セミナー「AR時代の技術」 様々な五感拡張テクノロジーの驚異

セミナー概要


昨日、5月20日、国際大学グローバル コミュニケーションセンターの主催するセミナー、「AR時代の技術」(シリーズ「オーグメンテッド・リアリティ(AR)時代の世界」第2回)に出席してきた。今回は、3回シリーズの第2回目で、前回は制度編、今回は技術編で(次回は身体編の予定)、この技術の最新動向につき二人の専門家(慶応大学の稲見昌彦(いなみ・まさひこ)氏*1、および電通大の長谷川晶一(はせがわ・しょういち)氏*2)に講師としてお話いただき、質疑応答を行った。最後に、オリンパス開発中の新型HMDの実演があり*3、実物を拝見することができた。(司会は国際大学鈴木健氏)


前回、3月24日に開催された、第1回目に出席した後、ブログにも書いたが*4、初めて目にする人には案外わかりにくいようなので、まず、セミナーの案内文を引用する。

セカンドライフ』のようないわゆる仮想世界から『攻殻機動隊』や『電脳コイル』に見られるようなオーグメンテッド・リアリティへの、シフトがいま注目されている。オーグメンテッド・リアリティとは、画像や注釈といった情報を環境の上に重ねる技術として知られており、もう少し直感的に言えば、現実空間にホログラムを投影するような技術だと思ってもらってもよい。『攻殻機動隊』や『電脳コイル』は、そういった技術が全面化した未来社会を描いたアニメーション作品として、近年高い評価をうけた。 また、こうしたSF作品によって具体的な未来のイメージが提示されたのみならず、実際のオーグメンテッド・リアリティの技術的な進展も驚くほどに興味深い段階を迎えてきている。では、こうしたオーグメンテッド・リアリティが現実化したとき未来の世界はどのように変わっていくのだろうか。技術論、制度論、身体論などからシリーズで分析を加えていく。第1回の社会・制度論に引き続き、第2回となる今回は技術の観点からAR技術の進展を確認してゆく。オーグメンテッド・リアリティの技術がいま、どこまできているのか、その全貌を確認してゆきたい。


これでもわからなかった人は、アニメ作品の『電脳コイル』について、少しでも実際に見てみて欲しい。

http://www.aii.co.jp/contents/b-ch/1097a0712_coil/index.html


また、オーグメンテッド・リアリティの実物につき、YouTubeの画像を幾つか引用する。(今回のセミナーとは直接関係はない)

Augmented Reality Game Engine - YouTube


これ以外にも、YouTubeで『augmented reality』で検索すると、驚くほど沢山ヒットするので、是非自分で幾つか見てみることをお薦めする。



電脳コイルの世界はいつ実現するのか?


具体的な内容について、詳細にご報告できるだけの力量もないので、幾つか印象に残った内容と、全般についての感想等を述べておきたい。


今回のお二人の講師に対して、おそらく一番確認してみたかったことの一つは(鈴木健氏も質問されていたが)、電脳コイル』で実現しているような技術(および社会インフラ)は、現実にあとどのくらいで実現するのかということだろう。まず、ボトルネックになるのはどこか、という点について、長谷川氏は、メガネとして実現することがかなり難しいこと(但しディスプレーなら難易度はぐっと下がる)、および認識技術とサーバー費用というご意見だった。ただ、精度をどこまで求めるのかという問題があり、完全に実物と見分けがつかないレベルを求めるのであれば、相当時間がかかるだろうが、ある程度の実用域ということであれば、5年前後(若干聞き間違えた可能性あり)ということなので、何らかの実用が始まって行くのもあまり遠い将来ではないとの期待で会場が盛り上がった。 稲見氏も補足されていたが、確かにテレビもあまり奇麗に映らなくても、それなりに楽しんで来たことを思えば、AR関連技術とて同様に早い段階から実用で楽しめる可能性はあるだろう。また、メガネについては、人間の脳のアジャスト作用もかなり期待できるという。 


同じ質問に対して、稲見氏は、技術ではなくアプリケーションの問題だというご意見で、昔から技術は物語に影響を受けて来たことを、例をあげてご説明された。例えば、技術者がロボットを語るにあたって、『鉄腕アトム』に影響を受けた技術者は、『自律系』ロボットをイメージするし、『ガンダム』世代は『操作型』をイメージする傾向があるのだという。実に興味深いお話だ。技術の方向はパラダイム次第ということだろうか。 AR技術によって、どのようなことを実現したいのかを語る物語次第で、発展が促進される技術領域が変わってくる、というのは考えてみれば当然のことかもしれない。


実用、という点についても、インフラになる前におもちゃ、仕事より家庭がキーで、仕事という意味では、すでに軍隊による利用は始まっているが、それ以上の汎用展開には繋がらないというお話しだった。これは、長谷川氏の補足だったと思うが、インフラ系のシリアス・アプリは、精度要求がシビアーになりがちで、そういう意味での実用域への到達が難しいという示唆もあった。(確かに、自動運転車も技術的にはかなり昔から完成しているが、市場に出てくることは当分期待できない。どの自動車会社も無事故の保証はリスクが高すぎてできないはずだからだ。)



電脳コイルどころではない可能性!


