これからの市場や社会はどうなっていくのか?興味深い仮説(その2)

弁証法ふたたび


9月29日のエントリーこれからの市場や社会はどうなっていくのか?興味深い仮説(その1) - 風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る を第一回としながら、第二回目までに少し間が空いてしまった。前回に続いて、市場や社会の将来を予見するにはどうすればよいのか、というテーマにつき、田坂広志氏の『未来を予見する5つの法則』*1をテキストにして、話しを続けてみたい。



手紙と電話の例


前回例にあげた、『紙の手紙 → 電話』 の次に、一見退化とも見える手紙が来て、全盛となっている点を再度取り上げてみる。田坂氏によれば、このようになるのは、世界は直線的に変化しているのではなく、螺旋的発展をしているから、というのである。そして、『世界は、あたかも螺旋階段を登るように、発展する』という法則、これは弁証法の5つの法則の内、第一の法則ー『螺旋的プロセス』による発展の法則だという。


手紙と電話の例について説明された部分を引用すると解りやすい。

例えば、手紙と電話が、そうです。手紙には、電話にない長所が数多くあります。「よく考えながら書ける」、「記録に残せる」、「何度も読める」、「相手の時間を妨げない」、そうした長所があります。しかし、電話に比べて、いくつかの短所もある。「書くのに時間がかかる」、「届けるのに時間がかかる」、「記録が残る」  したがって、こうした長所を短所を比べたとき、「迅速性」を最重要とする時代には、しばし、主役の座をおりざるを得なかったのです。そして、「迅速性」を誇る、電話が主役となったのです。


しかし、eメールが生まれたことによって、状況が変わりました。手紙というコミュニケーション手段が、迅速性を獲得したのです。そのため、ふたたび、主役の座に復活してきたのです。

田坂広志氏『未来を予見する5つの法則』P63


本当に弁証法の法則が働いている!


私はこれには、『コロンブスの卵」的な、軽いショックを感じた。言われてみればもっともなのだが、自分ではここまで明確に気づいていなかったように思う。確かに、非常に無秩序に見える現代の市場、中でもインターネットのサービス群に、法則めいたものがあるとすると、これは確かにそういう法則なのかもしれない。


前回のエントリーでもあげておいた、『オークション』『集団購入』『相互扶助コミュニティー』『贈与/ボランタリー経済』等、田坂氏自身が例にあげておられるが、「螺旋的発展」という分析軸で見直してみると、電話/手紙のケースと同様のことが起こっていると思えてくる。もちろん、どんなものでも必ず当てはまると言い切れるわけではないし、螺旋の回転半径、すなわち、いつどんな発展や現れ方をするのかというような予見を精確に行うことは難しいが、何かあるものが復活する気配、予兆のようなものを感じた時には、この螺旋的発展の法則が働いている可能性を意識しておくことで、いち早く有利なポジションをつくれる可能性は大きい。


産業化が行き着いて反転している?


今、このような復古現象が群れをなして出現してきている原因はある程度はっきりしている。資本主義、社会主義を問わず、20世紀の後半は、資源の効率を最大限生かすことを指向して、いわゆる『産業化』が社会の隅々にまで行き渡った時代だった。その枠組みの中では、『合理化』『効率化』は他の何を差し置いても実現すべき価値と認識されていた。その価値の実現のために、社会も企業も再編されていった


日本であれば、地域コミュニティーの中核にあった地域商店街は、大規模なスーパーマーケットに取って代わられた。地域経済単位では、個性的に行われていた、贈与、ボランタリー経済、集団購入のような経済行為も、大規模な市場経済の効率化に飲み込まれて消えて行った。ところが、主としてインターネットを中心とするテクノロジーの進化が、このような産業化によって社会の表面からは消えて行った価値を取り戻す機会を社会や個々の人間に与えていると言ってよさそうだ。


最近、しばしば、ネガティブに語られることも少なくない、ネット系の技術進化とその影響も、このようにマクロで見ると、人間性の復古/復活に大いに寄与している側面がある。これは、もっときちんと語るべきことだと私は思う。少なくとも、産業化を『効率化のための画一化』の過程という点で見れば、インターネット時代は個性化の復権の時代である事は確かだ。


