広告宣伝は変化から創造の時代へ

インターネットにより変化する広告宣伝


企業の広告宣伝/マーケティングの現場は、インターネットの浸透により大きな影響を被っている。企業がアプローチすべき消費者がものすごい勢いで変化しているので、これは当然のことだ。消費者に追いつけなくなったら、プロとしては失格である。ただ、実際の企業の広告宣伝マン、マーケターを見ると、変化が起きていることに気づいさえいない人、変化のスピードに青くなりながら必死でついて行こうとしている人、すでに変化というよりあたりまえのこととして自然に対応している人に大別できるようだ。これに業種によるステージの差も加わって、実際にはかなりの温度差がある。



日本の広告費と消費者のメディア接触のギャップ


近年の日本企業の広告費の内訳で見ると(電通データ)、2007年もインターネット関連は、前年比124.4%増加している。これに対して、いわゆる「マスコミ四媒体(テレビ、新聞、雑誌、ラジオ)広告費」(3兆5,699億円、前年比97.4%)は3年連続して前年を下回り、2007年も前年比97、4%という数字が出ている。しかしながら、それでも、構成比で観ると、マスコミ四媒体合計で、50.9%に対して、インターネットはわずか8.6%に過ぎない。(意外にプロモーションメディア広告費の構成比率が大きい) 

http://www.dentsu.co.jp/marketing/adex/adex2007/_media.html


一方、消費者のメディア接触はというと、日経リサーチが昨年実施した「テレビ・新聞・パソコンの利用時間帯」調査結果(調査対象:16歳〜69歳の一般個人男女、調査日時:2007年8月23日〜27日、有効回答数:5310人) によると、下記の通り、インターネットの比率はずっと高い。


インターネット利用とテレビ視聴は競合する! - CNET Japan


もちろん、これはマスコミ四媒体の内、テレビ広告の単価が圧倒的に高いという事情もあるが、それにしても、消費者のメディア接触行動に対して、企業の活動がまだキャッチアップしきれていない様子がうかがえる。今後とも大きな変化が起こる可能性があることを示唆しているように思われる。



消費者の質的な変化


消費者のメディア選択、およびそれに伴う接触時間という物理的な問題以上に、双方向メディアであるインターネットの影響は、消費者を質的にも大きく変えてしまった。インターネット出現前と比較すると、消費者は情報過多とも言える情報を持って企業の発信する情報(広告/広報等)を精査する。広告は丸裸にされるわけだ。ブログやSNS*1と言った、情報発信手段を持ったことによって、様々な商品情報を発信する。実際に買った消費者から様々な情報が出てくる。製品の欠陥、サービスの対応の悪さ等、ネガティブな情報を企業が秘匿することは事実上不可能だ。しかも、なまじ秘匿するような所作が見えると、それを大きくたたかれて、実際の意図を超えて大きな被害を被ることも珍しくない。逆に、企業側のクレバーな広告宣伝によって、実際の商品の技術の善し悪し、スペック等を超えて、逆転する可能性もまた大きくなって来ている。企業の姿勢、スタイルに引かれて物を買うということは昔からあったことだが、その振れ幅はずっと大きくなって来ている。



AIDMAからAISASへ


従来、広告宣伝、マーケティングに関わるものは、黄金律の一つとして、AIDMAの法則*2 を使って来た。(サミュエル・ローランド・ホール氏によって提唱された消費者の心理のプロセスモデル。彼が活動したのが、1920年代というから、相当に古くから使われて来たことになる。これは、消費者の購買に至るプロセスを細かくわけることで、最も効果的な対応策をうつために考案された分析だ。この多少の応用系を含め、広告宣伝やマーケティングに関わるものの、『イロハ』と言っていい。

AIDMAの法則(アイドマの法則/AIDMAモデル)


ところが、これに対して、『ホリスティック・コミュニケーション(秋山隆平×杉山恒太郎 宣伝会議)』で紹介された理論で、インターネットを活用する消費者は、Attention(注目・注意)ー Interest(興味・関心)ー Seach(検索)ー  Action(行動・購入)ー Share(共有)と、興味・関心を持ったら、ネット検索で情報収集をして、それから商品を購入し、さらにその後に、その商品についての感想等をブログやSNSを通じて共有する、というパターンこそ、現代の消費者の典型的な行動だとする。(AISAS)


