理系離れ日本をどうすればいいのか

海部美知さんへの共感


海部美知さんのブログ(Tec Mom from Silicon Valley)の2月15日付エントリー(文系日本人の「外向き国際化」の難しさ)文系日本人の「外向き国際化」の難しさ - Tech Mom from Silicon Valley は、個人的にその危機感を大変共感できる内容だ。アメリカに少しの間でもいると(海部さんほど長くいなくても)、国際化というのがどういうことなのか、何が大事で何が問題なのか、しみじみと感じる事がある。


よく言われるように、アメリカ人というのはアメリカ以外の国に関心の薄い人達で、アメリカを出たことがない人が非常に多い。寺島実郎氏によれば、アメリカ人全体のパスポート保有率は、わずか14%、特に内陸部では10%を割り込むという。パラダイス鎖国中の日本でも、パスポート保有率は26%もある*1 そういう意味でなら、アメリカ人はけして国際人ではない、という言い方は正しい。


ただ、ニューヨークやロサンゼルス等のアメリカの大都市にいると、日本にいると想像もできないくらいの様々な人種、宗教、文化、風俗に直接触れることになる。世界中の多様な人達がアメリカをめざし、彼らとともに暮らす事がどういうことなのか、いやでも考えさせられるのだ。世界が多様な価値のぶつかり合いと妥協の危ういバランスの中にあることを実感させられる。今の日本のように、パラダイスのような鎖国が維持できていることの奇跡、そしてそれが乗っかっている土台が如何に不安定なものなのか突然気づくことになる。ふと気がつくと、のど元に短刀がつきつけられていたような感触とでもいうのだろうか。そこまで鋭敏な感覚ではなくとも、日本のあり方に、漠然とした不安感を感じるようになる人は少なくな い。



戦略性にかけた子供では・・


日本は通商国家として大きな成功を納めたし、それは日本人の持つ資質と努力のたまものであることは間違いない。だが、どうひいき目に見ても、日本人が『不安定な土台の部分』に向き合ってそれと格闘して来たとは言い難い。特に戦後はその部分はほぼ全面的にアメリカにおまかせしていた、というべきだろう。日本も本当に真剣にそれに向き合っていた時代もある。司馬遼太郎氏の『坂の上の雲*2を読むと、日露戦争前後の日本人が如何に戦略的に世界と向き合っていたのかをひしひしと感じることができる。戦略性という点では、同じ日本人でも、そのころと戦後の日本人は大人と子供以上の差がある。


80年代には、アメリカの製造業の衰退が取りざたされ、日本がフロントランナーになったと錯覚していた時期など、アメリカ衰退論は非常に活発だった。だが、今冷静に振り返れば、如何に過去の遺産で多くの果実を手にしたとしても、メンタリティがまったく子供の状態では、有象無象の戦略家で溢れた世界でそのままの地位を保持できるわけがない。案の定、アメリカは非常に戦略的に自国の危機を乗り切って来た。ITや金融を既存の製造業に置き換え、ゲームのルールを変えてしまうことで、日本を置き去りにして、世界の経済の中心という地位を再び確固たるものにした。色々批判もあろうが、日本が茫然自失して立ち往生している様に比べると、やはり見事なものだったと思う。だが、そのアメリカに、もしかすると、今度こそ本当に今までのようには頼れなくなるかもしれない。海部さんのような立場にいると、それがまたよく見えるのだろう。



時代が我々に求めるもの


海部さんの以前のいくつかのブログエントリーで、海部さん自身、日本から沸き起こる英語不要論や国際化不要論に、一定の歩を認めながらも、割り切れず口ごもるニュアンスが伝わってきたことがあったが、それがまた私の感覚に実に近く、大変共感を覚えた。つい最近までのグローバル化議論は、日本の底の部分までアメリカ化しろと言わんばかりだったわけだが、今、振り子が反対に振り切れそうな世論の中で、バランスするべきところはどこなのか、大変微妙な問題だ。


ただ、少なくとも言えることは、様々な指標や現象が、ますます日本が国際舞台から遠ざかる方向に行こうとしていることを示していることだ。江戸時代をパラダイス鎖国の理想像として、成長のない定常世界の理想を語る人のことは、私も充分に評価する一人だが、環境問題に代表されるように、もはや地球は個別のパラダイスが相互に無関係に点在できるほど広大とした未開世界ではない。『緊密につながった地球』を前提にせざるをえないのが、時代が我々に求める設定だと思う。



日本の文系の国際化の難しさ


海部さんご指摘の通り、日本のビジネス人材を文系、理系に分類すると、理系人材は比較的アメリカ的な国際化に近いところにいると思われる。ノーベル賞受賞者のほとんどがいわゆる理系だし、国際社会でのプレゼンスも堂々たるものだ。IT系の技術交流を見ていても、日本の平均値の高低は別としても、一流どころの人材はけして見劣りしないし、しかもそういう人材はアメリカという環境にとても心地よくなじんでいる。


