『日本人にはもう売るな!』を読むと元気が出る

海外ECのすすめ


なかなか刺激的なタイトルだ。『日本人にはもう売るな!』というのである。

日本人にはもう売るな!ネットで世界進出する方法 (PHPビジネス新書 70)

日本人にはもう売るな!ネットで世界進出する方法 (PHPビジネス新書 70)

 この本の著者、菅谷義博氏の前著は、『ロングテールの法則』および『続ロングテールの法則』だが、前回、今回ともタイトルに先入観を持つと内容とのギャップを感じることになるかもしれない。両者に共通するテーマは、個人ないし、小所帯でも可能なEC(エレクトリック・コマース)である。前回が、国内のECのすすめ、今回は、海外へのECのすすめだ。


インターネットの最新の機能を使う事で、今まで想像もできなかったようなことができる事例が沢山紹介されており、インターネット最新動向報告と言えなくもない。ある程度インターネットを使いこなしている人にも、『なるほどそれは気づかなかった!』と言わせるものがあると思う。



日本市場しか相手にしないことのリスク


今回は海外に活動を広げる必要性、すなわち『日本市場しか相手にしないことのリスク』にかなり長いページが割いてある。これは、すでに様々なところで語り尽くされていることでもあり、私のブログでも話題にしたこともある。市場としての日本、購買力から見た日本には、残念ながらほとんど明るい材料が無い。そもそも総人口自体、2006年をピークにすでに減少に転じているし、中でも、生産年齢人口(15歳以上65歳未満人口)は1996年からすでに減少している。今後は、さらに一層減少していく。これは、増加の方向で推移すると見られる、アメリカやイギリスと比べると好対照だし、日本の減少幅はイタリアとともに、際立って大きい。このまま何もしなければ、社会の活力維持は難しいだろう。(何か行われているとも思えない) *1 *2


生産年齢人口の減少は、逆に言えば、高齢人口比率の増加を意味する。65才以上人口比率を見ると、03年以降は日本が先進国のトップに立ち、以降はダントツの一位ということになる。史上類が無い程の急激な高齢化が進行する社会、それが日本である。*3



シニアの購買力も期待薄


通常、高齢者は購買力・購買意欲ともに衰えて行ものだが、今定年退職の時期を迎えている日本の団塊世代は、豊かな時代を過ごして多額の退職金を手にしているため、蓄えには余裕がある。そこに巨大なシニアマーケットが出現すると言われていた。「リタイヤしたら自分らしい第2の人生を」というわけだ。だが、どうもそれも当てが外れつつあるらしい。日経ビジネスの記事*4によると、定年退職した団塊の中で完全引退者はわずかに約2%(労働政策研究・研修機構調査より)である。約8割は、会社員としていまだに働き続け、そのうち約 9割は同じ会社で嘱託(しょくたく)などとして働いているという。働くこと自体に大きな価値を感じて来た団塊世代のマインドの成せる技ということか。


加えて、貯蓄を消費にまわすようになったという話もあまり聞かない大前研一氏の新著、『大前流心理経済学 貯めるな使え!』*5によれば、日本人は死ぬまで財産を殖やし続け、ピークは死ぬとき。その金額は3,500万円。イタリア人は死ぬときはほとんど財産は残さず、アメリカ人の財産ピークは47歳だそうだ世界恐慌突入かもしれないような昨今の状況では、大前研一氏の説得にもかかわらず、今以上に日本人の貯蓄性向は高まる可能性が高い。そして、その団塊世代の次の世代は、団塊世代程の蓄えはなくなるだろうし、団塊世代にパラサイトシングルとして寄生することで、購買力を維持していた若年層も年貢の納め時は遠くない。『日本人にはもう売るな』ではなく、『日本人に売りたくて仕方がないのに買ってくれない』ことが予想される。いや、予想などという生易しいものではない。人口統計はかなり冷徹に来るべき日本の状況を我々に突きつけている。



