若年層に見られる『成功者イメージ』の変化

若年層の職業観の変化


8月7日の私のブログキムタクの『職業ものシリーズ』ドラマから見える現代の職業観 - 風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観るは、速水健朗氏のブログエントリー【A面】犬にかぶらせろ!: トム・クルーズ映画から学ぶ中二病患者のハローワークを引用しつつ、現代の若年層の職業観の変化について書いたものだが、最近の若年層には、社会的な上昇を志す職業観が流行遅れになっていることは、明治期以降の立身出世主義のマインドが濃厚に残る両親や祖父母の影響を受けて育った私でも、ひしひしと感じるところである。


だが、本当のところ、どのように変化しているのだろうか。 


日本の若年層の明確なクリエイティブ志向


慶応大学の150周年記念行事として行われた『復活!慶応義塾の名講義』*1で、慶応大学名誉教授である佐野陽子氏の講義でのお話がわかりやすい実例となっており、大変興味深い。佐野名誉教授によると、最近の学生の『成功者イメージ』が従前と比較して変わって来ているという。下記の表は、佐野名誉教授が、嘉悦大学在学中の2003−4年に、ゼミの学生に各自成功者と思う人物を選んで卒業論文を書くように指示したときに出てきた人物なのだという。



佐野名誉教授自身もおっしゃっているのだが、一見してかなり違和感を感じる人が多いのではないだろうか。日経新聞私の履歴書*2という欄があって、主として政財界の著名な人物が取り上げられているが、従来の成功者はまさにここに登場するような人達であるというのが一般的なイメージだったはずだ。速水氏の言われる『社会的な上昇異動を志す職業観』 というのは、こういう人達のようになりたい、とするメンタリティーのことだろう。


現代の大学生の抱く成功者イメージは、これとは明らかな違いがある。 どうやら、『金銭/名誉/社会的承認/物的価値重視』より、『クリエイティビティ/自己追求的/脱会社的』な価値が重視されているようだ


中でも、クリエイティブ志向は明白で、ミュージシャン、小説家、料理研究家、格闘家、映画俳優/監督、漫画家等、カルチャー(およびサブカルチャー)系の分野の人物が数多く列挙されている。しかも、暗殺されたり(ジョン・レノン*3)、早世したり(ボブ・マーリー*4ジョー・ストラマー*5アンディ・フグ*6)、自殺したり(カート・コバーン*7)した人物も多く含まれており、従来の価値観であれば、このような人物が『成功者』とみなされることはあまりなかったはずだ。 佐野名誉教授によれば、『死んだ後も人々に影響を与える』ところがポイントと考えられるという。


日本に大きな物語が存在したころの、上昇志向的で周囲が期待する職業観を自ら受け入れていた時代が終わり、物語が消失し、各自が他者や世間の価値にとらわれることなく『自分探し』をせざるを得なくなった時代へ移行していることが裏付けられているように見える。


先進国に共通する職業観の変化


一方、海外ではどうなのか? 特に90年代以降急速に国力を落とした日本と比較すると、相対的に競争力を増した、アメリカやイギリス等ではどうなのだろうか。

佐野名誉教授の講義では、ジェームズ・ロバートソン氏の『未来の仕事』からの引用/まとめを資料として職業観の変化を説明されている。本が執筆されたのは、1988年と、若干古いが、ほぼ昨今の状況を言い当てているとされている。



『昔の仕事』の価値観は、日本と同様『金銭/名誉/社会的承認/物的価値重視』にあり、一方『未来の仕事』は『脱組織/自由裁量権重視/クリエイティビティ志向/精神的価値重視』等、厳密には日本の現状とはやや違いがあるように見えるものの、ほぼ同様の傾向が見られる。 


前回私が、速水氏のブログエントリーを引用した際には、あえて取り上げなかったが、このエントリーには、キムタクだけでなく、トム・クルーズの主演した映画での職業のことが出てくる。

トム・クルーズの職業もの映画路線も、物語としては大抵単純な成り上がりものではあった。若い男が可能性に挑戦して、挫折してみたいな。ただ、それは 90年代の冒頭くらいまで。トム・クルーズの場合、キムタク的に首相に登り詰めるという方向には行かず、加齢とともに方向を変え、自己啓発セミナーの講師(『マグノリア』)やクレーン技師(『宇宙戦争』)など、エキセントリックな職業の方向にシフト

こういった転向を見ると、ハリウッド映画でもかつての単純な成り上がりが受けなくなってきているのかな、などと思う。【A面】犬にかぶらせろ!: トム・クルーズ映画から学ぶ中二病患者のハローワーク【A面】犬にかぶらせろ!: トム・クルーズ映画から学ぶ中二病患者のハローワーク


どうやら、ロバートソン氏の指摘に見られるような変化が起きていると見ていいのではないか。



現実にあわせた制度設計が必須


クリエイティビティが重視されてきているということについては、私自身何度か取り上げたように、ダニエル・ピンク氏*8やリチャード・フロリダ氏*9等の最近の著作でも繰り返し語られてきたことであり、中国やインド等の新興国の台頭で、単純労働が国外流出し、自国ではクリエイティブ/イノベーティブであることを重視せざるを得ないという点では、先進国共通の問題ということなのだろう。


このような価値を体言する人達を重視することを前提に、社会のインフラや会社を整備していくことを時代が求めていると思うのだが、特に日本の場合、中高齢層を中心に、まだ旧来の価値意識の枠外が見えていない人も多く、若年層の意識とのギャップは大きい。その典型的な現れが、『泥のように10年働け』との訓示が若年層に反発と失笑を招いた経営者であろう。原価低減/経費カットほど恐ろしいことはない - 風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る そういう意味では、若年層のほうが敏感に新しい環境に反応していることが見てとれるのだから、中高齢層もこのマインドを大事に育てていくことにもっと意識的になる必要がありそうだ。