だが、文系はどうだろう。海部さんのご出身の一橋大学は日本の文系大学としては、トップクラスで、数多くの有能な人材を排出している。だが、それでもこのような感想が漏れてくる。

私自身の能力・努力不足をずっと恥じてきたが、身の回りで、文系日本人でアメリカの企業や産業に溶け込んでいる人が、理系日本人と比べて圧倒的に少ないことを見ても、どうもやはり、これはそもそも難しいことなんじゃないか、と思うようになってきた。文系日本人の「外向き国際化」の難しさ - Tech Mom from Silicon Valley


私の出身校も私立としては難関校と言われる大学ではあるが、文系学部の私の同級生の様子を見ると似たようなものだ。そして、私自身はアジアを中心に比較的広く海外の仕事をしてきたが、確かに文系日本人で海外企業や産業にとけ込んでいる人をほとんど数え上げることができない。日本の製造業が世界中に注目されていた、90年代初め頃までなら、まだアメリカ人を含めて外国人が日本人のほうに興味を感じてアプローチしてきたものだが、そのころの雰囲気も今は見事なまでに霧散してしまった。



理系離れ


しかも、今日本で進行しているのは、『理系離れ』である。私が子供の頃は、『理工系秀才』というのは、最も優秀な人の代名詞のようなニュアンスがあったものだが、今の日本ではほとんどそう感じる人はいないのではないか。理系学部は授業料は高く、地道な勉強の積み上げが不可欠な数学が必須になるため、そもそも意欲があっても大学の理系学部に学ぶのはハードルが高い。それなのに、生涯年収は文系が高く、企業の社長も文系のほうが数多く輩出している。これでは 『理系離れ』が進むのも無理はない。

(理系離れについては、次のブログエントリーが秀逸だ。参照してみて欲しい。
理系離れは先進国病? - マネジメント実験室


もっとも、割合は別として、上記ブログのbiz-highさんの言うように、理系離れは先進国の共通した傾向、いわば先進国病のようなものだという説もある。実際、アメリカでも、大学の理工系学部はインド、中国等、アジア各国出身の学生で溢れている。とすれば、日本の現実的な最大の課題の一つは、文系人が何を目標に、どのような勉強をしていくのがいいのか、教育をどのように向けて行くべきかを定義し直すこと、ということになる。特に外国人と堂々とコミュニケーションを交わすことができるためには、どうすればよいのか。



どうすればよいのか


私の意見、といってもすでに多くの人が異口同音に語って来たことだが、国語能力を徹底的に鍛えることが最優先事項だと思う。国語能力、というより語学能力というべきかもしれない。だが、あえて英語能力とは言わない。もちろん英語も語学であり、英語という言語をベースにきちんと語学能力を磨くのであればそれでもいい。だが、単に英会話ができるというのは、ここで言う語学能力のこととは違う。日本人が外国人とのコミュニケーションが苦手なのは、英語が苦手ということもあるが、それは主要な原因ではない。論理でとことん考え、論理的に語ることができない(しない)ことが最大の問題だ。言葉は文化を背負い、文化の産物として個別で特殊なものである一方、論理を組み立てるという点での普遍的な役割は共通している。


そのためには、思想、哲学、文学等に日常的に親しみ、討論を重ねることが必要だ。絵文字コミュニケーションは確かに日本の独自の文化かもしれないが、コミュニケーションの蛸壺化は避けられない。言わば、少数言語だからだ。日本人の中でさえ、少数グループにしかわからない。一方、鍛えられた言語能力と論理的思考能力はコミュニケーションを外に開く。そういう基礎が出来ていれば、日本人には本来語るべき事はたくさんあるのだから、外国人とのコミュニケーションは拡大していくはずだ。外に開かれたコミュニケーション本来のダイナミズム、奥深い楽しさを知る事もできる。そして、そういうコミュニケーションのニーズが高まれば、その手段として、英語への興味も湧いてくるというものだろう。


さらには、英語だけではなく、他の言語への関心も高まると考えられる。コミュニケーションしたい、という気持ちがあれば、語学を学ぶことが単なる翻訳手段習得ではないことを知って驚くと思う。語学を通してその語学のもつ文化背景やものの考え方の違いを知るのは、実に奥深い、尽きぬ興味をそそられることだからだ。このような構造を理解せずして、幼少のころから英語を学ばせることは、無意味とまでは言わないが、期待した効果を生むとは到底考えられない。 




*1:http://mgssi.com/terashima/nouriki0501.php

*2:

坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)

坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)