仮想世界から平行世界へ 『電脳コイル』が描く未来の驚異

昨年の今頃、最も興味を持って取り組んでいたのは、セカンドライフの探求だったことを最近よく思い出す。セカンドライフが提示する話題は実に多様だった。世界を新しく創る活気に満ちていた。そういう自分も探求してとても楽しかった。周囲の友人も、インターネットですごく楽しいことが始まっていると言っている人がとても多かった。


しかしながら、真夏の世の夢の状態というか、つわものどもの夢の後というか、すっかり話題はとしぼんでしまった。続々セカンドライフに参入した企業も、撤退が相次ぎ始めた。話題先行であることはうすうす感じていた人も多いとは思うが、ここまで極端に話題がしぼんでしまうとは、ある意味ですごい社会現象を目の当たりにしていると言ってよいのかもしれない。セカンドライフの弱点と言われていた部分を改善しながら、セカンドライフ以外の3D仮想世界系サービスは始まってきているが、気の毒な話だが、あまり盛り上がっているとは思えない。リアリスト達はそれ見たことかと吐き捨て、夢とうすうす知りつつも夢を観ていたいと思った、私たちのような名残を惜しむものでさえ、『さあ現実に戻らねば』と夢から覚めた諦観の中にいた。


ところが、先日(3月24日)、国際大学GLOCOMのAR時代の社会〜『電脳コイル』の世界が来る〜というセミナーに出席して、夢から覚める必要がなかったことを知る。 http://www.glocom.ac.jp/IECP/2008/03/ar.html


内容的には、このセミナーのパネリストである、鈴木健氏や山口浩氏が、対談等で話されているエントリーもあるので、参照して頂くのが良い。(とにかく面白い!)

http://www.secondtimes.net/news/japan/20080318_ogc_ar.html
4Gamer.net ― [OGC2008#02]近未来社会の枠組みとインフラを構想する対談「『スノウ・クラッシュ』から『電脳コイル』へ」


セカンドライフが仮想世界なら、このセミナーで語られているのは、オーグメンテッド・リアリティーという技術を使って、現実世界に仮想世界を重ねあわせて、いわば平行世界を構築することについて、ということになるのだが、この世界をより具体的に理解するには、NHKで昨年から放送されて大好評を博した、電脳コイルというアニメ作品をご覧頂くのが手っ取り早い。電脳メガネ」と呼ばれる眼鏡型のコンピュータが全世界に普及していて、「電脳」と呼ばれる技術を使ったペットや道具が存在し、インターネットも「電脳メガネ」を使って見る時代の話だ。イメージが掴めるのみならず、構想の大きさに圧倒され、ストーリーの面白さに引き込まれてしまうはずだ。

電脳コイル|磯光雄監督作品
電脳コイル - Wikipedia


しかし、ハタと気づくと、自分自身、この仮想世界にも、平行世界にもすっかり夢中になっている。これはどうしたことなのか。私が最初セカンドライフを調べようと決めたのは、新しいタイプのコミュニティーサイト出現ということで、コミュニティーサイトが今後どういう方向に進展して行くのか、という問題意識をもって、材料の一つとして探求を始めたのであって、今のように引き込まれることは全く予想していなかった。


ただ、これはどうも私だけではないようだ。鈴木氏と山口氏の対談の中で、鈴木氏はこう語る。


鈴木 健氏:
 もともとは,「Second Life」が一昨年(2006年)末から勃興してきて,「Second Life」のような仮想世界における社会制度の可能性を議論すべく始めたんですけど,微妙に行き詰まりを感じたときに「電脳コイル」がやってきて,「これだ!!」みたいな感じになったのです。オーギュメンテッド・リアリティ(拡張現実,強調現実)には可能性があるので,盛り上げていこうかと。


やって来るものを冷静に分析する学者の目線ではなく、何とか盛り上げて行こうという意欲に後押しされている。


仮想世界にしても、平行世界にしても、一部マニアのものに終わることは決してないと、私は確信している。文字によるコミュニケーションは近代を作り、物事は効率的で合理的に行われるようになったものの、同時に身体的なコミュニケーションを奪った、というマクルーハンの指摘を思い出す。文字によるコミュニケーションは、マルチメディア時代を迎え、視覚/聴覚を伴うコミュニケーションを取り戻しつつあるし、より多くの感覚を総動員するコミュニケーションを人は感動を持って受け入れることは繰り返し再確認されて来ている。そして、仮想世界にしても、平行世界にしても、さらに一歩進んだ身体性に係わるコミュニケーションを現出しようとしている。これは新しい感動を感じるのも当然ではないか。


昨年7月に、国士舘大学の大学院でセカンドライフの話をした時に、電子メールから始まりセカンドライフに至る道程を、マズローで語ってみたが、どうやら、『マクルーハン』であり、『身体性』を持ち出すほうが、もっと豊かなイメージを学生に持ってもらえたかもしれない。『身体性』? 次はメルロ・ポンティーか。(汗)