私にとって、今回のセミナーで一番面白かったのは、すでに電脳コイルで示された、視覚および聴覚を拡張する技術だけではなく、それ以外の五感を様々に拡張する技術が進んで来ているということだ。例えば、本来触れられないものに触れる『可触化』を、道具、センサー、および小型ロボットアームを組み合わせて実現するスマート・ツール。これで、ゆで卵を白味だけ奇麗に切り取るナイフ(黄身にナイフがあたるとそれ以上ナイフは入って行かないようにセットされているのだが、同時に、手に固いという感触があり、さも黄身が固いという触覚を感じる)ことができる。精度が高まれば、手術等で使えるかもしれない。


また、ストローで何かを吸う感触をバーチャルで実現したり、風の感覚を実現することもできる。(ある女性が持つケーキに立った火のついたロウソクの火を、遠隔地にいる映像の男性が吹き消す実演などもあった。)  さらには、耳の後ろにある前庭に電極を繋げて、平衡感覚を人工的に支配したり、はては、人間にしっぽをつけて、人間側から何らかの信号を送ることでしっぽを動かすというような話まで出て来た。(視覚という点でも、後ろが透けて見えるように見えるシースルースーツの紹介などもあり、これも電脳コイルのイメージを超えていたように思う。ここで紹介しきれないがさらに面白い話はたくさんあった。)


ここに至って、工学の二つの目的である、『自己の代理』と『身体の拡張』の内、今後は身体の拡張がより重視されて行くだろうというお話しの意味がわかることになったが、同時にこれには非常に難しい問題があることも理解できた。 事故やケガで感覚に損傷を受けた人の感覚を取り戻す目的であれば、何ら問題なく受け取られるであろうこの技術も、プラスαーの感覚を付与したりあるいは感じなくしたり、ということを目的に取り組む場合、一体どこまでできるのか。人間の感覚を変えたり、付け加えたり、無くしたり、ずらしたり、ということを人間は(あるいは人体は)どこまで許容することができるのか。『離人症性障害*5』の引き金になったりするというような非難を被ることも出てくるかもしれない。 稲見氏から、AR技術のような領域は、従来反ユートピア的な描き方をされることが多かった中で、電脳コイルが非常にポジティブに紹介してくれているのは、歴史上初ではないか、というお話があったが、この問題に長く取り組んでおられる技術者の深い心情吐露とも思われ、とても印象的だった。確かに、この技術に将来性を感じている我々のような者は、努めて明るい夢のある物語を創って行く義務があるように思えて来た。


次回は『身体性』がテーマであるという。なるほど、こういう話の流れになれば、身体性に関する理解は欠かせない。さらに言えば、前回の『制度』の話と関連するかもしれないが、『思想』や『物語』にも取り組んで行かないと、早い段階で技術の実用にストップがかかりかねない危惧さえありそうだ。次回も本当に楽しみになってきた。



関連サイト

パラレルワールドとしての電脳コイル:鈴木健の天命反転生活日記 - CNET Japan

オーギュメンテッドリアリティと電脳コイル研究会 - shi3zの長文日記

『攻殻機動隊』『電脳メガネ』どころではない拡張現実感技術の現在 - 王様の箱庭

H-Yamaguchi.net: GLOCOM IECP研究会「AR時代の技術」(シリーズ「オーグメンテッド・リアリティ(AR)時代の世界」第2回)を5月20日に開催

あきおの日記

*1:稲見 昌彦(いなみ・まさひこ) 1972年東京都生まれ。1994年東京工業大学生命理工学部生物工学科卒。1996年同大学大学院生命理工学研究科修士課程修了。1999年東京大学大学院工学研究科博士課程修了。博士(工学)。東京大学リサーチ・アソシエイト、同大学助手、電気通信大学講師、同大学助教授、、同大学教授、マサチューセッツ工科大学コンピュータ科学・人工知能研究所客員科学者を経て2008年4月より慶應義塾大学 大学院メディアデザイン研究科教授。科学技術振興機構 ERATO 五十嵐デザインインタフェースプロジェクトグループリーダー。情報処理学会論文賞、IEEEVirtual Reality Best Paper Award等受賞歴多数。

*2:長谷川晶一(はせがわ・しょういち) 1997年東京工業大学工学部電気電子工学科卒業。1999年同大学大学院知能システム科学専攻修士終了。同年ソニー株式会社入社。2000年東京工業大学精密工学研究所助手。2007年電気通信大学知能機械科助教授。同年准教授、現在に至る。EuroHaptics 2004 Best Paper Award、EuroGraphics 2004 Best Paper Award、ACE2005 Best Paper Award、日本バーチャルリアリティ学会論文賞、貢献賞など受賞。日本バーチャルリアリティ学会、日本ロボット学会、計測自動制御学会、情報処理学会各会員。バーチャルクリーチャー、知能ロボティクス、バーチャルリアリティ、物理ベースモデリング、力触覚、ヒューマンインタフェース、エンタテインメント工学の研究に従事

*3:眼鏡型ディスプレイにタイムリーな情報配信 オリンパスと中央大が実験 - ITmedia ニュース

*4:仮想世界から平行世界へ 『電脳コイル』が描く未来の驚異 - 風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る

*5:http://dissociation.xrea.jp/disorder/dissociation/disorder_dissociation_rijin.html