今、ここ日本で、世界を変えることは可能だ

ビジネスマンの勉強のセオリー


コンサルタントとして著名な、大前研一氏や堀幸一氏らは、ビジネスマンの心得として、英語、財務、最近ではIT知識の重要性と早期習得を説く。確かに、転職が当たり前になった今、技術者ではない、いわゆる事務屋にとって、一番潰しがきくスキルでもあり、どんな職種に取組むにせよ、大成しようと思えば、この基礎素養の有無が決定的な差になりかねない。


私自身が最初に転職したときは、まだ一部上場企業からの転職というのがまだ心理的にもかなりハードルが高い頃だったから、このようなコンサルタントのお歴々の発言はほとんど耳に入って来ることもない時代だったが、それでも、自分の一生の基盤と仮にも一度は考えた会社を去って、自分だけが頼り、と考えるようになった時に、特に一生懸命取組んだのは、英語、財務会計知識、パソコン知識だったのは、今考えると感慨深い。思えば、具体的な『スキル』や『知識』の比重が今よりずっと重かった時代だったのだと思う。誰にもわかりやすい需要が目の前にあり、客が誰なのかもはっきりわかり、具体的な仕事も沢山ある。自分がその中で、ライバルに伍して行くためには、まず定型化したスキルを磨き、その業界で知るべき知識を蓄えることが一番確実だった。



勉強すべき事も変わって来た?


ところが、今、これからキャリアを築いて行こうという若い人に、私達のころと同じような勉強をせよ、と自信を持って言えるだろうか。若い人も素直に聞いてくれるだろうか。そんな知識、苦労して習得しても本当に使えるのか? と正面切って言われてしまうのではないか。そういう自分自身、中途半端なスキルや知識しか結局のところ身についていないが、それでも、これから先は、わかり切ったスキルや知識を同じように増やしたところで、自分の仕事にさほどの違いをもたらせるとはとても思えない。もちろん、ビジネスのことをまだ全く知らない人は、まず基礎的で、どうしても知っておいたほうがいいことは、あれこれ言わずにまず習得しておくことをお薦めする。どんなことにも基礎はあり、一足飛びに応用に行こうとしても無理だからだ。その基礎を使って自分でビジネスの現実を見ながら臨機応変に応用して行くことで、真の実力がついていく。


だが、それでもなお、例えば、若手の経営学講習等で、みんなもうすっかり古びてしまった経営管理手法等を汗をかきながら暗記しているのをまのあたりにすると、『こんな古びた概念で頭を固くしないといいけど』などとどうしても思ってしまう。こういうのは、作るものが決まっている工場などでの管理には使えるかもしれないが、何を売ればいいのかわからないのに、それでも需要を創造しろとか言われてしまう、現代の経営者(経営者候補)にどれだけ役に立つというのか。むしろ百害あって一理なしではないのか。そんな思いが次から次に湧いて来てしまうのだ。



マーケティングの需要性


そんな状況ではあるが、有為な若い人に、これから何を勉強しておけばいいですか? と聞かれるたびに、私はマーケティング』、特に『マーケティングで考える経営』に取組むべき、と答えるようにしている。


それは何故なのか。その回答として、先日の私のブログエントリーに沢山引用させていただいた、『マーケティング・アンビション思考』*1から、さらにまた別の部分を引用させていただこう。

マーケティングは戦略論や企業が有するその他の機能戦略に比べ、極めて異質な存在であることは明らかだ。その他の機能戦略とは、たとえば技術であり、財務であり、会計であり、人事労務、あるいは生産といった諸活動を指す。何が異質なのか。それは、その他の機能が現実の積み重ねの上に成り立つものであるのに対して、マーケティングのみがリアルな積み重ねを必要とせず、夢を追いかけているからにほかならない点だ。その意味で、マーケティングとはそもそも極めてアンビシャスなものなのだ。 マーケティング・アンビション思考 P35

入り口としてのマーケティング


この部分は、一橋大学大学院の竹内弘高氏のパート(第2章 マーケティングの使命は夢を売ること)からの引用だが、竹内氏の論文は、比較的先鋭的な論文の多い本書の中でもひときわ異彩を放っていると私には感じられる。ここで定義される『マーケティング』は、現状、あるいは、過去のマーケティング一般というよりは、近未来にありうべきマーケティングの理想像、というほうがあたっているかもしれない。ただ、少なくとも、これからの経営に最も必要な要素は、『リアルな積み重ねを過信せず、磨き抜いた自分の直観をより信頼』し、『夢を追いかけ』、『アンビシャス(野心的)』になることだし、その入り口として、マーケティングが、経営全体にレバレッジを効かせる支点となりうると思う。


もっとも、現状では、当のマーケティング担当者自身が面食らってしまうかもしれない。また、マーケティングこそリアルの積み重ねである、と反発する向きもあるかもしれない。だが、その点についても、竹内氏が明快に回答している部分がある。

