深読みしてこそ真価が輝く本:『ウェブはグループで進化する』

話題の本『ウェブはグループで進化する』


今週は、ソーシャル・ネットワーキング・サービスSNS)関連の実務家や研究者の間で非常に話題になっていて、しかも評価が高い、『ウェブはグループで進化する』という本を読んでみた。

ウェブはグループで進化する

ウェブはグループで進化する



曰く付きの背景


この本の著者、ポール・アダムス氏は、GoogleGmailYouTubeなど様々なプロダクトに関わると同時に、SNSに関する研究をしていて、GoogleFacebook対抗として満を持して投入したSNSであるGoogle+にも参画した後、Facebookに移籍したという。この履歴だけでも十分注目に値するが、Google退職後にGoolgeに対する不満を表明し、2011年7月にSNSに関連する本を出版しようとしたところをGoogleの要請で出版を中止した後、その内容の多くを転用して書かれたのが今回の著書と言われているのだから、SNSに関心がある人なら誰しも興味津々といったところだろう。



素晴らしい本


読後の私の率直な感想を言えば、内容的にはすばらしいの一言で、類書を完全に凌駕していると感じた。かなりの事情通でも、インターネットビジネスの最前線が見事に解明され、整然と言語化されていることに舌を巻くことになるだろう。同時に、何度も目から鱗が剥がれる思いをすることにもなると思う。どこかの書評で、『関係者必読』と書かれていたが、私もそう思う。但し、結論がズバリ書いてはあっても、途中の説明は思い切って省かれているから、参考文献を参照しながら、自分で検証したり探求できる人でないとこの本を使いこなすことは難しそうだ。逆に言えば、ここに提示されていることを『仮説』として、自ら探求していくための入り口とできる人にとって、この本の価値は計り知れないと思う。



自分には関係ない?


一方で、インターネットの最新事情にさほど精通していない普通のビジネスマンは、本書を手にしても、唐突すぎて面食らってしまうかもしれない。本書で主として対象としているビジネス分野、すなわち、広告やマーケッティングの仕事に係わっている人でさえ、自分とは関係ないと感じてしまうかもしれない。



『あらゆる企業』が対象

だが、実は著者は『あらゆる企業』、『あらゆる社会活動』を対象と考えている。次の一文に、著者の意図が明確に示されている。

本書は人の社会行動に関する法則を理解するための入門書である。人は社会的な存在であり、ウェブ上での社会行動を理解することは、あらゆる企業にとって必要不可欠になるだろう。いま私たちがつくりだそうとしている新しい世界。そこを旅するためのガイドブックが本書だ。 同掲書 P11


普通に読めば、本書は、『マーケティング、広告宣伝に関して、非常に具体的に、今起きつつある構造変化や新しいノウハウを語るビジネス書』だし、どの書評を読んでも、『ネットビジネスの現在を活写している素晴らしい本』として評価されている。だが、実は、著者の真意を汲めば、それは単なる序章に過ぎず、まさに今、古い世界が終わり、新しい世界がやってこようとしていて、本書がその新しい世界のガイドブックとなることこそ著者が本当に望んでいることというべきだ。



中核的メッセージ


それを前提にして、私なりに、本書の中核的なメッセージを要約すれば、以下のようにまとめることができるのではないか。


ウェブはコンテンツや技術中心型から、人中心型に劇的に構造変化しつつある。


ソーシャルウェブは一時的かつ限定的な流行ではなく、社会全体を広く覆いつくしていく。


人間は合理的存在とは言いがたい。決断はネットワークに依存し、行動の大部分は(意識ではなく)無意識が決めており、記憶は都合良く作り直してしまう。


従来の先入観を捨てて、『人間』『社会』を『ネットワーク』の構造理解の元に再定義する努力はあらゆる企業(企業だけではないが)にとって必要不可欠になる(競争に生き残るためのキーファクターとなる)。

深読みしてこそ


世界は変わろうとしている。そして、その最先端では、まずマーケティング、広告宣伝、ウェブサービスといったような領域で、『コペルニクス的』*1とも言える大転換が起きていて、それは旧来のビジネスのあり方のすべてを変えていくインパクトがある。そして、遠からずあらゆる社会活動に波及していく。すなわち、来るべき世界の構造は、直近のビジネスの大転換を理解できれば、ある程度類推することができるとも言える。少なくとも、テクストとしての本書は、そのような深読みが十分にできるし、そのような深読みをしないと本書の真価は伝わってこないだろう。



具体的には


では、その新しい世界は具体的にどうなるのか。ビジネスはどう変化し、そこで生き残っていくにはどうすればいいのか。それはまず、旧来のビジネスの教科書的な理解を解体するところから始まる。


