不況期に消費/販売を伸ばすための3つの視点

前回のエントリーやはり日本企業に大きなチャンスが来ているのではないか - 風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観るでは、現段階での不況の概況を多少マクロの視点で総括してみたが、今回はもう少し具体的に、不況期の消費を考えるにあたって、私が最も重要と考える視点について3つにまとめてみた。



(1)所有から使用へ


景気が悪化して、高級ブランドの販売自体は縮小しているようだが、高級ブランド品を安価で貸し出すサービスは好調なようだ。インターネットでブランドのバック等レンタルできる、Cariru(カリル)*1では、20代後半から30代の女性を中心に利用が増加しているという。しかも、景気が悪くなる程拡大しているようだ。カリルの利用は9月と比べて現在では3倍以上になっているというから、明らかにリーマンショック後の動向と言ってよい。


また、20代〜30代の男性中心に人気が盛り上がっているのは、高級外車のレンタルだ。横浜の『オートスピリット』*2 の高級外車レンタルは前年比3割増えたという。景気が悪化しても、時には高級品でつかのまの優越感を味わいたい、という需要はあるようだ。


その他、日経トレンディの1月号の特集記事*3によれば、新発想のレンタルビジネスが次々と立ち上がっている様子が見て取れる。着物、最新の電化製品等に加えて、各安の飛行機チャーターも出て来ているというが、これは正直どうだろう。記事によれば、タクシー感覚で使える飛行機とあるが、誰が使うのだろうか。ただ、確かにある意味で不況対応ビジネスとして、レンタルが注目されていることを象徴している。


その点、販売台数が激減している日本の自動車はどうだろう。高級外車レンタルは増えているようだが、通勤、ドライブ等ありふれた使用シーンでのレンタル利用は増えて行くのだろうか。不特定多数が使うレンタカーに加えて、予め登録した会員だけが利用できる自動車を貸し出しするシステムである、『カーシェアリング*4というサービスも日本でも始まっている。(スイスが発祥地) 自動車は購入にあたっても高額商品だが、税金、保険、駐車場料金等保有の経費がばかにならないため、従来から、日本でも保有から使用への転換が進むのではないかと言われて来た。しかしながら、『カーシェアリング』は、日本では99年にオリックスが先鞭をつけて、今では別表*5の通り20社近くあるが、ここまであまり目立たないで来た印象がある。ただ、オリックス自動車など昨年は会員を大幅に増やしているようなので(08年4月には2,000人だった会員数を9月末には3,200人へ)、今後は注目してみたい。



(2)巣ごもり


昨年の年末商戦の標的は、『巣ごもり消費』と言われていた。『巣ごもり消費』とは、節約志向から外出を控えて、自宅で過ごす人が増えることに伴う消費のことである。


外出を控えた人が多かったことは、旅行業界、特に海外旅行の需要が冷え込んでいることに明確に現れている。一方、確かに巣ごもり消費系は軒並み好調だったようだ。ブルーレイレコーダーのような家庭用電化製品、パン焼き器やホットプレートのような調理家電、電気代が節約できる省エネタイプの大型冷蔵庫/洗濯機、wiiのようなゲーム機器(およびソフト)、ボードゲーム、クリスマスケーキやおせち料理、デパ地下の食品等。電化製品でも、デジタルカメラやビデオカメラのような外出系の商品はやはり売れていない。*6 *7 


質量ともに非常に充実してきているネット通販は好調だ。08年12月7日には、楽天のECモール「楽天市場」の一日の売り上げが過去最高の30億円を突破している*8。『Yahoo!』『Amazon』等のネット通販も軒並み好調だという。しかも、楽天市場の08年の売れ筋商品ランキング*9によれば、1位はミネラルウォーター『コントレックス』、8位には使い捨てコンタクトレンズとケア用品をセットにした「メダリストプラスとケア用品2本」、9位にはワインセット「自慢の金賞ワイン赤6本セットが入るなど、日頃使う商品のまとめ買いができる/送料無料等の商品に人気が集まった。


巣ごもり消費へのアプローチの一種と見られるのが、花王の『大そうじを家族みんなのイベントにしませんか?』というキャンペーンだ。全国約2万5,000 店舗のホームセンターやスーパーで展開された。日経ビジネス08.1.5号の記事によれば、景気の悪化は企業の残業抑制を促し、ということは父親が自宅で過ごす時間が長くなる。年末年始の旅行も減る。これを男性に家事を促すチャンスではないか花王は考えたという。掃除関連の市場は、需要期を迎えても、不況による消費の落ち込みで前年割れの状況が続く中、花王製品は08年12月中旬時点で前年並みの販売を維持し、親と子が1本ずつ持って一緒に床を拭くイラストを小冊子に入れた『クイックルワイパー』などのフロア清掃用品は、前年同期比で30%以上も伸びたようだ。消費者心理を非常に見事に捉えた作戦と言える。同様の主旨であれば、『親子で楽しめるビッグサイズの入浴剤』である『ギガ入浴剤』*10を12月4日から投入したバンダイのようなアプローチも注目したいところだ。


