時代が必要とするユーザー分析と顧客志向

顧客志向反対論


完成度の高い製品が溢れて、顧客の問題の多くが解決されてしまっている時には、顧客の言うことを聞きすぎることがあだになる事例は意外に多く聞くものだ。マイクロソフトのように、顧客の意見をソフト製品に反映しすぎて、かえって統一性がなく、バグだらけになっていると酷評されるケースもよく聞くようになった。むしろ、スティーブ・ジョブズの才覚で、必要最小限まで徹底的に削ぎ取ることで、製品のシンプルな美しさが顧客に受け入れられるアップルのようなケースも多い。


自分が顧客の立場でも、供給者側から如何に高額のお土産をもらったところで、ほぼ用途が足りている製品やサービスに、イノベーティブなアイデアを提供できるとは考えにくい。 だから、昨今では、顧客のことを研究したこともない上司が、いきなり聞きかじったような顧客志向を部下に説いても、反発されたり、面従腹背になることも多いはずだ。

  • 顧客志向が強すぎると、革新的な製品を開発できなくなる。
  • マーケッティングはIT業界には不要だ。
  • 市場調査をしても、顧客は自分になじみのある製品のことしか語らない(語ることができない)。
  • 顧客は先端の技術やその可能性のことなど知らない。
  • 顧客志向や市場調査に頼ると他社の模倣か、ほとんど同じような製品やサービスになる。
  • 顧客志向にとらわれることで革新的な技術導入への着手が遅れ、競争力が低下してしまう。

確かにIT業界には、経験則としてこのように理解している人は実に多い。だから、自らの技術力と信念を持って遮二無二進んだり、ビジョンのある天才が独断で引っ張るほうがよい、という主張も簡単には否定できない。


ただ、問題は、どうやってその天才を見抜くのか。凡才ばかりの会社で、天才をどうやって見つけるのか。スティーブ・ジョブズのことに言及したが、その天才とて、一度はアップルを倒産させてしまうと非難されて、自ら採用したジョン・スカリーに追い出されてしまった。確かにそのころスティーブ・ジョブズは経営やマーケティングのことは素人同然のただの技術の天才でしかなかった。その後、経営やマーケッティングも超一流の感覚を持ってアップルに返り咲いたスティーブ・ジョブズはお見事としか言いようがないが、そこまで偶然の要素に頼るというのもいかがなものか。何とか、次善の策を見つけることが必要ではないのか。



たかが顧客志向 されど顧客志向


結論を言えば、やはり顧客志向を見直すことでこそ、イノベーティブな製品やサービスを生むことが可能になると主張しておきたい。ただし、調査会社にわずかな金を払ってグループインタビューや市場調査をして、その数字をこねくり回す程度のことしかやっていない旧世代のマーケターでは、太刀打ちできない状況が来ていることは間違いない。だから、おそらく多くの会社では、マーケッティング不要論、顧客志向反対論に残念ながら正当性を感じる人が多くなっていることも認めざるをえない。徹底した改革が必要になることは確かだ。


顧客のニーズを分析するにあたっては、最低、以下の4つに分けて考える必要がある。


1.表面的で言語化されたニーズ


2.顧客も気づいていない真のニーズ(アンケート分析等で解明可能)


3.顧客も気づいていない深層のニーズ(従来の分析では解明が難しい)


4.顧客が学習し知って行くニーズ


従来の市場調査&分析マーケティングは、1およびまれに2の一部に気づき、そのレベルの顧客ニーズを取り扱って来た。ところが、現在最も必要とされているのは、3であり4である。極端に言えば、それを掘り起こすことができなければ、顧客志向など語らぬほうがよい、という状況だと考える。



イノベーションを実現できるユーザー分析手法を身につけるには


あまりに例を上げずに語るのも、わかりにくいかもしれないが、市場の好例はおいおいご紹介するとして、今回は単刀直入に、現代の(最新の)ユーザー分析(ユーザー理解)手法と私が考えるところをご披露しよう。



a. インターネットを利用した市場/ユーザ調査を徹底して徹底的な分析DBをつくる

インターネットの普及により、これは低コストで可能になっただけでなく、参入ユーザーが増えて、サンプルに信頼性も上がっている。上記、2のアンケート等による分析で可能な深層ニーズはきちんと解明できるようにしていくこと。ネットで繋がったサービスであれば、ユーザーの行動はかなり精緻に分析できるはずである。ログ解析、行動解析等、手法の洗練度は上がって来ている。


b. ネットを利用したユーザーとのコミュニケーションシステムを構築してユーザーの深層ニーズ把握、および新しい消費スタイル等の提案を行う

多様なユーザーとの接点を構築することで、単に製品やサービスの利用を超えたユーザー理解のベースをつくる。最近先進企業が積極的に取り組む、ソーシャルネットワークを利用することは、その一つ。ブログの利用、オフ会への誘導、動画等のストリーミング利用等も含む。 ユーザーを多面的に知り、ユーザーと対話を繰り返すことでユーザーの深層を分析する場を持ち、新しいライフスタイル、消費スタイル等を提案し、ユーザーの学習を促して行くこともできる。上記、3と4に対応。


c. 市場/世界理解を徹底的に深める

社会学文化人類学、心理学、経済学等体系的に理解していくことで、市場やユーザー行動のサブシステムを知るためのヒントがを見つけることができる。また、このような努力なしに、大規模な価値観や構造が変化している市場/世界に新しい切り口を見つけて行くことは不可能となっている。その意味で、学習しないマーケターに明日はない。


d. ファーストクラスのビジョナリーの価値ある言葉を見つけて徹底的に考える習慣をつける

これは、ちょうど梅田望夫氏の『ウェブ時代5つの定理』の前書きに、非常に端的に私の言いたいことが書かれているので、引用する。

P8
特にシリコンバレーでは、そういう人々がビジョナリーと呼ばれ、オピニオン・リーダーとしてたいへん尊敬されていることを知りました。彼ら、彼女らの切れ味の良い言葉の数々が、多くの人にインスピレーションを与えるからです。

  

シリコンバレーのビジョナリーだけで無くても良いと思う。私の場合だと、セオドア・レビット、フィリップ・コトラードラッカー、ジェフリー・ムーアあたりが自分のビジョナリーだった。時にすばらしいインスピレーションがやってくる。このインスピレーションを沢山持つことが必要だ。時に、すべての原点となるような理解を得ることができる。


e. 自分と同等以上の見識ある仲間のコミュニティーをつくり(広げ)徹底的に議論しあう
ユーザーと語ること以上に、ユーザーのことを知るきっかけを掴めることが多い。


このa〜eに徹底して取り組むことで、今の時代に真に必要とされる顧客志向を標榜できる商品企画者/マーケターが生まれると確信している。