創造性とポジティブに考える習慣

日本企業のまじめさ(=暗さ)


日本の企業社会の雰囲気、風土は一昔前と比較すると、ずいぶんと柔軟になったという印象があるが、歴史のある大企業や大組織になればなるほど、過度な『まじめさ』に直面する事がまだ多い。特に、シニアの多い役員クラスで構成される役員会などでは、昔程ではないにせよ、冗談一つ言うのもはばかられる雰囲気があるものだ。出来る限りミスをしたり、不真面目だと思われないようにしたいという緊張した姿が目に浮かぶ。


若い世代は、上の世代と比較すると、一見まじめさがなくなって来ているとされ、何より勤勉ではなくなって来ているというのは、アンケート等のデータを見ても明かだが、景気の回復とともに、大企業、中でも日本の銀行への就職希望が増えたりすることを見ると、まじめさの遺伝子は若年層にも十分伝承されていることを感じる。特に、海外の企業、特にアメリカの西海岸の企業を訪問すると、日本企業の持つ、独特のまじめさ(暗さと行ってもいい)と、アメリカ企業の妙な明るさに、大きなコントラストがあることを感じる人は多いはずだ。


かつては強み、今は弱み


日本企業の、というより日本人のこの『まじめ』さが、高度成長期には、良い方向に活用され、製品の圧倒的な高品質化に大いに貢献した。そして、改善を積み上げることによって、日本の現場は世界一との評価を得る程に成長することになる。


だが、このところ、この気質は必ずしも良い方向に働いていないと感じる。典型的なのは、リスクに対する過剰反応だ。確かに、日本でも、アメリカでも、企業倫理や社会的責任を明らかに逸脱していると思われる企業の行動がこれでもかと言わんばかりに暴露され、これに対応するために、耳慣れない、消化もできていないような用語が沢山持ち込まれた。(CSRコンプライアンス等) しかしながら、大方の日本企業は消化不良をおこしている。それでも、大変まじめにこれに取組む日本企業の、テクノロジーの進化とともに、何もかも見える化を進めてトレースできるようにして、あれもこれもやめようというような施策は、二つの意味で自らの足腰を弱くしている。


一つは、テクノロジーに支えられた自動的な秩序維持は、企業の各個人に内発的に善悪を判断する能力を奪って行くという問題だ。社会も市場もどんどん複雑になる中で、しかも善悪の基準が変化し、マニュアル化されたコンプライアンス対応ではリスク排除はおぼつかない。各個人の内発的なリスク感知力を養って行かないと、秩序維持に莫大なコストがかかるばかりか、スピード重視の競争にはついて行けなくなることは明らかだ。


もっと重要なことに、過剰なリスク排除の裏側で、摘み取られた可能性、すなわち機会損失は、算定が困難であることから見逃されることが多いが、リスクを取ってチャレンジすることでしか生まれない創造性が育たない風土ができあがることによる、日本企業の競争力低下の損失は深刻だ。


現代の競争に一番重要なファクターである、スピードと創造性より、秩序維持とリスク排除を無意識に選択しているわけだ。そして、もっと深刻なのは、このことに気づかないままに、一方で、スピードとか創造性とかいうキーワードを持ち出すことで役割を果たしていると勘違いしている、多くの日本の経営層の想像力欠如だ。



創造力の源泉は楽しさ


御立尚資氏の、『戦略「脳」を鍛える』*1のP187に、面白い例が出ている。
下記の図表を見て、どのように感じるだろうか。この一輪車をどのようにすれば商品価値が上がるか回答せよ、というのが設問である。


皆さんの会社で、これを普通にやるとどのような反応があるかをしばし想像してみて欲しい。大抵は、『不安定』『使いにくい』というようなネガティブな意見がまず出て、次に改善方法について、漸次意見が出てくるというような風景がごく普通の日本企業(特に大企業)の反応ではないだろうか。(実際試しに、私の会社で試してみたところ、あまりに予想通りの反応だったのでかなりゲンナリした。) 


ところが、これをアメリカの小学生にやらせると、ごく自然にまずポジティブに考えるという。最初に出るのは、『他の一輪車と違って、かっこいい』という意見なのだそうだ。そして、斜面ぎりぎりに持って行って中の土砂を落とすときにこんな楽なものはない、という意見が出て、そのための改良法についても自然に出て来るという。 両者には本質的な違いがあることがわかるだろうか。


日本の企業に長くいると、すぐに物事を『リスクと改善』という枠にはめてネガティブに見てしまう傾向があることの一例である。創造性はポジティブさからしか生まれないのに、である。


『33人の否常識』*2に面白いエピソードが紹介されている。アップルがiPodシャッフルを発売した時のことだ。過去に、容量とバッテリー寿命に関するクレームで痛い目にあったため、同社の弁護団は、マーケティング担当に数々の免責事項をサイトに記載させた。ところが、こうした免責事項のど真ん中に、小さな灰色の文字で、『iPodは食べられません』と記されていたという。数週間後、この一文は削除されてしまったそうだが、何ともアップルらしいユーモアとゆとり、そして弁護士に対するちょっとした皮肉が見られて、実に面白い。自分の会社ではこれはできない、と感じるのであれば、創造性でもアップルに対して後手に回っていることを反省してみたほうがよいだろう。


ちなみに、数週間後に、この一文が削除されたのは、どうしてだろう。答えは簡単だ。『つまらないから』だそうである。

*1:

戦略「脳」を鍛える

戦略「脳」を鍛える

*2:

常識破りの組織に変える 33人の否常識

常識破りの組織に変える 33人の否常識