うのははばかられる気がするのだが、他の日本企業との比較で、私が今回特に指摘しておきたいのは、任天堂の覚悟の据え方である。『任天堂は必需品を一切作っていない』『他の企業ならさておき、製品の100%が娯楽品である任天堂は、面白くなければ存在価値そのものがなくなってしまう』として、徹底して驚きや面白さを追求する。
404 Blog Not Found:究極の仕事 - 書評 - 任天堂 "驚き"を生む方程式


他社であれば、人の心は移ろいやすく飽きやすいから、アミューズメント/エンターテイメントだけに頼るのはリスクが大きいとして、付加価値は低いが安定した仕事をドメインに取り込もうとするだろう。それがリスクマネジメントだ、とか言いながらだ。だが、ある意味で任天堂の姿勢こそ、究極の選択と集中だとも言える。コモディティー化の恐ろしさを知り抜いた企業でも、なかなかここまで開き直って集中することは難しい。だが、昨今では、ユーザーの驚きや面白さから離れて、大量生産/大量流通によるメリットを追うようになったり、他者の製品やサービスを安易に真似て稼ごうとする企業は、すぐにコモディティーの波に飲まれてしまうようになった。 時代は完全に任天堂の姿勢を支持するようになったと言える。



ソニーへの期待


任天堂の最大の競合相手であったのに、今では正反対を行き、迷走しているかに見えるソニーだが、かつては日本を代表するイノベーターであり、アントレプレナーであった盛田昭夫氏というカリスマに率いられていた。今は、盛田氏の魂は任天堂に引き継がれている感があるが、本家のソニーにもDNAはきっと残っているはずだ。もう一度原点に帰って、改革を進めて欲しいものだ。そういうイノベーティブな競争が活性化して、各社が切磋琢磨するようになれば、日本は新しい時代に再び輝きを取り戻すことができると思う。ソニーの苦境については、『熟年の文化徒然雑記帳』の中村晴一氏が別のエントリーでも取り上げている。中村氏の見解は私もまったくその通りだと思う。最後に、その部分につき引用しておく。


私は、ソニーの苦境については、TVの業績悪化が問題となっているが、既にコモディティに成り下がってしまったTVをコアビジネスとして維持し、持続的イノベーションを追及しているからで、この世界は、中国やアジア新興国の分野であり、かってのソニーのように革新的で他社の追随を許さないようなファンをワクワクさせるようなものを作り出せなくなった、即ち、破壊的イノベーションの追及が出来なくなった歌を忘れたカナリアになってしまったら明日は暗いと思っている。世界の趨勢は、マスプロダクションを意図するのなら、1にも2にも安くて品質の良いものの製造販売で、有能な新興国の製造業が虎視眈々と狙っており、最早、日本製造業の目指すべき道ではないと思う。
円安政策が日本製造業を直撃・・・伊藤元重東大教授 - 熟年の文化徒然雑記帳