『可視化の毒』と『見えない』競争の重要性

4月21日のエントリー(過当競争を抜け出るために - 風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る)で、一橋大学大学院の楠木建氏による、『次元の見えない競争』のことを今度紹介する旨書いたまま、そのままになっていた。あのエントリーから一足飛びに紹介内容を書くのではなく、その前に、若干前振りとなる内容を書いて、自分自身の頭の整理もしておきたかった。その前降りにあたるのは、以下のエントリーである。まだ読んでいない人は、是非ご参照いただきたい。(マーケティングにおける『経験』経済の重要性について - 風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る



『可視化』『見える化』の流行


最近、生産現場の改善活動の一手段として昔からわりとポピュラーな概念である、『可視化』『見える化が生産現場を超えて、ホワイトカラーの業務改善の領域まで浸透してきているようだ。これは、ローランド・ベルガーの遠藤功氏が出版した「見える化−強い企業をつくる“見える”仕組み*1」という書籍などを受けて注目されてたと言われているが、最近本屋の書棚でもこのキーワードを沢山目にするように思う。 


日本の職場では、個人の職人仕事が尊重されてきた風土もあり、昔から業務のマニュアル化等の標準化が遅れがちであると言われていたが、大規模規格品大量生産の生産現場では、多少の個人の能力の高さよりも、工程の透明性が高く、業務が標準化されていて、労働者も代替えがききやすいほうが、全体としての効率があがり、品質もばらつかないため、作業の標準化とともにマニュアル化/可視化が推進されて来た。ブラックボックスをつくらず、問題がいつも明確であれば、対策もうちやすい。そういう意味では、重要な概念であり、策である。


生産現場だけでなく、ホワイトカラー職場でも、いわゆる、クラークのような生産現場に近い業務等、同様の効果が期待できることは確かだし、営業職等のマニュアル化/標準化が比較的難しい仕事でも、できるだけ可視化を進めることで従来気づかなかった問題点等に気づいて、改善が進むという指摘は確かに正当性がある。



可視化の毒


しかしながら、この概念をさらに経営手法の中核にまで持ってこようとすると、『可視化の毒』が体に回ることになる。特に、昨今のような、『どんなモノやサービスも十分な水準を満たしている』時代に重要なのは、『見える価値』より『見えない価値』を創り出すことだからだ。もちろん、業務の性格に応じてきちんと使い分けるべきなのだが、その企業のカルチャーに係わる問題ともなりがちで、使い方を間違って企業としての競争力を台無しにしているケースが意外に多い。 


昨日も指摘した通り、モノやサービスの特徴が、可視化が簡単にできるものばかりになってしまうと、競合の追随を簡単に許してしまう構図をつくることになる。そして、これからの時代に本当に恐ろしいのは、常識より脱常識、標準化より個性化を企業のカルチャーとしていかないと、生残ることができなくなってしまうということだ。現状の工程の問題点を見つけて改善することよりも、現行の工程を根本的に破壊して新たに創造することが大事になることはまさに『見えて』いるからだ。可視化/標準化ではなく、常識の破壊/創造的破壊が人材のDNAとなるよう誘導して行くことが重要な時代だと思う。



価値次元の可視性を左右する要因


前置きが長くなったが、ここで、楠木氏の、『価値次元の可視性を左右する要因』をご紹介しよう。価値が見える、見えないというのは、どのような要因が左右するのか。
イノベーションを生み出す力*2』P78〜79に、三つの要因が記載されている。

1.価値の特定可視性(specifyability)


在庫管理や会計処理などの業務用ソフトは価値が特定しやすいが、ゲーム用ソフトでは特定しにくい。携帯電話のように多種多様な価値を同時に含んでいる場合も、特定は難しい。



2.価値の測定可能性(measurability)


液晶パネルの大型化は価値は測定しやすいが、画面をきれいに処理する技術は測定しにくい。測定可能性が低いほど、価値の次元が見えにくい。



3.価値の安定性(stability)


ファッション、化粧品、音楽などは時の流れとともに評価や価値が変わって行く。


この3つの要因から見て、価値が見えにくいほど、利益を上げる可能性が高い。



『良い悪い』から『好き嫌い』へ


『見える』競争での価値は、『良い』か『悪い』か、あるいは、『便利』か『不便』かであり、誰にでもわかる。良いものは誰にとっても良い。便利なものは大抵誰にとっても便利だ。目標は設定しやすく、階層が深い日本のピラミッド組織でも説明も決裁も比較的簡単だ。営業代理店、小売店、広告代理店等の関係者にとってももちろん見えやすい。(そして競合他社にも見えやすい) 極めて常識的だ。だが、見えない次元の競争のポイントは、好き嫌いだと楠木氏は指摘する。だから、全員が好きというわけにはいかない。


実際に企業で、具体的にはどう対応すればよいのか。楠木氏の提案は、次回以降にご紹介しようと思うが、この見えない次元の競争で、持続的に勝って行くためには、組織、人材、教育、経営、すべてを変えないと難しいと思う。従来の日本企業の多くは、見える競争を前提に構築されているからだ。その前提をそのままに、見えない次元の競争に勝ち残ることは難しい。新しい現実に遅れずについて行く努力、できるだけ多くの事例を見て研究し、企業の風土となるまで追求して組織に浸透させる、それこそが最新の経営課題だろう。

*1:

見える化-強い企業をつくる「見える」仕組み

見える化-強い企業をつくる「見える」仕組み

*2:

BBT ビジネス・セレクト4 イノベーションを生みだす力 (BBTビジネス・セレクト)

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