群衆の叡智サミット2008に出席して

サミットの概要


5月21日、群衆の叡智サミット2008ー(WOCS2008 Spring)に出席してきた。 これは、昨年11月に開催された、『群衆の叡智サミット2007』に続く第2回目で、場所は前回と同じ東京丸ビルホール&コンファレンススクエア7階「丸ビルホール」。「メカニズム - WOC inside」と「活用のポテンシャル - WOC around」の2部構成で、それぞれ粒選りのパネラーを迎えて行われた。*1


当日は、Ustream.tv を介したライブ中継が実施されており、公開サイトから内容を見ることができるようだ。であれば、まず実際に観ていただくのが一番いい。
USTREAM: WOCS2008Spring: http://techstyle.jp/wocs/2008spring/ .


前回は、まだこのサミットのバイブルとも言える、ジェームズ・スロウィッキーの著書、『みんなの意見は案外正しい』*2から、エピソート紹介が沢山あり、会場も、私自身も、非常に神秘的な現象を目の当たりにする驚き、とでもいうような雰囲気に包まれていた印象があるが、今回は、どちらというと、群衆の叡智の存在をある程度認めた上で、実際にどのように活用されているのか、また活用するべきなのかという、かなり具体的な観点から議論が展開された。特にその俎上に乗ったのは、集合知の成功例としてのオープンソースソフトウェア、集合知を収集するメカニズムとしてのブックマークのようなサービス、SNSやブログの利用による社内/社外の知識の共有とイノベーション発生の場づくり、および予測市場(Predicion)のような新しい試み*3だったが、その他、Q&AサイトやWikipediaのようなサービスもしばしば言及されていた。


今回は、具体的な事例の問題点や限界等についても非常に率直に語られた結果、業務の改善や追加的価値としていくための活用のありかた、いわば現実的な活用方法に話が集約されていった印象だった。そういう意味では、オープンソースに10年も前から本格的に取り組んだIBMの驚くべき決断力とその秘訣、NECや日立、マイクロソフトの実例からのヒント等、参考になるお話が沢山あった。



前提条件


ただ、総じて、本来議論の前提条件として分けて考えるべき二つの概念が、時折混同されるているのが多少気になった。これは、Heatlogic*4やチミンモラスイ?*5等のブログですでに指摘されていることでもあるが、群衆の叡智を分析したり活用するにあたっては、最低限、次の二つの概念を層別しておく必要がある。

Collective Intelligence集団知能      

   → オープンソースソフトウェアの取組みのように、専門分野に多くの優れた知能を
     集合させて行くことで成果を得る試みが対応。


Wisdom of crowds: 複数人の知恵の集合 

   →  超優秀なひとり(ないし集団)より、ある前提条件を満たした集合がより優れた
      知恵や洞察を生む事例が対応。

Collective Intelligence 


Collective Intelligence には2つの観点がある。 一つは、製造業の垂直統合型を水平分業型に変えて行くような組織改革の一環として利用するケース。会場でも例として示された、ボーイング787(分散型で予想できない人たちのコラボレーションで製造された成功例)等の成功事例がある。山口氏(駒沢大学グローバル・メディア・スタディーズ)からご説明があったような、『生産要素の新しい組み合わせによるイノベーション』がイメージしやすいケースでもある。インターネットによる、場所や時間の制約を受けない要素の新結合はアイデア次第でまだ沢山工夫できそうだ。 


留意すべきは、世界中にこのインターネットという新しいインフラを前にして、従来の狭義の経済動機を超えた行動が見られるということだろう。金銭報酬だけではなく、名誉や面白さ、というような動機で超一流の人材が第一級の仕事をするケースが見られ、この新しい行動原理をどこまで深く理解して活用できるかという企業側のクリエイティビティーが求められる。 オープンソースに企業として取組み、成功しているIBMのケースなどもここで語るべき例だろう。