高い成長を続けていた海外市


それに比べて、この数年感、世界市場は比較的高い比率で成長を続けていた。当然、どの国にも景気の波はあるが、世界のどこかには必ず景気の良い国があり、市場がある。縮小(衰退)が確実な日本市場に固執していては、生残れないとという菅谷氏の主著は原則その通りだと思う。(というより誰も否定できないだろう。) しかも、日本円は、海外の各国通貨に対して、長期低落が続いていた。その結果、韓国や中国からの日本への旅行もかなり賑わっていた。特に、ウォンが高くなっていた韓国など、日韓の物価の逆転現象さえ見られ、日本へショッピングやゴルフをしに来る韓国人が急増していた。一方、日本の物品は高品質との定評があり、アニメ等のオタク系を含むコンテンツも非常に人気がある。確かに、『日本からの輸出』には追い風が吹いていた。



金融危機が状況を変えはしたが・・


ところが、非常に皮肉な事に、今回の金融危機の結果、日本円は世界のどの通貨と比較しても、非常に割高になった。特に韓国ウォンなどその下落幅が大きい。今の見通しでは少なくとも今後数年感は、日本に出稼ぎに来る人はいても、ショッピングに来る人はいなくなると思われる。日本からの輸出には急激な逆風が吹いて来ている。


ただ、だからと言って、本書の価値はいささかも下がらない。市場を世界全体に広げることは、むしろ今以上に重要になることは確実だからだ。今度は、その新しい市場環境にジャストフィットなECビジネスをやってのけるタフなマインドが必要だろう。本書を手にする私たちも、菅谷氏に習って視野を広げ、工夫を積み重ねるべきだと思う。



具体的な手法


ではどうやって海外とのECを行えばいいのか?


本書で語られる海外ECのプロセスは大方下記の通りである。大きな投資をして、海外に支店を設立したり、商談のために各国を旅したりということは想定されていない。基本的には、インターネットで日本に居ながらにできることを前提としている。

  • 市場分析/市場ニーズの把握:

    Google Trends*6Google Keyword Tool*7
    各国の検索エンジン(中国:百度*8、韓国:ネイバー*9、ロシア:ヤンデックス*10等)

    ebay*11によるオークションでの販売、マーケットプレース*12の利用(対法人)

  • 翻訳:

    Google 翻訳*13

  • 広告:

    Google Adwards*14、広告プレビューツール*15等の利用

  • 決裁:

    Paypal*16等の利用

  • 海外への配送:

    日本郵便EMS*17、SAL*18FEDEX*19等の利用



目から鱗


上記の中で、私が最も『目から鱗』が落ちた思いをしたのは、翻訳である。日本語/英語の自動翻訳は、昔に比べれば驚く程能力は上がったとは思うが、実際には今でもとても使い物にはならない。その先入観があるため、日本語から他国語への自動翻訳など考えたことも無かった。だが、日本語/韓国語はかなり使えるのだと言う。両者の文法構造が似ているからだ。言われてみればその通りだ。そして、同様の理由で英語/ヨーロッパ語、中国語についても、かなり使えるという。だから、日本語と英語がわかれば、広く世界各国の言語対応もできるようになるというわけだ。


もちろん本書では、英語が苦手な人の対応方法についても述べてある。菅谷氏自身、自ら海外向けECサイトを運営されているようだが*20、その菅谷氏のTOEICのスコアーは450点くらいなのだそうだ。これが本当なら、普通は海外ビジネスには手が出せない英語力ということになるだろう。


自分で試してみよう!


かつて貿易の仕事をやった経験で言えば、海外との取引は、(菅谷氏も指摘されているように)決済事故や詐欺も多い。為替レート変更のリスクもある(今まさにそれが起きている)。PL訴訟等の各種訴訟対応も必要だ。(まず保険は必要だ) クレーム対応も大変である。だが、そういうことへの対処も含めて、個人がインターネットを使って、安価で自由度のある海外ビジネスシステムを持つ事ができる可能性はあると思える。少なくとも自分で調べて、実験してみることで、思わぬ発見もありそうだ。来るべき大不況に恐れをなして硬直している暇があれば、こういうスタディを進めて行くことに時間を使うほうが有益だと思う。