日本の自動車産業の強さはIT電気産業には移植できないと心得るべき

夏野氏のお話を聞いて


11/6に一日だけ、THE NEW CONTEXT CONFERENCE 2008(NCC2008)*1 のセミナーを聴講した。司会のカリスマベンチャーキャピタリストの伊藤穣一氏のお話や、元NTTドコモで、現ドワンゴ顧問の夏野剛氏のお話等、非常に興味深かったので、また別途書きたいと思うが、今日は、お話に触発されて考えた事について少し書いておきたい。


以前、夏野氏のインタビューを取り上げて、ブログエントリーを書いたことがあって(日本の中高齢層の覚醒を期待する - 風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る)、その時も強く感じたのだが、夏野氏の、日本の中高年、中でも権力の中枢にいる経営者のインターネットや携帯電話等への無知、無理解への苛立ち、怒りはとても強いものがあるようだ。ルサンチマンと言ってもいいかもしれない。まあそれはそうだろう。NTTと言えば、失礼ながら、少なくともそのマインドはオールドエコノミーの代表格のような組織なのだろう。今更ながら、よくぞiモードのようなサービスを立ち上げることができたものだと思う。そして、それは単純にITリタラシーの有無ということだけではなく、『ものづくり国家日本』を支えた自負の背景にある、『日本的経営』『製造業パラダイム』がいまだに中高年のマインドを支配していることから起きる問題が複雑に影を落としていると思う。


このこと自体は、すでに何度か書いたことでもあるので、今回はもう少しだけ違う観点から、この構図についてふれてみたい。



日米の成功フォーミュラの違い


今回のセミナーで、夏野氏からとても印象的な発言があった。NTTドコモ在籍中に、ドコモの研究所には一度も行ったことがない、というのである。これは、『技術偏重』『自社技術への過度のこだわり』の問題を揶揄しておられるわけだが、NTTドコモだけの問題ではなく、日本の製造業全般に見られる傾向だろう。その日本の製造業の強さは、『すりあわせ技術』にある(あった)ということは、昨今定説となって来ているので、あまりここで説明する必要はないかもしれない。中核企業の傘下に、長大な系列を組織して、設計の早い段階から情報を系列企業を含むグループ全体に流して共有し、知恵を出し合いながら進めて行く。いわゆる『垂直統合』モデルである。もちろん技術は自社開発で、系列内は深く共有するが、系列外取引はしない閉鎖性を併せ持つ。日本社会の企業/組織文化がこの『すりあわせ』に非常にフィットした結果、世界に冠たる製造業を創り上げることになった。


一方、パソコン等に典型的に見られるように、各部品がモジュール化/コンポーネント化し、すりあわせに神経を使うことなく、系列もつくらず、インターネットで簡単に世界中から調達する、所謂『水平分業』が米国を中心に追求され、グローバルスタンダードを形成してきた。契約できちんと業務範囲や仕様を決めてしまえば、技術も生産設備もほとんどいらない。少人数で世界を工場に見立てて活動することができる。IT産業はこの手法で米国を中心に大きな発展を遂げて来たわけだ。



日本は『すりあわせ』にむく製造業だけが強い


日本はものづくりが強い、と豪語して来たわけだが、今やはっきりしてきたことは、『すりあわせ』にむく製造業だけが強い、ということだ。『すりあわせ』に最も向いていて、しかも今でも簡単にモジュール化できない代表格は自動車産業である。トヨタに代表される自動車産業は、失われた十年の間も一貫して世界の頂点にあって競争力を拡大して来た。アメリカ自動車産業の衰退と相まって、名実ともに世界一の座につくことはもう間違いない。一方自動車と共に世界の頂点に君臨していたはずの電気産業は、世界のIT産業のモジュール化、グローバル化が進むとともに、めっきり競争力を落として来ている。キャノン等の少数の例外を除けば、旗色が悪いことこの上ない。夏野氏のいらっしゃった携帯電話産業も例外ではない。



カテゴリーエラー


私自身、日本のIT/電機業界に2001年以降お世話になり、内側から業界を見て来たが、この垂直統合と水平分業の競争ルールの違いの基本の部分でさえ、経営レベルで認識されているとはとても思えない事例が多い。つい最近も、『品質経営』なる珍妙な研修を外部講師を招いて受けさせられたが、目を覆い、耳を塞ぎたくなるような内容だった。IT/電気業界の経営のまっただ中にいて、従来の垂直統合の構図が次々と水平分業の競争力の波にさらされている我々を相手に、『トヨタに見習って製造業の復権をはかれ』というようなコンセプトに基づいて、ノミュニケーションやら、QCサークルやら、改善活動やらを説くのには、本当に閉口した。『カテゴリーエラー』そのものである。


だが、この研修を後生大事に受けさせようとするようなマインドは、自分の周囲の中高齢者の間では少なくともほとんど変化していない。夏野氏の嘆きを聞いていると、NTTドコモでもそうなのだろう。



電機業界には猛毒?


失われた十年の間、輝き続けたトヨタの経営手法は、従来以上に高く評価され、電機業界でも参考にしようとした人も多かったようだ。だが、自動車産業には薬として作用するものが、IT電気業界には猛毒にもなりうることを気づいてはいなかったようだ。確かに、トヨタの経営のエッセンスの重要なものは業界を超えて参考にしうる。だが、IT電気業界にとって、トヨタというのはいわばフグのようなものだ。一流の料理人が料理すれば、大変美味しく食べることができるが、素人が手を出すと猛毒にあたることになる。



すでに問題はその先へ


このような周回遅れの人達にとって大変残酷なことに、市場も経営環境も猛烈なスピードでさらに変化しつつある。『モジュール化』、『水平分業』を型通り実行しただけでは成功は約束されなくなって来ている。例えば、『モジュール化』、『水平分業』を体現して一早く成功した、デルも、もはやすっかり輝きを失ってしまっている。逆に日の出の勢いである、アップルは水平分業とは無関係だ。何より他人の考えたビジネスモデルを、学んで真似をするという手法自体が陳腐化している。


あきらかな不合理が温存された、日本のIT/電気産業でも、来るべき巨大な不況が状況を一変させる可能性がある。歴史を振り返れば、過去の成功の遺産に頼る余裕が社会に無くなる時には、洗い流されるように旧勢力が退場していくということが起こって来た。今度はどうだろう? 激動の時代を乗り切る側にいたいものだ。