原価低減/経費カットほど恐ろしいことはない 

泥10問題


IPAイベントにて:「10年は泥のように働け」「無理です」――今年も学生と経営者が討論 - @IT


この記事で報道された所謂、『泥10問題』は、一度大きく盛り上がっただけでは収まらず、深く広く影響が波及しているようだ。私も、5月11日付のエントリー夢ある日本のIT企業として世界と勝負するには - 風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観るで、日本のIT業界の現状についてまとめていたのだが、今回の騒動を見ていると、やはり本当に根深い問題があることを再認識させられる。そして、IT業界に典型的に現れている問題ではあるが、けしてIT業界だけの問題ではなく、日本全体、日本の経営者全般について該当する本質的な問題と言えるだろう。世界の中で、急速に競争力を落としている。下記、2007年のIMDの国際比較を見ても24位と中国(15位)や台湾(18位)と比較しても低く評価されるような状況である。


ここしばらくの日本経済は、好調な世界需要と資源高等の恩恵を受けた会社を中心に、ミニ・バブルを謳歌したが、すでにそのささやかなバブルも崩壊の兆しが見えてきている。外需を当てにして、経営体質改善を先送りした企業は、これからまたシビアーな場面に引き戻されることは確実だ。


今まだ経営者ではないが、経営者予備軍の人たち、また将来を担う若い優秀な人たちは、今起きていることを十分に分析して、何をここから学ぶ必要があるか、ということに真剣に取り組んで欲しいものだ。今の時代の日本企業の経営というのは、正直なところ大変な仕事だ。『泥10問題』と揶揄はしても、いざ自分が取り組む段になると、あの激務を責任を持って取り組む覚悟のある人がどれだけいるだろう。でも、どうしても取り組まないといけない。そして、実際に経営に関与しない人も、ことの本質を十分に理解して、もっと高い目線を持って、目前の仕事のやり方や、自分のキャリア形成を考えていくことが望まれる。経営者も変わらないといけないが、従業員もクレバーになってこそ、今回のような問題に対する本当の解決策が見えてこようと言うものだ。


経営者の問題については、すでにあまりに多くの提言、指摘が出ているので、それをここで繰り返すつもりはないが、意外と盲点になりがちでありながら、気をつけないと『泥10経営者』と同じようになってしまいかねない、と私が常々考えているポイントをご紹介したい。是非、自分自身の問題として考えてみて、まず自分の身の回りから改善していって欲しい。


今回は、原価低減/経費カットに関して、実際に企業で起きている事例を紹介して、解説してみたい。



事例集


原価低減は会社経営をやるからには、どうしても避けて通れない重要な課題なのだが、これほどの罠に満ちた活動もまたない。今の時代、ここに潜む危険をきちんと理解できるかどうかが、かなり決定的な差になっていくと考える。あなたの身近にもきっと同じような事例が見つかるはずだ。



管理部門を縮小し経費を一律カットする


現代は何よりスピードが勝負を決めてしまうことが多い。Big eats small. ではなく、Fast eats slow. なのだ。組織で仕事を取組むのなら、何よりその組織のスピードを上げるためにこそ管理部門は最大限働く必要がある。よい人材を採用しモラルを上げるために最大限人事が働くこと、原価低減や原価管理の合理的で納得感のある仕組みを作り上げてスピーディーに運用できる経理部門を持つこと、いずれも組織のスピードを上げることに寄与するはずだ。直間比率のような単純な数値だけみて、管理部門を縮小したり、管理業務を慣れない事業部門に持って来て実質的に効率を落としてしまうようなケースは日本の会社にはよくあるが、これほど会社の競争力を毀損することはあるまい。確かに、BPO*1を含むアウトソースの活用は需要課題だが、この本質を知らず、組織の体質改善をせずにに丸投げすると、組織全体が機能不全となりかねない。


考えてみるべきこと: 場合によっては人件費や経費をおしまず業務のスピードを上げる(優先する)
 


退職率が上がっている中では、社員教育は無駄になるため、お金を使わない(OJTで安上がりにすまそうとする)


