日本の中高齢層の覚醒を期待する

NTTドコモの夏野氏へのインタビュー


NTTドコモを辞めて、ドワンゴの常勤顧問に就任された夏野氏のインタビュー記事が面白い。というより、身につまされる。ここ数年の夏野氏の言動から、こういうこと(辞職)が遠からず起こるのではないかと思っていた。今回明かされたその理由は、ITの現場で苦闘する中堅・若手であれば、誰もが共感できるのではないだろうか。

ドコモで嫌というほど経験してきたが、日本は実現できる最新技術の積み上げや、組み合わせで商品やサービスが決まる。「これだけ高性能のCPUがあるから、メモリーの容量がここまで拡大したから」と、どんどん盛り込んでいき、最終製品が出来上がってしまう。これでは世の中を感動させることはできない。


 iPhoneに搭載されている技術はけっして最先端の技術ではない。しかし、iPhoneを触れば、アップルの「所有者にこんな体験をしてほしい」という意図や思いがひしひしと伝わってくる。日本の通信会社やメーカーの多くにはそういう思いや哲学がない。ドコモという組織では、アップルのような商品は生み出すことができなかった。


http://diamond.jp/series/it_biz_dw/10012/


やはり多くの日本企業は変わっていない


日本の携帯メーカーは、その時点での最新技術、最新性能を前提として、それを如何に盛り込むかという競争を繰り返してきた。そして、それなりに競争フォーミュラとして機能させてきた。しかし、日本の携帯電話市場自体が、今大変な曲がり角にある。早急にイノベーションを喚起し国際競争に勝ち残ることが出来る体制とする必要がある、という認識はそれなりに高まって来ていたはずだ。



ところが、現実の現場を見ると、結局、まだとても改革が始まっているとは言い難いのが実態で、夏野氏の発言は残念なことだが、それを裏付けている。これはドコモに限らず、日本企業の多くの現実に近い。一端成功したモデルを自己革新することほど難しいことはない。優良企業ほどそれが難しいというのが、クリステンセン氏の『イノベーションのジレンマ*1の指摘でもあった。痛みを伴う変革はやりたくないという日本の経営層の本音もなかなかに手強い。 


しかも、ここ数年の『好景気』は、一部先進企業を除けば、むしろ従来の日本の経営のやり方や、組織の改革を遅滞させ、変革すべき核心部分が温存されてしまった。最近では、新入社員や就職を控えた学生のマインドも、『終身雇用』を是認し、安定志向の学生を中心に銀行等の人気が復活しているという。パラダイス鎖国幻想と引きこもり願望が合体してしまったとも言える、忌忌しい事態だと思う。


幻想を幻想と知っている人はまだよいほうで、本当に何も知らないで、自分の成功体験だけが正しいと主張する、時代錯誤の経営者や中高齢者が実のところものすごく多い。彼らにとって、パラダイス鎖国は大歓迎だろう。その状況を維持するしようとする力学がどの企業でも働いているはずだ。それはそうで、これが変わってしまえば、自分たちがよって立つ基盤が崩れ、経営者もシニアの役職者も、その役を追われ、自分の成功体験を聞いてくれる若者も周囲からいなくなってしまうのだから。



『IT』をあまりに知らない中高齢層


今の時代の変革の象徴と言えば、『金融』と『IT』だと思うし、日本がまがりなりにも世界市場で競争しようと思うなら、好きか嫌いかは別として、『金融』と『IT』に係わる情報には精通しておく必要があると思う。ところが、日本の経営層、中高齢層のITに対する知識の無さは、IT企業にいてさえげんなりすることが実に多い。夏野氏のインタビューの下記の部分も、本当に実感をもって共感できる。



ドコモを辞めてからは、儀式的な会議やイベントがまったくない。また、少しもITをわかってない年配の人の了解をとるために無駄な時間を割くこともない。毎日が面白くてしょうがない。http://diamond.jp/series/it_biz_dw/10012/?page=3

日本の新聞の驚くような情報落差


最近、ジャーナリストの方々と交流できる機会があり、お話を聞くと、新聞社等のマスコミでも相当に落差/デバイドがあるという。若年層の新聞購読の減少が取りざたされるが、その理由の一つに、新聞情報ではITやネット系の情報はほとんど得られない、ということがあると思う。最近は、ITやネットに精通したアクティブなシニアも多いので、必ずしも、新聞=ITリタラシーのなさ=経営者/シニアと決めつけるのもどうかと思うが、年齢や立場に限らず、新聞が情報収集の中心という人にとっては、ITやネットで起きている事実をほとんど知らないとうことになる。