マーケティング・ファネル』という理論(というか仮説)がある。マーケティング理論の一つとして、比較的広く認知されているこの理論は、下記の図説にもあるように、『人間はあるものを見つけてから購入するまでに、一定の(ある程度定式化された)心理プロセスを経て実際の購買行動をおこす』との仮説をベースにしている(説によってこのプロセスにはかなりのバリエーションがある。)。だが、本書によれば、実際のユーザーの行動はこのようなプロセスとはかなり違っているという。端的に言えば、自分の最も親しい5人から10人の信頼できる、『強い絆』で結ばれた人のアドバイスが購入決定を左右しているのであり、情報が過多になればなるほどその傾向は強まるという。マーケティング・ファネル理論が前提とするような『合理的』な行動やプロセスをいちいち踏襲するわけではない。これは昔からある程度経験則としては知られてきたことと言えなくもないが、昨今では、ネットワーク内での行動が具体的な数値として把握できるようになった結果、事実の裏付けがとれて、マーケティング・ファネル』という仮説が神話に過ぎないことが実証された、というわけだ。



http://www.ad-trak.jp/column/col_02.html



否定される『神話』


確かに、ネットワーク理論とは別個に構築されてきた古いマーケティング理論が、『ネットワーク』を通じた人の行動が明らかになるにつれて、発展解消/再定義されていくこと自体は、必然的な出来事というべきかもしれない。だが、多少驚いたのは、2000年の初め頃に、当時の最新のネットワーク理論が明らかにした『口コミ理論』まであっさりと否定されていることだ。

この10年間というもの、マーケティングに携わる人々は、『インフルエンサー』と称される人物、つまり情報が広まる過程において大きな影響力を持つ人物を探すことに注力してきた。 同掲書 P124


確かにその通りだ。私もその一人と言っていい。『インフルエンサー』をどうやって見つけるか。それを大きな課題の一つにしていた。そう考えてきた背景には、あるベストセラーとなった本の存在がある。



インフルエンサー』は幻

このアプローチが生まれるきっかけとなったのが、マルコム・グラッドウェルのベストセラー『急に売れ始めるにはワケがある。ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則』である。この本には『少数者の法則』という概念が登場するのだが、これは『強い影響力を持つ人々が社会の中にごく少数存在する』という前提に立ち、彼らを見つけ出して影響力を与えることができれば、その影響が何百人、何千人、時には何百人という単位で周囲の人々に波及していくという考え方だ。グラッドウェルはこの『インフルエンサー』を他人と多くのつながりを持ち、説得力があって、それぞれの専門分野で信頼を勝ち得ている人物として描いている。 同掲書 P124


インフルエンサー』にどうアプローチするか、あるいは、どうやったら自分たちが『インフルエンサー』になれるのか等、自分自身でも突き詰めて考えてみたこともある。だが、意外にこれは難しい。著名人や専門家も広義の『インフルエンサー』ということであれば、その手の人を見つけることはさほど難しくはない。しかしながら、口コミが広がっていくハブのことを『インフルエンサー』と呼ぶのであれば、そのハブは並大抵のことでは見つからない。だが、驚いたことに、本書は、そのような存在自体が幻のようなものだという。

多くの研究によって、ある人物の繋がりの多さと影響力の大きさには相関関係は認められないという結論が出ている。(中略)ツイッターを対象に行われた調査によって、ひとつのメッセージが広範囲に広がるというのは非常にまれな状況であることが確認された。(中略)情報を拡散させようという試みの98パーセントは、まったく成功せずに終わった。また大勢のフォロワーを持つツイッターユーザーであっても、リツイートや言及される回数が最も多いとは限らなかった。実は情報を拡散させるうえでは、個人が持つ特徴よりもソーシャルネットワークの構造のほうが重要である。 同掲書P127

ソーシャルグラフと購買行動の見える化


結局、個人の購買行動は、その人の、『非常に少数の信頼できるネットワーク内にいる人』に左右されていて、口コミ情報の拡散も、どこにいるかわからない『インフルエンサー』を探すよりも、ソーシャルネットワークの構造に着目するほうが懸命だという。FacebookのようなSNSなら、各個人の少数の深く交流しているメンバーを知ることができるから、その人が買う本、行くレストラン、みる映画等、消費行動が見える化されれば、その消費がメンバー内に拡散するであろうことは容易に想像がつく。だから、当代のマーケターは、いわゆる『ソーシャルグラフ』とその具体的な購買行動を見える化し、把握することに躍起になっている。


だが、最近では、FacebookGoogleのようなSNSの運営者がそのような機能を盛り込もうとする度に、『プライバシー侵害』をたてに反発を食らうようなことが相次いでいる。昨今では、これ(プライバシー問題)が当初の予想以上に大きな壁と認識され始めている。



プライバシー問題への対処


だが、突破口はある、という。

しかし、個人情報を提供してもらうためには、企業は事前に信頼を確立していなければならない。人々は企業が個人情報を蓄積し、ターゲティング広告に利用する事に対して警戒心を抱いている。(中略) 一方で良い知らせもある。企業が個人情報の取り扱いに対して透明性を維持しており、人々が自分の個人情報をコントロールできる状態であれば、人々はより多くの個人情報を企業に伝えることが研究によって明らかになっているのだ。信用と専門知識が信頼のもとになる要素だとすれば、透明性は信頼が確立されるかどうかを左右する要素なのである。 同掲書 P234〜235


