引き裂かれるソフトとハード そしてすべて水平分業へ

ムーアの法則の破壊力


先日、未来を確実に予想するための手段として、人口構造を重視したドラッカー氏のことを書いたが、IT/情報産業の未来を予測するためには、どうしても欠かせない重要な法則がある。今やすっかり有名になった、ムーアの法則*1である。インテル共同創業者であるゴードン・ムーア氏がこの法則を提唱したのが、1965年というから、すでに40年以上続いていることになる。そして、まだ10年から15年は有効だろうと言われている


単なる経験則でしかないこの法則は、もちろんこれからも続く保証はない。ただ、私自身がIT業界に入ってまだ10年に満たないが、このわずかな間にもムーアの法則は破壊力をふるい続けた。そして、今後当面ふるい続けるだろうことは実感を持って予想できる。少なくとも、相当に高い確率で続くことを前提としたシナリオを基に、自分たちの仕事の未来像とビジョンを描いて行くべきと考えている。


この法則は、『指数関数的』なテクノロジーの進化を言うのだが、その影響を被る、産業構造や経済システムの方も相応に大きな影響を被っていることが実感できるようになってきている。産業構造や経済システムというのは、慣習の積み重ねであったり、歴史的経緯の中で堅牢となってしまったものが複雑に積み重なり、しかも、その中にいる人間のマインドというのは、おうおうにして大きな変化を拒むものであるから、極端な変化に対しては、抵抗することが多い。ところが、容赦ない変化の兆しはこの強い抵抗力を押し流していく可能性が高いと思われる。インフラのほうもそれを後押ししているように見える。たとえば、あらゆるアナログデータをデジタル化するために、世界中の図書館情報のデジタル化を続けるているGoogleがそうだ。情報産業は今後ますますデジタルの法則を広く深く受けていくことになる。


このムーアの法則のことを考えてみようという人に、池田信夫氏の『過剰と破壊の経済学』*2は最適のテキストだと思う。池田氏のブログの方も、毎日のように深い教養に裏打ちされた様々な問題提起をされるので、大変感銘を受ける内容が多いのだが(もちろん、賛否は人によって違うだろうが) 今回はこのムーアの法則に絞って非常にコンパクトにまとめられており、出発点でありながら、現段階の最高峰といえる到達点にあり、非常にレベルの高い議論に満ちている。


垂直統合モデルが強みの日本企業だが・・


日本の製造業の強さの秘訣は、自動車産業を頂点とする、垂直統合とすり合わせ技術であった。今でもその有効性を実証する自動車産業は、一台あたり三万点にもおよぶ部品の細部に至るまで、製造期間の初期段階から垂直に統合された自社と自社傘下の企業集団内で情報を共有しすりあわせることで、品質向上、コスト低減をはかり、追随を許さない競合力を生んできた。


ところが、その垂直統合モデルを揺るがす、水平分業モデルが、IT産業を始めとして製造業における世界のスタンダードとなってきている。日本の消費者にもそれが目に見える形で現れてきたのは、パソコンだろう。モジュール化が進んだパソコンは、垂直統合がむしろデメリットになる産業となり、パソコンを初めて世に送り出した、IBMでさえ撤退してしまった。最近でこそ生彩を書くが、水平分業モデルを徹底して進めた、デルのような企業が勝利を納める産業となり、垂直統合が強みの日本企業は太刀打ちできなくなってしまった。 OSを他社に解放しない等、独自路線を行くアップルはパソコンにおいても成功しているが、そのアップルとて、市場シェアという点では未だ非常に低いし、そもそもアップルはパソコンをスタンドアローンで売るのではなく、自社の情報ハブとしてきわめて戦略性の高いシナリオの中核においているため、ここでは典型例にはならない。



水平分業化が進むことは必然


そして、同様のことが電気製品、特に情報機器に次々に起こって行くことが予想される。(もう起こっているというべきかもしれない。) 『過剰と破壊の経済学』の以下の部分をご参照いただきたい。

P97
汎用技術の本質は、どこでも使え、どんな用途の代わりにもなるという自由度の高さである。特にコンピュータについていえば、原理的にはどんな情報処理も可能なので、それを人間もしくは在来の固有技術でやるか、汎用技術としてのコンピュータを使って電子的に処理するかは、費用対効果の問題にすぎない。したがって、効率の高いものからデジタルに置き換わり、その処理はコンピュータで行われるので、技術の違いはアプリケーション・ソフトウェアの違いに吸収され、業界の壁はなくなる。