また、企業主導ではない、個人やNPO主導によるオープンソースソフトのケース等、リーダーシップの重要性が語られていたが、このリーダーシップであったり、何らかの動機に突き動かされる熱意や信念、場合によっては信仰といったエネルギーの在る場に、物理的な場所や時間を超えた優秀な知性を参集させることができるという新しい可能性は、企業主導の取組みと分けて考えていいように思う。 いつでもどこでも熱意のあるリーダーがいるとは限らないから、当然オープンソースソフトウェアは死屍累々ということにもなるだろうし、成功と失敗の混在は当然のことだ。だが、従来はあり得なかったような成功事例が出現していること自体、驚くべきことである。理想、信念、熱意等の抽象的な概念はその凝集力があれば、従来型の組織の枠を超えて、大きな成果を生む可能性が出て来たわけだ。メンバーをどうモティベートしていくか、という課題が重要だとすると、人間のマインドやハートを動かす知恵にたけた者が鍵を握ることになる。


できるだけ普遍的で人を引きつける理想や思想、そしてそれを体現できる人の存在がますます重要になっていくし、そういう人が実現できることの範囲が地球規模で拡大していくと考えられる。リーナス・トーバルス*6がそもそもそういう人物だし、アップルのスティーブ・ジョブズなど仮にアップルを離脱して在野にあっても大きな仕事ができるのは間違いない。 


Wisdom of crowds 


これは、今回何度も前提として参照された、「群集の叡智」が衆愚とならずに叡智となるための4条件(多様性、独立性、分散性、集約性)をどのように確保することができるのか、あるいは、チェアパーソンの岡田氏が言及された、『集団浅慮』を避けるためどう工夫するかが特に重要であると思う。そしてまたIBMの事例として、伊藤久美氏(IBMビジネスコンサルティングサービス株式会社)がお話になったように、4条件がきちんと確保できるのであれば、必ずしも群衆と言える規模にまで母体を広げる必要は無く、社内(乃至グループ内)でも、叡智を引出す場は構築できる、という考え方は秀逸だ。 組織のクリエイティビティーをあげ、組織が正しく判断できるように、という課題への正しい回答であろうと思われる。(ただそのIBMも社員の家族を巻き込むことで4条件をできるだけ担保する工夫はされているようだ。)また、社内ブログの活用によるユーザー・コミュニケーションから、気づきを得ようとされているマイクロソフトの取組みも、大変納得できるアプローチだ。


大変皮肉なことに、外資系であるIBMマイクロソフトの事例を聞く一方で、NEC社内SNSやその延長で企業同士をつなぐSNS構築に尽力されている福岡氏(日本電気株式会社)のお話しをうかがうと、典型的な日本企業の閉鎖的な労働慣行や組織の決定システムが如何に4条件の成立を難しくしているかが照射されてくる。当然これは多くの伝統的な日本企業にあてはまる。


不断のイノベーションが求められるIT産業は、特にその性格上、企業同士の敷居が低く、従業員がかなりの自由度を持って転職したりされたりして、企業の枠を超えた情報交換が活発に行われ、その中からイノベーションが生まれているシリコンバレーのような取組みが理想である。それが実現できない日本企業の多重の制約の下、それでも最大限取組むためにはどうすればよいのかということが課題となっているわけだが、NECで行われているような取組みは、ある程度の活性化と情報共有には寄与するだろうが、ここでいう『叡智』を生み出すという点では、大変厳しい環境にあると言わざるをえない。 企業どうしの守秘義務契約の制約も、知的財産の取り扱いも、特に日本の大企業どうしだと簡単には片付かないはずだ。吉岡氏(ミラクル・リナックス株式会社)がブログでおっしゃるように、大企業にそれを求めることは難しいのだから、中小ベンチャー企業どうしが、疑似シリコンバレーを創って行くというほうが現実的で実効も上がるように思われる。行政のほうからも労働の流動性拡大がのぞめるような施策や法改正が望まれるところだ。(簡単には行かないだろうが・・)