例えば、Diamond on line の連載で、野口悠紀雄氏の寄稿があるのだが、下記の部分など、かなり日本の既存のメディアの実態を象徴していると思う。最近、ネットでは大変な騒ぎになった、Googleストリートビューに関する検索についてのコメントだ。

Google ニュース」で「ストリートビュー」の新聞記事を検索してみると、8月12日現在、一般日刊紙でヒットするのは、毎日新聞8月4日と読売新聞8月8日の2つの記事だけであり、各社のサイトを検索すると、朝日新聞8月6日と日本経済新聞8月5日の記事があるくらいだ。日本でサービスが始まったことを伝える短い記事が多い。


これに対して、ニューヨーク・タイムズ(NYT)をgoogleと"street view"という2つのキーワードでand検索をすると、8月12日現在で416件の記事がヒットするgoogle、street、viewの3語の and検索をすると、streetとviewが別に表れる記事も拾うので、"street view"を検索語とする必要がある)。アメリカでのサービス開始は2007年5月末だから、単純に計算すれば1日あたりほぼ1件ということになる。そして、各記事はかなり長い(主としてプライバシーの問題を論じている)。

http://diamond.jp/series/noguchi/10037/


野口氏もおっしゃっているのだが、個人情報保護法について、日本のメディアはものすごい数の報道をしていた。今回のストリートビューもその問題の延長という見方もできなくはない。しかも、今後のネット系のサービスの持つ象徴的な問題を、リアル世界を巻き込んで大規模に提示したのがストリートビューなのだから、日本メディアがきちんと取り上げるべき要素は本来すべてそろっている。いったいどうなっているのだろう。


野口氏の記事の後段にも出て来るように、新しい検索エンジンであるCuil*2も状況はほとんど同じだ。(日本の新聞2件に対して、NYTでは実質約100件) 今年の初めくらいに、「ウェブを変える10の破壊的トレンド」(渡辺弘美氏著)*3を読んだとき、『ウィジェット』について、同様に日本ではほとんど認知されていないが、米国ではNYTに繰り返し出てくる、という話がどこかにあった記憶があるが、これも同じ問題だろう。確かに、ウィジェット自体は特殊な用語だが、問題は、すでに多くの日本企業にも非常に大きなインパクトを与えている、『バイラルマーケティング』を語る上での重要なキーワードがウィジェットなのであり、米国ではとっくにそういう認識が新聞メディアにも取り上げられて共有化されている、ということだ。おそらく少し詳しく調べてみれば、同じような事例は沢山出てくるだろう。



中高齢層が国を滅ぼしかねない


かなり変わったとは言え、日本の労働慣行はまだまだ年功序列的である。中高齢層が経営者はじめ、上級の役職を占めているケースが多い。このままでは、パラダイス幻想が世界的な不況の波にあらわれて消え去ると共に、さらに多くの日本企業が惨敗するのを見ることになるだろう。


今の日本の経営者層の多くは、太平洋戦争突入前後の日本の帝国陸海軍の軍人と大変よく似ている。ドイツやイタリアとの同盟に反対する、海外の情勢にも詳しい、海軍の米内光正海相山本五十六海軍次官らを、左遷し、米国との会戦についても、誰も明確な意思表明をしないまま、ずるずると突入する。今もそんなような雰囲気ではないだろうか。ソ連の軍備が大幅増強されていることに気づかず、ブリキの箱のような戦車で対抗して、記録的な惨敗を喫した『ノモンハン』のようなことがおきかねない。ソフト・ランディングできるチャンスを逃していると、最後に大きなハード・ランディンが待っていることになる。


日本経済の停滞の原因として、この年功序列の残る日本の労働環境、その中で過保護的に守られた中高年層の問題を以前から、城繁幸氏や池田信夫氏はかなり強い論調で非難されている。私個人的には、少々過激すぎるのでは、との印象もあるのだが、最近、時に自分自身同様のことを考えていることに気づいてはっとすることも多い。不合理をそのままにしておけば、日本経済は活性化せず、国際競争力も低下し、『階級闘争』的な気分が醸成されてしまうことになりかねない。その結果は、さらに縮小したパイを奪い合う、負の連鎖付きのゼロサムゲームだ。まずは、今起きている事を真摯に反省して、新しい時代を切り開ける、アクティブ・シニアとして生まれ変わる中高齢層が一人でも増えることを期待したい。


城繁幸氏のブログより
http://www.doblog.com/weblog/myblog/17090?TYPE=1&genreid=142253


池田信夫氏のブログより
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/87a589c70b31090d1f7557c9855d9d2b

http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/71999ea2fc0f85fdd89d7f516975bcda

*1:

イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press)

イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press)

*2:http://www.cuil.com/

*3:

ウェブを変える10の破壊的トレンド

ウェブを変える10の破壊的トレンド