P98
このように技術の進化を見てゆくと、ジグザグを描いてはいるが、全体としてはソフトとハードを分離(アンバンドル)して、両者をつなぐプラットフォームを標準化し、技術の自由度を高める方向に進んでいることがわかる。特に情報技術においては、ムーアの法則によってハードウェアの効率が急速に上がるため、初期には無理があるように見えても、情報処理技術の部分を切り離し、コンピュータで処理する技術が成功することが多い。


そして、ソフトとハードが分離するようになると、その違いの大きさから、同じ企業が開発することが難しくなってくる。

P86
数学や物理学は、複雑な現象を単純化したモデルを構築し、そのモデルからある性質を引き出し、実験的にその性質を証明することで、3世紀にわたって偉大な進歩を遂げた。この方法でうまく言ったのは、モデルで無視された複雑性が現象の本質的な性質ではなかったからだ。複雑性が本質である場合には、この方法は使えない。


ソフトウェアの特徴は、『本質的な複雑性』にあり、ハードの数学や物理学的な手法が使えない。これは、ソフトとハードでは、同じ経営管理手法(品質管理、組織構築、人事管理等)が使えないことを意味する。

P87
(前略)コーディングは困難でまちがいの多い作業である。他の肉体労働はほとんど機械で自動化できるようになったが、ソフトウェアの生産性はほとんど上がっていない。

(前略)マイクロソフトの計算によれば、1975年に4,000行だったBASICのソースコードは20年後には約50万行になり、1982年に2万7,000行だったマイクロソフト・ワードは20年で約200万行になった。


ハード中心の工場管理手法の延長にある、旧来の日本のメーカーの経営手法には、このような複雑系を管理する経営手法など持ち合わせてはいない。『QC活動』や『すりあわせ』が機能するとも思えない。

P88
ソフトウェアは複雑化するため、その土台となるOSやCPUなどのプラットフォームが変わると、新たにコーディングすることは極めてむずかしい。そのためプラットフォームがひとつに収束し、マイクロソフトインテルの独占状態が強まるとともに、OSやCPUが新しいバージョンになっても古いソフトウェアや周辺機器が動くように互換的に設計されるようになった。この結果、プログラマはハードウェアの内部構造を全く考えないで設計でき、他方、半導体の設計は外部とのインターフェイスが固定されているので、ひたすら回路を微細化して集積度を高めるという単純な目的を追求すればいいことになった。


そうなると、もはや垂直統合型では、ネットワーク外部性(利用者が増えることによって、ますます利用者が増え、正のフィードバックが発生すること。ここでは、プラットフォームには付随する周辺機器やアプリケーションが多いほど普及しやすく、普及率が高まると多くのアプリケーションが開発されることを言う)が生かせず、アンバンドリングは必然となる。


従来の日本の製造業の多くは、垂直統合モデルを採用するところが多く、そのままでは、しかも品質管理手法等、きわめて数学的で物理学的である。ソフトウェアの経営管理に最適な経営管理手法とは相反する。しかも、一旦水平分業モデルが浸食してくると、ハードの側も単純な工程を効率よく、という圧力が強くなるため、労働コストが高すぎる日本での製造では競合力が保てなくなる。ハードの単位当たり収益は極めて低くなって行くため、中国企業や韓国企業にお株を奪われることになりがちだ。



特に携帯電話とカーナビゲーション


今、この破壊的な影響の足音が聞こえて来ているのは、携帯電話でありカーナビゲーションだろう。


上記の法則はまさに複雑なコンピュータそのものとなった携帯電話に当てはまり、ソフトとハードの分離が起きて行くだろう。そして、ソフトについては、その複雑性を引き受けることのできる企業として、アップルとグーグル、つまりアップルのsafariとグーグルのアンドロイドに集約され、そこを軸にモジュール化と水平分業が急速に進み、垂直統合モデルが立ち行かなくなるだろう。そして同様の思考実験をすると、今まで典型的な垂直統合モデルであったカーナビゲーションはほぼ同様な過程をたどって水平分業優位となって行くことは必然に見える。


では、その垂直統合モデルの頂点にいる自動車は? ということだが、さすがにまだすぐにということはなさそうだが、いくつかの兆候は見えて来ている。ただ、この点は別の機会に書こうと思う。


確度の高い将来シナリオが出て来たら、どんなに来て欲しくない未来だろうが、対処のシナリオを書くのが、プロの経営者だと考える。しかも、90年代以降の日本の多くのIT企業のように、本来世界の競争に勝つためのシナリオを書くべきところ、競争排除体制づくりに執心して、3K職場だらけのIT下請け起業を配下に、『ITゼネコン』とまで酷評される状況をつくってしまったようなことを、繰り返している猶予はどこにもないと思うがどうだろうか。