マーケティングでは暗黙知の追求を欠かすことはできない。ところが、最近のマーケティングにはこの部分が欠落している場合が多い。マーケティングは経済学では語れないはずなのに、会社の機能として語られる際に、経済合理性が重んじられすぎる傾向がある。経済合理性では夢は語れない。 創業者マインドを持つマーケッターは、チャレンジャーでなければいけない。ルール・ブレーカーでなければいけない。まさに、「円の外に点を打つ発想力」が求められるのである。(中略)夢を見る力、使命感、洞察力、ビジュアライズする力、ほかの人を巻き込むコミュニケーション能力、目標設定能力、そして、強固な意志の力だ。いずれにしても、人々の深層心理に眠っているウォンツを掘り起こし、あるいは人々の期待を180度転回してしまう。あるいは、数多くの信者を創りだす、それがマーケティングの仕事なのだ。 マーケティング・アンビション思考 P51〜52


何とも万能のスーパーマンという感じだが、私が今一番重要と考える要素がふんだんに織り込まれている。中でも、基本となる暗黙知の追求だが、暗黙知』というキーワードが頻出している感のある昨今でも、その真意をきちんと理解できている人は少ない。しかも『データ・マイニング=暗黙知の追求』と短絡する人も多いのには辟易してしまう。技術的な問題に安易に還元しようとするのは、いかがなものか。その点、以下、竹内氏の理解に私もおおいに賛同する。

データ・マイニングでは到底わからない暗黙知の部分が大きい。マーケティングは、その部分を常に探求し続けなければいけない。創造性(クリエーティビティ)というよりは、人間に対するより本質的な洞察力が必要だ。それだけではなく、時代性も忘れられないし、海外に進出する際にはその国の国民感情や文化をも深く理解しなければいけない。 マーケティング・アンビション思考 P50

マーケティングだけではない


本当のところ、マーケティングに限らず、このエッセンスは、現代では、商品企画でも、技術開発でも、経営管理でも、人事施策でも、およそ企業活動のほとんど全ての領域で必要とされるものだ。だからこそ、その入り口として『マーケティング』と『マーケティングで考える経営』が必要なのだ。そういう研鑽を積んだ人材なら、日本のような物語が消失した社会に、新しい物語を構築し、夢が語れなくなった市場に再び夢を提供し、そういう活動の結果として、自社(企業)に高いブランド力と、社員の誇りと、経済的な繁栄をもたらすことを期待できる。企業経営者なら、自らが先ずそういう夢を持ち、共感の輪を広げて行くことこそ、今一番取組むべきことだ。しかも最終目標がここにあれば、勉強も義務感や惰性を飛び越えて、心から意欲を持って取組めると思う。



渡辺千賀さんの問題提起について


「日本はもう立ち直れないと思う」という渡辺千賀さんのエントリー(海外で勉強して働こう | On Off and Beyond)が、大変な話題となり、賛否両論沢山出て来ている。渡辺さんの意図するところとは多少違うかもしれないが、私はこのエントリーを読んだとき、日本で最もこれに共感し危機感を募らせるのは、旧来の輸出産業を支えたビジネスエリートだろうと思った。グローバリズムの流れの中で日本も米国流の競争に遅れを取らないようにすべき、と真面目に考えている向きには、今の若年層のあり方にがまんならないだろうし、政治も混迷して、賃金は高いが生産性は低い、こんな日本はもう国としては立ち直れないと内心感じている人は少なくないと思う。私自身そういう企業の薫陶を受けて来たから、その気持ちは痛い程わかる。



日本初世界標準は可能


だが、今、グローバリズムを支えた思想とは別のものへの転換が起きようとしている。(オバマ大統領の包摂的で共感を重視する姿勢に典型的に現れているとも言える。)それに、成熟市場での競争力のエッセンスが新しい物語を構築し、夢を語ることであるのは、日本に限らない。そのためには、共感を得る事ができる文化力と包摂的なコミュニケーションが鍵になるのであり、そういう意味では日本にも大いにチャンスがある。ジャーナリストの佐々木俊尚氏が、TwitterFacebookで発言しておられるように、今の日本の文化状況や社会環境は80年代までの日本と比べて格段に改善しているところも多い。


4月29日のFacebookでの佐々木氏の発言に、『「清貧の思想」とかが80年代に流行って、それに近い文化がいま現出しつつあるというのに。』とあるが、その点に注目すると本当にそうで、時代にあわせた日本文化の洗練の現れと言ってもよいはずだ。むしろ高度成長期の『大きい事はいいことだ』やら80年代の『消費は美徳』の価値観のほうが今では時代遅れだろう世界的な価値転換期にあって、今の日本の面白さを感じないなら、それこそもっとマーケティングを深く勉強してみたほうがいい。逆に、そういうエッセンスをつかんだ日本人なら、本来の意味で国際的に価値のあるビジネスマンになれる時代が来つつあると思う。そういう意味では、今、ここ日本で、世界を変えることが可能だし、一人でも多くの人が、そういう目標を掲げて頑張って欲しいものだ。

*1:

マーケティング・アンビション思考 (角川oneテーマ21)

マーケティング・アンビション思考 (角川oneテーマ21)