この『巣ごもり消費』について、先日もご紹介した、ルディー和子さんからまた大変興味深いエントリーが上がっている。*11 不況時には消費者がいつも以上に「損失回避性」ムードになっていて、ネット販売が増える。(アメリカでも大恐慌以降の6回の不況時すべてにおいて、ダイレクトマーケティングが前年対比で成長しているそうだ。)だが、これを店舗販売に比べて「販売価格が安い」とか「交通費がかからない」という理由だけで理解してしまっては、提供者側としては価格下落の泥沼に落ちるだけだ。しかもこういった理解は、実は、消費者のもっと強い動機を無視しているとルディー和子さんは主張する。


日本の消費者が消費を抑制している一番の原因は、日本社会は全体的に「不況なんだからそれに似合った行動をとらなくてはいけない」というムードに陥っていることにあり、購入を正当化してあげれば、本当は多少なりとも余裕がある人からの消費は引出せるというのだ。例えば、アメリカでは不況だと口紅が売れるという。数百ドルする洋服は買い控えるが、「それに比べれば口紅2本で気分がハイになれば安い買い物だ」と正当化しやすいからだ。ちなみに、厳しい経済情勢にある韓国では、いま、赤い口紅が非常に売れているそうだ。そもそもオンライン店舗からの購入は低価格だけが理由ではないことが調査からもわかっており、ネット販売が拡大している今は、消費者がより高額な物を買ってくれるよう、背中を後押しして上げることが大事だと言うマーケティングの神髄が消費者心理の解読であることを知る人の意見は大変ためになる。


このように見てくると、ネット通販に限らず、ネット系のサービスには、工夫次第で大変なチャンスがやって来ているということをあらためて感じる。



(3)変身/超越願望


ここからは、まだはっきりした動向と言えるかどうかは微妙なところなので、私の仮説としておくが、ただ実際に幾つかの徴候はあきらかに現れていて、おそらく不況が長引けば長引くだけ、もっと全体像が見えてくることになると思う。今回のような世界規模の不況は、一時的な景気循環ではなく、人々のライフスタイルや価値観を大きく変質させていく可能性が高い。中には自分を見失って一時的かつ享楽的な消費に走る人も増えてくるだろう。だが、相当数の人にとっては自分自身や家族と向き合う(向き合わざるをえない)機会ともなる。この結果、自分自身を変え、磨き、新しい世界を発見するべく、行動する人は増えると考える。


キーワードを列挙すると、各種の教育、習い事、勉強会/セミナー/講習会、自己啓発書、宗教、占い、アンチエイジング、化粧品、医療/介護、NPO、グリーンテクノロジー等があるだろうか。自らを変え、超越したいという願望には、自分や周囲に正当化できる仕事や活動にコミットすることも含まれる。そういう意味では、ルディー和子さんのいう、『正当化』とも深い関連がある。


08年のベストセラーの動向には、これを現す徴候が出ている。下記の日経トレンディの記事はまさにそれにあたる。

3位の『夢をかなえるゾウ』は、ビジネスパーソン向けの自己啓発本。6位の『女性の品格』と10位の『親の品格』は、美しく生きるための指南書。9位の『脳を活かす勉強法』は、脳を活性化させれば仕事や勉強の効率が飛躍的にUPすると説く――。2007年から引き続き売れている『ホームレス中学生』を除外して考えると、ことごとく自分を見つめ直し、自分が求めているものを知り、自分を磨いて高めていくための本だといえる。
【ヒットで振り返る2008年~書籍編~】 他人より「自分」の内向きな1年 - 日経トレンディネット


また、ランキング上位10位のうちの4冊を血液型性格解説本が占めている。これも、自分と向き合い、自分を知りたいという願望の現れと読める。


少子化が進み、若年層の教育市場のパイは縮小せざるをえないが、社会人の自己教育熱は高まって来ている。(株)アジアネット教育研究所所長の岸田氏によれば*12、08年の売れ筋のビジネス書には、はっきりした特徴があったという。ベスト10のうち、7冊から8冊を自己啓発書が占めていたというのだ。ノートのまとめかたや勉強法などの本もよく売れたという。


07年10月に立ち上がって非常に話題になった、英語学習SNSサイトの『iKnow*13は、 現在、ユーザー数は27万人、全ユーザーの総学習合計時間は、228年分に相当する200万時間となっているという*14 eラーニングというサービスは、『巣ごもり』志向ともあわせて非常に有望なサービスと言える。


以上、かなり雑駁なまとめになったが、定期的にこのような総括を実施したいと思う。皆さんの具体的なご意見もいただけると大変ありがたい。