集団浅慮


実際に日本企業にいて多く目にするのは、残念ながら、『集団浅慮』の事例である。これは、米国の社会心理学者である、アービング・L・ジャニス(Irving L.Janis により提起された考え方で、「集団」で考えた結果、いかにエリートが集まろうと、よけい浅はかな決定がなされる「集団思考」がもたらす現象のことである。D.ハルバースタムの『ベスト・アンド・ブライテスト』*7で描かれる、ケネディ政権をささえる、まさにベストでブライテストな頭脳集団が、実際には間違った判断をしてしまう事例の研究から生まれたとされる。今回のサミットでは、チェアパーソンの岡田氏が何度か言及されていた。どういう状況でこの集団浅慮による間違いが起るかというと、『閉鎖的な仲の良い集団が、和を尊重し過ぎるあまり、重大な意思決定に際して、不合理なリスキー・シフトを起こして間違いを起こす』という。 もっとくだけた言い方をすれば、『仲良し集団が過去の成功体験に酔って自信過剰になり、不合理かつ極端な意思決定をする』ということだ。日本においては、旧帝国陸軍から、現代の長銀山一證券ダイエーなどに至るまで同様の失敗事例が溢れている。 おそらく普通の日本の会社に勤めている人なら、多かれ少なかれ、自分の会社も同じだと思われたのではないか。客観的に見れば、これだけ問題があることはわかっても、企業のトップにいる『仲良し集団』に翻意を促すことは難しい。だから、日本の組織では、特にバブル崩壊以降、連綿と同じような事例が起こる。(日本的集団浅慮の研究*8ご参照)



Predictionのタイプのサービスへの期待


また、群衆の叡智による特定の成果(株価の予想、競馬の予想等)を生み出す仕組みを構築して、ビジネスに繋げて行こうとする試み(Prediction 等)では、性急に短期的な成果を求めすぎるのは難しいと思われる。仕組みが理解されないままに、企業への結果や仕組みの提供をビジネスにしようとしても、結果を出すための因果関係や理屈の説明ができないと、企業は採用しないというご意見も出ていた。それはその通りだろう。今のままでは、確かに『こっくりさん』と同じで、面白がって採用してくれる企業は皆無ではないかもしれないが、それ以上の拡大は期待しにくい。生超氏(WASP株式会社)がおっしゃるように、パーフォーマンス評価もできなければ、有効か無効かを問うこと自体ができないため、ただのにぎやかしになってしまう恐れがある。


ただ、個人的な意見を言えば、群衆の叡智というより、群衆の無意識の傾向性(あるいは集合的無意識を知るツールとしてある程度有効なものができれば、少なくとも企業や個人ががディシジョン・メイキングをするための有力な仮説を持つことができると考えられ、非常に重宝なものになる可能性は十分にあると思う。そういう意味では、将来性は十分ある。単なる多数決的な積み上げではなく、群衆が深層意識レベルで直観しているものを知ることができるようになれば(なっていくと思うが)、私自身は自分のビジネスを飛躍させることができると考える。この点については、今後またブログにも書いて行く予定である。


  • パネラー

伊藤久美氏(IBMビジネスコンサルティングサービス株式会社)
伊藤直也氏(株式会社はてな
伊藤佳美氏(日本ユニシス株式会社)
生越昌己氏(WASP株式会社)ブログ
楠正憲氏(国際大学グローバル・コミュニケーション・センター)
鈴木友峰氏(日立製作所
田代秀一氏(独立行政法人情報処理推進機構
谷川正剛氏(株式会社Prediction)
徳力基彦氏(アジャイルメディア・ネットワーク)
西田隆一氏(CNET Networks Japan)
福岡秀幸氏(日本電気株式会社)
山口浩氏(駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部)
吉岡弘隆(ミラクル・リナックス株式会社)
チェア:岡田良太郎氏(株式会社テックスタイル)

  • 参考URL

「みんなの意見」は専門家より正しい?--「群衆の叡智」をテーマにした2度目の討論会が開催 - CNET Japan

ニュース - 「企業でも群衆の叡智は活用できる」,WOCS2008でIBMやNECなどが報告:ITpro

http://okdt.org/blog/

http://blog.miraclelinux.com/yume/

2008-05-21 - 雑種路線でいこう

「群集の叡智」の発想の転換 | おごちゃんの雑文

2008-05-23 - so_log

「群衆の叡智」でスゴ本を探せるか?: わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる

群衆の叡智サミット2008Spring行って来た - public static void main