弁証法の法則一覧


このように、弁証法現代社会を予見するツールとして使える可能性があるとすると、それ以外の法則はどうなのかが気になる。再び、田坂氏の著作より、弁証法の『五つの法則』を引用する。


  • 第一の法則 ー 『螺旋的プロセス』による発展の法則

  世界は、あたかも、螺旋階段を登るように、発展する。

  現在の『動き』は、必ず、将来、『反転』する。

  • 第三の法則 ー 『量から質への変化』による発展の法則

  『量』が、一定の水準を超えると、『質』が、劇的に変化する。

  • 第四の法則 ー 『対立物の相互浸透』による発展の法則

  対立し、競っているもの同士は、互いに、似てくる。

  • 第五の法則 ー 『矛盾の止揚』による発展の法則


  『矛盾』とは、世界の発展の原動力である。



『未来を予見する5つの法則』P17

自分で読んで考えてみて欲しい


本書には、この法則による事例が沢山あげてある。そして、本の後半部では、実際にこの法則を生かして行った世界の将来の見通しについて、田坂氏自身の見解が披露されている。このあたりは、是非ご自分で手に取って読みながら、ご自分で考えてみることをお勧めする。田坂氏の見解に賛成するかどうかは、おそらく色々な意見があると思うが、少なくとも非常にダイナミックな仮説だと思う。その仮説に対して、自分は賛成できるのか、反対なのか。反対だとすると、どうしてそう思うのか。そう思う根拠は本当に正しいのか、というような思考実験をするのに最適だし、私自身今それをやっている。本書の後半は、理論の解説というよりは、一種の予言を思わせる言い回しなのだが、いずれも弁証法的に考えるとこうなるのが自然、というコンセプトが貫かれており、首尾一貫している。



各法則について


ここに上がった法則は、本当に、見れば見る程興味深い。例えば、『対立物の相互浸透』による発展の法則だが、私は都合3つの業界を経験して、その都度、個人的な興味もあって、各業界の歴史をかなり詳しく勉強してみたが、どの業界でもほとんど必ずこの法則が働いていると言っていい。そして、多くの場合過当競争になる。また、歴史的な典型例は、資本主義と社会主義だろう。今なら、自民党民主党か。(あまり卑近な例を上げると、多少強引な感じになるかもしれない。)


また、『量から質への変化』による発展の法則だが、インターネットではこの法則が間違いなく働いている。だからこそ、ネット系ビジネスに勘が働く人は皆、まず量を確保しようとする。量が劇的に増えると、質も劇的に変化するのだ。量が急拡大して、質が変化する時、弁証法の他の法則、すなわち螺旋的プロセスによる復活か、否定の否定による反転かが起きるということになる。


『矛盾の止揚』による発展の法則。実際に、業界という単位で見ても、矛盾が少ない安定した業界は、発展はしない。そして、終いにはカテゴリーキラーの標的となる。矛盾が多く対立ある業界は、しばし非常に活力がある。だが、それ以上にここから得られる教訓は、矛盾を解決するのに、単なる妥協でも、対立でもだめだということだ。『止揚』でなければならない。それが成功すると(結果的にではあっても)矛盾こそが発展の原動力であったことを真に実感できる。


止揚とは、『古いものが否定されて新しいものが現れる際、古いものが全面的に捨て去られるのでなく、古いものが持っている内容のうち、積極的な要素が新しく高い段階として保持されること』である。こういうマネジメントができれば、企業も国家も生命力を失うことなく発展することができる。



古典の重要性


大学を卒業するときに、私の年度の卒業生が恩師からもらった一言は、『年間に一冊でよいから、古典を読め』、だった。当時は、それくらい簡単と思ったのが、5年もたつとそれが如何に大変な事かを知り、10年もたつと、古典を読む事が重要と思えなくなる。だが、今は恩師の一言が如何に奥深いものであったかがわかる。また恩師に言われてしまいそうだ。『青年老いやすく学なり難し』と。

*1:

未来を予見する「5つの法則」

未来を予見する「5つの法則」