カテゴリー・イノベーションとは
■次元の見えない競争
次元の見えない競争のことにふれたまま、過当競争を抜け出るために - 風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る 『可視化の毒』と『見えない』競争の重要性 - 風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る他の案件ついて書いているうちに、随分日が経ってしまったが、コモディティ化と過当競争のラットレースからどのように抜け出るべきなのか、可視化の罠にはまらないためにはどうすればよいのか、ということは、私の当面の中核的な課題でもあるため、繰り返し書いて行きたい。ブログだとどうしても断片的になるが、ある程度まとまったら、ブログ自体を整理して興味のある人にわかりやすい形にまとめておきたいと考えている。
この次元の見えない競争だが、前回も書いた通り、一橋大学大学院の楠木健氏の著書『イノベーションを生みだす力』*1から引用させてもらいつつ、私の論考を重ねて見たい。著書の初版は2007年の1月10日とあるから、実際の事例は2006年後半頃の時点が前提となっていると考えられるが、その頃と今を比較しても、より一層ここで書かれた内容通りの状況が数多く見られるようになって来ている。
■イノベーションの分類
今回は、イノベーション、特に『カテゴリー・イノベーション』の重要性について見てみたい。
『イノベーションのジレンマ』*2で有名な、クレイトン・クリステンセン教授は、イノベーションを3種類に分類している。(イノベーションを生みだす力 P104ご参照)
維持型イノベーション
既存の次元でより良い製品を追求するイノベーション。技術的、物理的限界にいずれは突き当たる。顧客の認知的な限界のすぐに超えてしまう。
ローエンド破壊型イノベーション
より低コストの技術で過剰生産につけ込む。パソコンのデルが典型例。コモディティ化こそが勝利の源泉。但し、勝者は一人だけ。
新市場破壊型イノベーション
新しい物差しを見つけて、今までの価値次元を転換する。カシオのデジタルカメラの『EXILIM』*3が代表例。画素数を抑え、軽くて薄い価値を訴求した。これまでカメラを使わなかった人にもアピールしてヒットした。
『ブルーオーシャン戦略』によって提案された、『バリュー・イノベーション』すなわち、価値を再定義して、競合他社が追求していない、新しい価値次元への乗り換えをはかって今までの競争から抜け出そうという戦略は、上記3の新市場破壊型イノベーションの一種と言える。
楠木氏が強調するのは、ここで分類されるイノベーションがすべて次元が見えやすく、脱コモディティの決めてにはならない、ということだ。最初は好調だった『EXILIM』も、薄さ/軽さという価値は可視性が高いため、あっという間に競合他社が参入して優位性はなくなってしまった。
■次元の見えないイノベーション
では、価値次元の見えないイノベーションはどうやって実現すればよいのか。
楠木氏は今度はイノベーションを4類型に分類する。(イノベーションを生みだす力 P112ご参照)
性能イノベーション
属性そのものがよく見えるイノベーション。お茶で言えば、いわゆる『おいしいお茶』。次元は非常に良く見える。
用途イノベーション
例として、『ヘルシア緑茶』。 従来のお茶を飲む行為とは違う用途として、体脂肪を抑えるという用途を訴求している。用途の目先は変わっているが、次元は見えやすい。
感性イノベーション
例として、サントリー『伊右衛門茶』。感性の部分は次元が見えにくいが、お茶という属性では変わらない。
この3つの例では、まだ競争の次元は『見えやすい』。
そこで、
カテゴリーイノベーション
例として、『スターバックス・コーヒー』。用途の文脈を新しくすると同時に、これまでの属性の物差しから離れて、しかもその物差しが見えにくいイノベーション。コーヒーそのもののクオリティを上げて、同時にリラックスする空間を提供する。スターバックスによって、コーヒーはリラックスする時に飲むもの、という新しいカテゴリーが創造された。
さらに具体的な比較として、ゲーム機が取り上げられている。 画質の良さという属性を追求してものさしが見えやすいソニーのPSP*4に対して、機能は劣るが新しいゲームのためのデバイスというカテゴリーを切り開いたニンテンドーDSはカテゴリーイノベーションだという。 確かに、ニンテンドーDS発売当初は、何が良いのかよくわからなかった。通常ゲーム機というのは、発売された直後にライフトータルの販売数のほとんどを稼ぐ商品として知られているが、ニンテンドーDSは発売されてから2〜3年経ってもさらに販売が伸びて行くというゲーム機としては非常に特殊なパターンをを示している。(ニンテンドーDSについてはまた別の機会に詳しく分析してみたいと思う。)
その後、同様のことが、ソニーのプレーステーション3とニンテンドーのWiiでも引き継がれたようだ。圧倒的な機能向上で非常に美しいグラフィックを追求したソニーのPS3*5は、まさに見えやすい属性のイノベーションをめざし、Wiiは非常に評価しにくく、見えにくい次元を持って、カテゴリー・イノベーションを成功させた。本来ソニーは、『ウォークマン』のようなカテゴリー・イノベーションが得意な会社だったのだが、いつのころからか『合理的』な経営が標榜され、事業評価の指標ににEVA(経済付加価値)の導入といったような、『見えやすい』経営の方向に向かって行った。一方、ニンテンドーは、一貫して首脳陣からも『ソフトの経営はハードの経営とは違う』、『ニンテンドーは面白いゲームを追求する』という発言が繰り返され、『可視化しにくいが重要な価値』に会社をあげて取組んでいた。すなわち、経営のレベルで両者が全く違っていたようなのだ。
■可視性の罠
ニンテンドーの株式時価総額は、今やソニーの倍以上、トヨタに次ぐ堂々の第二位である。経営の質としても、ソニーに対して、ニンテンドーが圧勝したと言えそうだ。ただ、以前にも書いたし、楠木氏も繰り返し、強調されているのだが、会社というのは、そもそも可視性の罠にはまりやすい。
P115
会社はものさしが見えることをやりたがる傾向にある。なぜかと言えば、競争の中では、ものさしがあるほうがモチベーションが上がるからだ。他社が計量・小型化戦略で来るなら、我が社もがんばれと号令をかけやすいのだ。顧客も初期段階においては、ものさしがあるほうが、ニーズを表現しやすい。顧客の声を聞けと言って、アンケートなり、インタビューをしても、いきなり新しいカテゴリーを言ってくれる顧客などいない。顧客の声をまじめに聞けば聞くほど、次元の見えるところで、イノベーションをしたがるのである。一番大きな圧力というのが(中略)内部組織の圧力である。資源投入や資源配分を受けないと推進できない。意思決定するときも、ものさしがあったほうがしやすいという側面がある。可視性の罠(ビジビリティ・トラップ)ー見えるほうに流れてしまうーこれを繰り返していると、結局ものさし上の競争になって、コモディティ化が進むということになる。
では、ニンテンドーに代表されるクレバーな経営ができる会社になるためには、どうすればいいのか。このあたりは別の機会に分析してご披露したいと思う。
*1: BBT ビジネス・セレクト4 イノベーションを生みだす力 (BBTビジネス・セレクト)
*2: イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press)