従来日本企業は、教育と言えば、OJTとノミュニケーション(『飲む』と『コミュニケーション』を合わせた造語)に頼って来た。これは右肩上がりの成長が見込め、均質で優秀な大学卒男子を一括で毎年採用し続けることができたときには、有効に機能した。しかしながら、バブル崩壊後は、ほとんどの会社では、毎年の採用数は大きくばらつき、ほとんど採用しないというケースも多く見られた。その結果、年次ごとの人数はバラバラとなり、職場によっては、何年も新人が入ってこないというようなケースも珍しくない。それでは、OJTは成り立たない。年齢や業務の経験年数が離れすぎると、職場での教育というのは難しい。前後に先輩後輩が均等にいるケースでこそ成り立つ。しかも、若年人口自体が減ってくることは既に確定しているのだから、これからは、女性、外国人、中途入社、派遣社員等、大卒一括採用ではない社員を活用しなければならない。このような環境でどうやってOJTができるのか。当然、ノミュニケーションのほうも難しくなる。Diversityが極めて重要になってくる。


確かに日本の労働者の退職率は高くなってきているが、日本よりはるかに退職率が高い米国でも、労働経費全体に占める教育費の割合は日本より圧倒的に高い。というより、日本は先進国比較で見ると、最下位の部類だ。米国でさえ、教育投資に消極的な会社は、忌避される傾向があるため、有能な社員を確保するためにこそ、教育投資をしっかりとやる。GEなどその代表格で、前CEOのジャック・ウェルチは、自分の時間の15%を社員や経営者候補に対する教育に使うと豪語していた。クロトンビルでの徹底的な教育も有名である。

ちょうど良い資料がなく、米国の数値も入っていないが、教育投資の国際比較につきグラフを添付しておく。
http://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2005/2005honbun/html/H3142000.htmlより引用。


考えてみるべきこと: 教育投資は開発投資と同様にある程度の無駄を覚悟の上でコンスタントにしかも現状より規模を大きく行う(外部教育も積極的に取り入れる)



有能な社員に仕事を集中させ無能な社員はクビにする 


経営者が社員にバカにされるような会社では、どのような状況であれ、優秀な人材からいなくなるのが常なので、都合良く優秀な人材だけ残して、無能で不要な社員だけクビにするということは基本的に難しい。かりにこれができて有能な社員だけになったとしても、仕事は付加価値が高いものばかりではないから、本来高付加価値を実現できる有能な社員に、付加価値が低い雑務をさせて、忙しくすることになる。すると、どういうことになるかというと、大方重要ではないが緊急性の高い業務に優秀な社員が忙殺されて、モラルが下がることになるだろう。そして、緊急性が高くないが重要な仕事はどんどん後送りされることになる。早晩この会社は成長できなくなり、優秀な社員は雑務に疲れ、モラルダウンしてやめていくことになるだろう。もしかしたら、優秀な社員の定義を間違っているのかもしれない。優秀な社員とは利益率の高い仕事を創りだして実現する者のことを言う。そんな存在に雑事をまわす会社がどうやって生きのびて行けるだろう。優秀な社員は一見暇なくらいにしておくことが重要だ。


考えてみるべきこと:有能な社員は次代の有望な事業の構想や有力顧客開拓を行う余裕を与え、付加価値の低い仕事は給与の安い能力の多少劣る社員にやってもらう



不動産経費が高いから本社を安いところに引っ越す 


特にこれから優秀な人材に残って働いてもらいたいのであれば、会社の場所を賢明に選ぶことは極めて重要だ。クリエイティブな仕事ができる人材は、仕事をする場所を選ぶ傾向がある。『クリエイティブ・クラス』*2でも指摘されているように、特に今後は一層そういう傾向が出てくると考えられる。シリコンバレーの実例に見られるように、近接する場所の有能な人材どうしが交流することで、それぞれの会社の事業自体が活性化し、新しい事業が生まれてくるような、そういう時代がやってこようとしている。IT技術により場所と時間を超えることができるのは一面の事実だが、反面、リアルの交流のもたらす効果が無視できないどころか、活性化の鍵を握っていることも確かだ。最近の事例で言えば、はてな近藤社長が海外に渡り、最終的には帰国してしかも本社を京都にもどした一連の動向がある。会社の場所は、経費の高低だけで決めてよいものではない。もちろん、見栄をはって分不相応の場所を選ぶことは逆の意味で会社を崩壊に導くことは忘れるべきではない。


考えてみるべきこと: 人材が最も生かされて成長できる場所を本社に選ぶ


まだ、時間を書ければ沢山思い出しそうだが、今日のところはここまでにしておこう。このエントリーを読まれた皆さんも、同様な事例があれば是非ご連絡いただきたい。

*1:情報システム用語事典:BPO(びーぴーおー) - ITmedia エンタープライズ

*2:

クリエイティブ・クラスの世紀

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