ユーザーが企業に安心して個人情報を提供し、企業がユーザーにメッセージを受け取ってもらうためには、企業はユーザーに対して、公明正大で透明性を持って接し、パーソナルに感性や感情のレベルで親しく接して、企業の提供する価値を熱意を持って語り、ユーザーの親しい友人や家族等のメンバーと同様に、信頼できるパートナーであることを理解してもらうことが重要という結論になる。


『個人情報やプライバシーの公開は、ユーザーが提供されるサービスの利便性を納得すれば進むはず』との仮説を語る人も少なくないが、それも、企業への『信頼』が失われれば成立しない。また、『ユーザー本人が特定できなければ、ユーザーから提供された情報をマーケティング利用しても問題ないはず』、という企業の側の前提も、ユーザーとの信頼関係あってのことで、それが損なわれれば、いきなり拒否されてしまうようなことも起こる。



妨害型マーケティング


旧来のマーケティングは、本書で言う、『妨害型マーケティング』に頼ってきた。それは、インターネット広告が新聞広告や雑誌広告を上回るようになった今日でも未だに主流と言わざるをえない。

新しいテクノロジーが登場するたびに、それをどうやって『人々の間に割り込み、メッセージに注目してもらうツール』として使うかを考えてきたのである。テレビ番組を観ていれば途中でCMが入るし、運転していれば屋外広告が注意を逸らそうとする。雑誌記事にも途中で広告が入るし、ウェブサイトも同じような状況だ。  同掲書 P216

 
人間の関心には限界があるのに、情報は増えるばかりだ。そんな中、企業が少しの隙をついて、あるいは爆弾のように間断なく情報を投げつけて、人の関心に割り込もうとしても、もはや逆効果と言わざるをえず、好感度も下がるばかりだ。

この50年間というもの、人々は広告を疑いの目で見るようになり、以前よりも企業を信用しなくなってきている。この傾向は顕著で、ダン・アリエリーの研究によれば企業のマーケティング活動を通じて提供される情報は、その製品に対する印象にマイナスの効果をもたらしているとのことである。 同掲書 P219

許可型マーケティング


だから、妨害型マーケティングに対して、『許可型マーケティング』が重要ということになるのだが、この『許可型』というのは、読む側に誤解を与えかねないワーディングだ。ウェブサービスの初期画面に出てくる、『メールを配信してもいいですか?』というような単純な許可のことではない。企業と潜在ユーザーの間に本当の信頼関係が築かれていることがポイントだ。この信頼関係をベースに、企業の発信する価値と思想のレベルにまでユーザーとの交流が行われるようになれば、ユーザーは企業からもっと多くの情報を受け取ろうとし、自らの個人的な情報を企業に与えることを許すようになる。但し、企業の側に、ユーザーを操作しようというような態度が見えれば、たちまちこの信頼関係は台無しになってしまう。ここの所の機微を理解できている企業はまだ少ないように私には見える。



楽天は大丈夫か?


ちなみに、企業の透明性、信頼感に関して、著者は、自社のページにかき込まれた否定的コメントを削除するような企業はユーザーの信頼をなくしてしまうので絶対やってはいけないとする。その意味では、自社の電子書籍リーダーを発売直後に書き込まれた大量の否定的コメントを削除して話題になった楽天がこれからどうなっていくのか多いに注目したいところだ。一時期、楽天の宣伝メールがあまりに大量に届くことが話題になったこともあった。本当のところはわからないが、少なくとも外側から見た楽天は、まだ、『妨害型マーケティング』の影響が濃厚に残っているように感じられる。楽天社員には気の毒だが、今後、本書で主張される理論の実証が見られることになるかもしれない。(私は楽天のユーザーだし、個人的に楽天になんら含むところはないことは強調しておく。)



信頼関係が最重要


著者は、これからは、『ネットワーク』の構造を熟知した上で、『人間』や『社会』を理解する努力を怠らない企業しか生き残れないという主旨のことを説く。だが、それはユーザーの無意識まで含めて理解して、人間をこっそり操作するような行為とは対局にあることを忘れてはいけないと思う。もはや、『マスメディアによる一方的な情報操作』の時代ではないのだ。TVに代表されるマスメディア全盛時代は、むしろ非常に短い特異な時代だったと考えるべきで、本書の説く、ネットワークのパーソナルな信頼関係が最重要というのは、マスメディアが社会を覆うようになる前の社会への、いわば先祖帰り、本来の姿への復帰と言えないこともない。


このような理解にいたって、本書のミクロの具体的な処方箋は、マクロの社会全体の視点に統合されていく。その時こそ、この本の真価が本当に輝きだすはずだ。