マーケティングにおける『経験』経済の重要性について

マーケティングにおける『経験』の発祥と経緯


昨今、マーケティング分野においても、『経験』の重要性が盛んに説かれるようになった。


これを『経験経済』というタームで最初に唱えたのは、『経験経済*1』の著者である、B・J・パインII氏とJ・H・ギルモア氏である。経済発展段階が、具体的な商品やサービスの経済から、感動や喜びなどの体験を求める、『経験』経済の段階に入ったとする。アメリカを中心とした先進国では、『コモディティ化』が経済全般に渡って浸透してきたとの認識の元に、『経験』を利用した、脱コモディティ化戦略について書かれている。(コモディティ化については、私もブログで言及しておいた。過当競争を抜け出るために - 風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る マーケティングの解体と再構築 - 風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る)この本は、1999年に書かれたそうだが、現在でもコンセプトは全く古くなっていない。むしろ今後一層重要なキータームとなって行くだろう。


ただ、この『経験』だが、実はすでに1985年に、『経験産業(Experience Industry)』として、ほぼ同様のコンセプトが、ジェームズ・オグルビー氏によって提唱されている。生活必需品を既に所有し、物質的欲求が満たされた人々は、ものを所有したり、単純なサービスを受けることより、豊かな経験の欲求、知的向上欲求、嗜好や娯楽の享受を求めるようになるとしている。この研究の原点は、人間の行動原理を突き詰めた、エイブラハム・マズロー氏の研究にまで遡ると言われており、確かに、一種の欲求段階説のニュアンスが感じられる。


『経験経済』と『経験産業』を比較すると、両者が提唱された時代背景の違いによるニュアンスの差が濃厚で、マズロー氏の欲求段階説→経験産業→経験経済と時代が進むにつれて、背景が、夢→円熟→完熟/方向喪失と推移することがわかり、それ自体興味深いのだが、ことマーケティングに関して言えば、ますます重要なコンセプトとなっていることは疑いがない。経験論の特徴は、顧客の心の中に作られる情緒や感性に根付いた経験を提供すること、すなわち心の分析と開拓にあるのだが、時代が、方向喪失→不安感という方向に向かいだした現在、想定する『経験』の範囲を従来より大きく広げておくことで、より有効に機能すると考えられる。それどころか、先進国において『付加価値戦略』が有効だとすれば、そのほとんどの源泉は、『経験』を研究して熟知するところからしか生まれなくなるのではないか。私のその確信は年々深まって来ている。



経験価値を読み解くキーワード


もっとも、この『経験』価値をもとに新規事業機会を見つけ、新製品やサービスを生み出して行くことは、それほど簡単なことではない。日頃から意識して、市場やその中のプレーヤーの動向の中に経験価値を見つけて行く訓練が欠かせないと考える。そのためのキーワードとして、非常によく整理されているのは、 SRI*2のキーワードだと思う。以下、それを、『MOTアドバンスト新規事業戦略*3』より抜粋引用させていただき(P39〜P52)、若干の説明を加えて書いておくので、これを参照しながら、自ら学び、経験価値を生み出して行って欲しい。(私も折に触れてそれを実行してきた。)

Cultivate(教養を身につける、心を磨く)
  文化を創る、教養を身につける。教育事業等。


Broaden(経験を広げる)
  旅行等。


Heal(健康を求める、心を癒す)
  肉体的な健康の回復、精神の健康回復。サイコセラピー等。


Escape(現実から逃避する、心を休める)
  現実を忘れて、別世界を経験する。娯楽等。


Edify(悟りを開く)
  モノがあふれると精神的空白が生じやすい。宗教等。


Stimulate(感性を刺激する)
  ギャンブル、風俗等の欲望産業。


Warp(気を紛らわせる)
  一時的に不安を忘れさせる。医薬、アルコール飲料、レストラン、料亭、居酒屋等。


Numb(すべて忘れて耽る)
  Warpと同じ領域ながら、さらに積極的な行動を伴う。酒、タバコ等。


Enrapture(感動する)
  芸術、文化。映画、音楽、コンテンツ産業等。


Participate(参加する)
  スポーツ、イベント、最近ではmixiモバゲータウンのようなSNSも含むかもしれない。


Acquire(買う)
  ショッピング(買うこと自体をスポーツのように楽しむ)、繁華街、ショッピングタウン等の構築、非日常的消費等。


Inform(知らせる、情報をやり取りする)
  情報産業、コンサルティング等。Web2.0によって注目すべき分野と見られる。


Instruct(数える)
  教える、教わる。生涯学習、セミナー、勉強会等


Create(創造する)
  最も経験産業を象徴するターム。商品デザイン、コンテンツ産業、ソフトウェア、創造ビジネス等。


Venture(冒険する)
  冒険的旅行、ベンチャー起業設立、事業性個人主導社会等。

意味をどんどん創出しよう!


キーワードは、市場における『経験』価値を知れば知るほど、もっと出てくるかもしれないし、上記のキーワードの意味が拡張されたり、コンテキストを読みかえて行くということは、どんどん起きてくるだろう。というより、『新しいキーワード創出すること』、『コンテキストを斬新で創造的にシフトさせて訴求すること』ができるかどうかで、競争に勝てるかどうかが決まって来るのだ。21世紀のマーケティングはなんと創造的で楽しいのだろう。私は心からそう感じる一人だし、これからもそうありたいものだ。

*1:

[新訳]経験経済

[新訳]経験経済

*2:SRIインターナショナル - Wikipedia

*3:

MOTアドバンスト技術戦略

MOTアドバンスト技術戦略