確かに、自分や自分の周囲を見回すと、まさにこの行動は現代の消費者の典型行動例と言えそうだし、ますますそういう行動を取る消費者は増えていると思われる。もちろん、商品によっては、ほとんどこのような検索もされず、テレビ宣伝や店頭情報の影響力のほうが大きいケースも考えられる。このように詳細に検討すれば、例外は沢山見つかるとも思われる。しかし、Seach, Share の介在は消費者のマインドから行動パターンまで劇的に変化していることをよく捉えたモデルであることは確かだ。(『AISAS』というのが、その後電通により商標登録されたため、マス媒体にあまり出てこないとも言われる。)



広告宣伝の質的変化


広告宣伝マン、マーケターにとって、単なるメディアのバラエティーが増えたということに留まらない。(このあたりはどうもまだ勘違いが横行している)  Notice からCommunicationへと大きな質的転換を遂げていることを知ることが需要だ。しかも、もはや企業の情報提供者という高い目線では、消費者とコミュニケーションを取ることはできない。今の消費者が、物やサービスを買うときに、どのような手段で情報に接触し、どのような情報交換をして、どのような判断に基づいて購買に至っているのかということを単純なモデルや旧来の常識にとらわれること無く、観察し、考え抜くことが必要になってきている。もちろんこれは、旧来の媒体からインターネットへシフトというような単純なものではない。消費者の行動をよく観察した上で、最適ミックスを再検討すると、旧来のメディアの役割があらためて重要になる局面も考えられるだろうし、その場合、ミックスというよりは融合がより有効なことも大いに考えられる。


昨今話題になってきている、デジタルサイネージ*3など、映像による広告宣伝マテリアルを店頭等のユーザー接点で流すことで、より消費者の購買行動に密着した広告を可能にすると考えられているが、まさに、テレビCMコンテンツ制作、店頭販促、デジタル広告技術が融合している。これに、ケータイ電話を融合させるアイデアは、さらに新しい『融合広告宣伝』を生んで行くだろう。もちろん、店頭、街頭、電車内などリアルについても、あらゆる融合に可能性がある。


また、消費者行動の変化という点で興味深いのは、上記のデータに見られる通り、テレビをつけている同じ時間に、パソコンやケータイを立ち上げて、テレビを見ながら知りたいことがあれば、すぐに調べるというような、『ながら視聴』が非常に多くなっている点だ。これなど、広告宣伝を提供する側から見れば、テレビにはより最適な役割を与えつつ、パソコンやケータイとうまく連動していく広告宣伝手段に新しい可能性があることを示唆している。まだ始まったばかりだが、テレビのメタデータを利用して、パソコンやケータイとリアルタイムに連動させていくことも予想以上に効果が期待できそうだ。



インターネットのコミュニケーション研究がもたらす大成果


これに、インターネットのコミュニケーションという点では、最前線にある、ブログやSNS*4(もちろんケータイが主流になって行く可能性が高い)の手法を組み合わせて行くことで、考えられる可能性は無限と言っていい。もちろん、固有の難しさやリスクもあることは事実だが、補ってあまりある可能性があると思う。こうして見ると、広告宣伝やマーケティングには、創造性の時代が来ていることがわかる。


そのためには、これらのメディアの特性やそれに関わるユーザーの行動を良く観察しておく必要がある。従来の常識では考えられなかったようなことが起こっているのもこうしたメディアの特徴だからだ。最近、ブログやSNSの運営がプライバシーの扱いの難しさ、マネタイズの難しさ等により、労が多い割には益が少ないのではないかということを言う人もいる。だが、今の時代の広告宣伝戦国時代を制して、次世代の広告宣伝、マーケティングを主導できるのは、こうした運営によりユーザー特性を掴んだ者こそ、と考えられる。今の苦労は、必ず報われる。できれば、ブログやSNS運営を狭い範囲で見すぎず、四媒体、販促活動等を含めた全体的な変化にまで視野を広げて、大きな勝利をつかみ取ってもらいたいものだ。