過当競争を抜け出るために

あっという間にコモディテイ


現代のビジネス社会で、いやが上にも直面させられるのは、過剰な参入者(含 海外や異業種からの参入者)との過当競争であり、スピードの早さである。そのスピードの早さを一番思い知るのは、コモディティ化の早さを実感するときだ。必死になってマーケットニッチを探し、やっとの思いでそのニッチ(隙間市場)に差別化商品やサービスを出しても、そこに多少なりのお客様がいて、収益が見込めそうということになると、えげつないほどのスピードで競合他社が押し寄せ、あっという間にラットレースが始まり、投資回収もままならない。特にこれが、IT系、中でもインターネット関連のサービスになると、このマーケットニッチ戦略というのが、根本的に成り立たないのではないかと感じることも珍しくない。ちょうど昨日も書いたが、ビルゲイツ氏の『いかなる競争優位もそれが持続するのはナノセカンド」という発言は実にリアリティがある。



ラットレースから抜け出す秘訣?


一時期、『ブルーオーシャン戦略』*1というのが非常に流行した時期があった。過当競争のレッドオーシャンを抜け出て、顧客にとって本当の高付加価値を見つけることによって、過当競争のないブルーオーシャンの領域に行けば、低コストと顧客にとって高付加価値が両立すると説く。そのためには、顧客にとってあまり重要ではない機能を「減らす」「取り除く」ことによって、企業と顧客の両方に対する価値を向上させる「バリューイノベーション」が必要だと言う。確かにこれは、一つの企業に、低価格戦略と差別化(高付加価値)戦略の両方を併存させることは難しく、どちらかを選択するべきであるとした、マイケル・ポーターの説に対するアンチテーゼとも読め、成熟市場でのコモディティ化に苦しむ企業にとって福音と、評価する意見も多かった。(私は、ブルーオーシャン戦略は、マイケル・ポーターの競争戦略のアンチテーゼではなく、むしろそれを補強する、一仮説だと思う。)


ただ、著者の真意はどうあれ、ナノセカンドの競争の支配する市場では、この程度の策を講じたくらいでは、あっと言う間に、レッドオーシャンから数多くの競合他社がブルーオーシャンに押し寄せることになるのではないか、というのが私が本書を読んだときの率直な感想だった。何か非常に重要な鍵が足りないのではないかと思えてならなかった。本書が推奨する、『戦略キャンバス』を使っても、従来の競争を抜け出ることができなかったマーケターや企画者は、また同じ失敗を繰り返すのではないか。必要条件ではあるが、十分条件が足りない。鋭いひらめきのあるマーケターや企画者なら、このブルーオーシャン戦略を自分流に読んで成功するかもしれないが、ほとんどの人はそうは行かないだろう。



本当に重要なのは見えない競争


その鍵は何なのか。


結論は、競合他者から見える競争ではなく、見えない競争をしかけないといけない、ということだ。顧客に重要でない機能を取り除くことが勝利の必要十分条件なのではない。同時に顧客が求める機能/要素を加えて初めて顧客に選択してもらえるのだが、決定的に重要なのは、競合他社に見えてはだめだということだ。逆に言えば、競合他社に見えなければ、あたりまえだが、追随されることもない。だが、そんなことが可能なのだろうか。ただ、よく市場を調べてみると、最近の成功した商品やサービスは、如何に見えない競争を仕掛けることが重要であるかを裏付ける事例が大変多くなっていることがわかる。


興味深いことに、wikipediaブルーオーシャン戦略を調べると、ソニーの『PS3』と任天堂の『Wii』の例を上げて、『Wii』をブルーオーシャン戦略の成功例としてあるが、私の見解では、仮にきっかけがそうだとしても、『wii』が成功した本当の理由は、任天堂のソフト体質、もっと言えば、ゲームに取り組む人間研究の結果、『おもしろさ』という不可思議で、普通の人にはよく見えないが、真剣に取り組んだ人には見える何かをつかむことに成功したことにあると考える。そして、それは、簡単に計測できるような、見えやすいものでは決してない。この『おもしろさ』という見えない競争を仕掛けたところに本当の成功の理由がある。仮に『Wii』が、あるスペックを削ってかわりに何か別のスペックをつけた、という程度の商品なら、今頃あっという間に競合他社に追いつかれて、ラットレースに突入していたことは容易に想像される。


この『見えない競争』については、最近では様々な表現で異口同音に語られて来ているが、一橋大学大学院の、楠木建氏による『次元の見えない競争』という考え方と、そこに示された分析、および対応策がわかりやすい。私自身、見えない次元で競争するためには、という観点を非常に意識するようになった。ブルーオーシャン戦略は、『次元の見えない競争』のコンセプトの補完を受けて完成する理論なのだと思う。(もっとも、次元の見えない競争のコンセプトは案外奥深く、ブルーオーシャン戦略の持つ、競争戦略的な立脚点をさらに超えて先に行っていると思う)楠木氏の説は、日を改めてご紹介したいと思う。