iPhoneは日本で売れる? 売れない?

iPhoneインパク


とうとうアップルのiPhone が日本でも発売されることが決まって(というより正式に発表がある前から)、非常に多くの人がこのことを取り上げ、数多くの評価記事や予測記事が出ている。どの記事も、本当に面白くて、中には非常にためになるものも多い。今や、Googleと並んで、世界で最も影響力のある会社の一つと行ってもよいアップルの動向と、過去10年で日本の市場を劇的に彩って来た携帯電話市場への参入であることが相乗効果となって、特に市場の『イノベーター』や『アーリー・アダプター』たちの盛り上がり方はすごい。


こんなに皆が熱くなっているところに、中途半端なエントリーを上げると、集中砲火を浴びることになりかねないが、せっかくなので発売発表の報道以降の現状について自分なりの感想を書いてみよう。



iPhoneは日本市場で売れる?


ニュース記事にしても、多くのブログにしても、『iPhoneは日本では売れるのか?』という比較的単純な問いが多いことに、実は少々違和感を感じる。というのも、こと販売に関する問いである限りは、目標設定次第で評価は全く変わってしまうからだ。『ターゲットが誰で、価格設定はどのくらい、シェアをどの程度取って、最終的なモデルライフとしての販売総数をどの程度見込むか』この設定次第で、成功と失敗の評価は180度変わることもおおいにあり得る。


ただ、ことアップルの製品に関する限り、成功と評価できるためには、このような通常の商品導入の目標と評価を前提としているのではない、という声も聞こえてきそうだ。そうだとすると、この声が前提とする目標は、おそらくこういうことになるだろう。『今までの携帯電話ユーザーの枠を大きく超えて、カテゴリーキラーの役割を果たして従来の携帯電話の使用目的を大きく変えていく。あるいは、カテゴリー・イノベーションを起こして新しい市場を創って圧倒的な販売数量を実現すると同時に、日本に新しいケータイ文化を創造する』


確かに、先日私が書いた、『カテゴリー・イノベーションカテゴリー・イノベーションとは - 風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る の現代における旗手とも言えるアップルだから、これくらいのことをおこさなければとても成功とは評価できない、という、アップルに期待と夢を感じる人たちの気持ちは、かなりの部分私の心情とも重なるので、非常によくわかる。携帯電話というより、PDA、写真/音楽/動画等のプレーヤー等としてのバランスもよさそうなので、そういうい可能性も十分に感じさせてくれる。


しかし、ここでは取り敢えず、現状の日本の携帯電話の市場で、iPhoneが大きな市場を取ることができるのか、特に既存のユーザーがiPhoneに乗り換える形での、シェアの奪取が可能かどうか、ということに注目してみたい。



日本の携帯電話市場でiPhoneキャズムを超えられるのか?


米国の社会学者エベレット・M・ロジャーズ氏のイノベーションの普及理論および、およびこのロジャース氏の普及理論をベースに、ハイテク製品においては、アーリーアダプターとアーリーマジョリティの間には「深く大きな溝」(キャズム)があるとしたジェフリー・ムーア氏の理論を援用させていただく。*1



iPhone のブログ記事を書くような層は、一般的に言えば、イノベーターないしアーリー・アダプターであることは確かだ。彼らは今回最もiPhoneを購入する可能性が高い層と一応言ってよいだろう。そうだとすれば、この場合のアーリー・マジョリティーにその熱気が飛び火して、いわゆるキャズムを超えることができれば、iPhoneは日本の携帯電話市場で大きなシェアを取るということが可能になるわけだ。


だが、私はここで、非常に曖昧な言い方をしたのだが、そもそも日本の携帯電話市場のメインの母体を前提とした時、イノベーターとアーリーアダプターが誰なのかというのは、意外に難しい問題だ。それは携帯電話のヘビーユーザーとは必ずしも重ならない。ヘビーユーザーは女子学生等の若年層と思われ、この層はロジャース氏の分類で言えば、レイトマジョリティーないし、ラガードに属するとさえ考えられる。しかも、iPhoneは、パソコンのサイトを見ることを前提として、いわゆるスマートフォンにカテゴライズされる商品のため、日本の携帯電話市場の中では、ニッチ商品というべきだ。それでも、携帯電話に対して、技術的な指向性が強い層であることは確かなので、スマートフォンに興味を強く持つグループを中核とした層を、携帯電話市場のイノベーターとアーリーアダプターと見ることは可能だと思われる。


では、この前提で、iPhoneキャズムを超えることができるだろうか。


現在のところ、それは難しいと考えるのが順当だろう。それには、次の3つの理由がある。

日本の携帯市場というのは、普及という意味では若年層だけでなく、すべての階層に普及しているわけだが、いわゆる『ケータイ世代』と言われる若年層が明らかにボリュームゾーンだ。彼らは、パソコンからはアクセスできない、パソコンしか扱わない層にはたどり着けない情報に自由にアクセスしている。逆に言えば、パソコンを使いこなすパソコン世代は、携帯電話で起きていることをほとんど知らない人が多い。最近でこそ、携帯電話中心のSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)である『モバゲータウン』『グリー』等のテレビ宣伝が話題になっているが、それ以前には携帯電話の情報は、パソコンにもテレビにもほとんど出てこなかったのだから無理もない。大雑把に言えば、パソコン世代→アーリーアダプターの母体、ケータイ世代→アーリーマジョリティー/ラガードの母体と考えられる。とすると、大きな断層、すなわち『キャズム』がありそうだ。


パソコン世代は、携帯電話のサイトだけでなく、パソコンのサイトも見やすいスマートフォンには興味を感じる人が多い。携帯電話の進化のあるべき方向だと信じている人も多い。また、外出時に携帯性がよくて、パソコンとの情報共有が可能な携帯情報端末PDA)のユーザーもここの層に多い。彼らにとって、携帯電話はパソコンがないときの代替手段だ。当然、その代替手段が美しく、携帯性がよく、機能性もよく、しかも安いということになれば、欲しくなるのは当然と言える。


だが、ケータイ世代はどうだろう。彼らにとって『ケータイ』はけしてパソコンの代替手段ではない。そしてそのメインの目的は、パソコンのサイトを見ることでも、画像や動画を見ることでもなく、メールやSNSを中核とするコミュニケーションだ。しかもSNSによるコミュニケーションは、多くは匿名のテキストによるコミュニケーションである。もちろん、音楽を聞くのにも使うし、写真を撮ることにも使っているが、あくまでコミュニケーションの目的があってその補完的な役割に音楽や写真画像がある。(このあたりのことは、私のブログエントリー 携帯電話と若年層のコニュニケーション革命 - 風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観るでも述べておいたので、ご参照いただきたい)


ついでに言えば、プッシュボタンを使う『おやゆび入力』が入力のデファクト。理屈抜きにこの方が使いやすいと本当に感じている大きな層があることを認めざるをえない。 こういう若年層を中心としたケータイ世代がたとえ2台目としてであっても、PNDスマートフォンにそれほど興味を持つとは、今のところ考えにくい。現実に、日本ではPDAスマートフォンキャズムを超えた事例はないと言って良い。


さらに言えば、アーリーアダプターであっても、iPhone の機能や用途を考えた場合に、これから比較対象となると考えられるのは、格安の携帯型ミニパソコンのほうだろう。ちょうど、最近工人舎のパソコンを購入した湯川鶴章さんのコメントがこのあたりの事情を象徴している。

僕も、googleのサービスが次々とケータイで利用できるようになっているし、工人舎のミニノートを買ってからは、windows mobileは持ち歩るかなくなった。もちろんwindows mobileiPhoneは違うんだけどさ。
言いたいことは、カバンのないときはケータイでネットアクセスするし、カバンを持つときはミニノートがあるので、その中間に位置する機器は機能が中途半端なんで不要になったということなんだ。
ということで多分iPhoneを買ってもそれほど利用価値はないと思っている。

http://it.blog-jiji.com/0001/2008/06/iphonecnet_72fa.html



KOパンチではなくボディーブロー


ただし、日本の携帯電話市場の現状の市場占有者にとって、iPhoneが即効性のあるKOパンチにならないとしても、重いボディーブローとして効いてきて、いつしか彼らを動けなくしてしまう、という意味でのインパクトは十分以上にあると思う。そして、日本の電機業界にとって本当に恐ろしいのは、アップルがこれから実現していくであろう、ネットワークのほうだ。iPhone/パソコン/iPod/iTune/テレビ/テレビリモコン/データ保存手段・・・。いつしか日本人はすべてのネットワークの中核にiPhoneを握っている自分に気づくことになるかもしれない。後で振り返って、破壊的なインパクトを及ぼしたiPhone も導入時には比較的静かだった、というようなことが伝説として語られる、そんな未来は大いに実現性があるように思えるのだが、どうだろうか。